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ルクスがまだ王様だったとき、お城には何回か来たことがあった。
お城の鎧さんに連れられてぐるぐる歩いて、ようやく目的の場所に辿り着いたっけ。
あのときも広いって思ったけど、今回はそれ以上だった。
暗い廊下は、行けども行けども終わりにならない。
そして、その廊下には無数の扉がついていて。
僕らはそれも、ひとつひとつ、開けて確かめないといけなかった。
お城は三層になっているそうだ。
一階には、謁見を待つ人たちの控室、ここは僕も来たことがある。
それから、お城で働く人たちの居室。
武器庫に、訓練室。
お城の人全員が入ることのできる大きな食堂。
そして、ここに住む人たちの食事を全部賄っていた、巨大な厨房があった。
二階には、謁見に使われていた広間。
ルクスはやらなかったんだけど、そこでは、昔は、舞踏会なんかも、開かれていたらしい。
それから、兵士さんたちの居室。
お城にやってきたお客さんの従者のための部屋なんてのもある。
三階には、一番奥に王様の私室があって、その部屋は、代々の王様たちの集めてきた宝物を収めてあるという宝物庫と続き部屋になっている。
王様の私室の周囲は、ぐるっと近衛兵さんたちの居室になっていて。
それ以外は、お城にやってきたお客さんたちのための客間だそうだ。
そのほかにも、たとえば衣裳部屋とか、什器を収めてある部屋とか。
洗濯部屋。リネン部屋。浴場。渡り廊下にバルコニー。
とにかく、部屋部屋部屋。
いったい、いくつあるんだろう。
ルクスはここに何年もいたわけだから。
多分、道はよく分かってるんだろうけど。
とにかく、部屋数が多いし。
それに、壁やら、精霊やらも、出てくるから。
なかなか先に進めなかった。
闇の怪物とは、まだ、出くわしてはいない。
真夜中に、突然、お城の兵士たちが、悲鳴をあげて一斉に逃げだした、という怪物。
いったい、どれほど、恐ろしい怪物なんだろう。
ステルステントがあれば、どこでも休憩はできるけど。
食糧は無限なわけじゃない。
残った果実を数えて、少し節約しないといけないかな、とも思う。
この分じゃ、お城全部見て回るのに、どのくらいかかるのか、予想もつかない。
なにせ、闇の怪物は、どこにいるか分からないし。
部屋をひとつひとつ、地道に確認して回るしかないんだ。
壁と違って、怪物は歩き回るから、同じところにじっとしていてはくれない。
もしかしたら、どこかで行違って、僕らの通り過ぎたところにいるかもしれないけど。
それを考えだすと、きりがないから。
まずは、お城の奥へ奥へと進んでいく。
お城の一番奥は、王様の私室だそうだ。
このお城じゃ一番立派な部屋で、おまけに、宝物庫もある。
怪物のいる場所に、ちょっと相応しい、気も、しないでもない。
もっとも、ルクスは、その部屋では、寝起きしなかったらしい。
ルクスの前にこのお城にいた王様たちは、みんな、その部屋で暮らしていたそうだけど。
「あっちも、こっちも、金ぴかでさ。
柱とか壁とか、いたるところに、彫刻があって。
それが、森やら平原やら山やらの、とにかく、全部、生き物なんだ。
竜やら、猛獣やらもいてさ。
その目に、ぎらぎら光る宝石を埋め込んであるんだ。
石だってのに、そりゃあもう、見事な彫刻でさ。
それ全部、今にも動き出しそうなんだ。
んで、その部屋にいると、そいつらに、ぎらぎらの目で、四六時中睨みつけられてるみたいな気になってさ。
あんなところで、落ち着けるわけがない。」
確かに。
今にも動き出しそうな竜や猛獣が、ぎらぎらの目で睨んでるなんて。
想像しただけでも、恐ろしくて、冷や汗が出そうだよ。
「だだっぴろいベットもあるんだけど。
部屋の中なのに、そのベットにゃ、屋根がついてるんだ。
その屋根にゃ、カーテンがついててさ、それで、ぐるっとベットの周りを囲えるようになってるのさ。
そうでもしなきゃ、寝てる間も、猛獣からぎらぎら睨まれてて、眠れないんだろうな。
一回だけ、俺は、その部屋に足を踏み入れたんだけど。
こんなところ、真っ平ごめんだ、って、それからは、行ったこと、ないな。
結局、近衛兵が使ってた部屋、ひとつもらって、そこで寝起きしてた。」
ルクスの話してくれた王様の部屋の様子は、なかなかすごそうだった。
よくもまあ、代々の王様たちは、そんなところで、暮らせたもんだ。
やっぱり王様ってのは、普通の人とは違うのかな。
「闇の怪物は、その一番奥の部屋にいるのかな?」
「どうだろうな。
まあ、怪物なら、あの部屋も恐ろしくはないかもな。」
いっそ、竜も猛獣たちも、自分に仕える兵士、みたいに思うのかな。
どうかな。分かんないや。
とにかく、最終目的地はその部屋で、そこに着くまでは、こつこつとひとつずつ部屋を確認していくんだ。
ようやく、一階の部屋を見終わって、あとは、厨房を残すのみ、ってなった。
っても、この厨房、食堂と同じくらい広くて。
おまけに、いろんな道具やら、テーブルやら、設備やら、それこそ、何かが隠れてそうなところ、いっぱいあるから。
確認だけでも、半日はかかりそうだな、って感じだった。
闇堕ちした精霊に、いきなり包丁とか、投げつけられたりしたらイヤだな、と思いつつ。
恐る恐る、扉を開く。
ルクスも、アルテミシアも、油断なく、剣と弓を構えている。
僕は、ブブをぎゅっとだっこして、一番後ろからついていった。
厨房は、しんとして、何の気配もなかった。
あっちこっち、木の枝やら、根っこやら、生えているけど。
廊下に比べると、部屋の中は、森、というほどには、木に占領はされてなくて。
調度や、道具類も、無事なまま、テーブルや壁に並んでいた。
「研究院より、よっぽどまともな状態だな。」
厨房のあちこちを調べながら、アルテミシアはため息を吐いた。
研究院は、ことごとく打ち壊され、ぶちまけられて、ひどい有様だったけど。
ここは、意図的に破壊された痕跡はなかった。
壁際の棚には、乾燥させたり砂糖や油や塩で長期保存を可能にした食材の瓶詰が、所せましと並んでいた。
干し肉や、塩漬け肉の樽、乾燥ベリーなんてのもあった。
「これ、食えっかな?」
ルクスはさっそく干し肉を指でつまんで、くんくんと匂いをかいだ。
「あ。こら、やめておけ!」
アルテミシアは、急いで止めたんだけど。
その前にもう、ぱくっと、一口、食べてしまっていた。
「うん。うめえ。
大丈夫だぞ?
お前らも、食え。」
って、干し肉を千切って、こっちに差し出すけど。
アルテミシアも僕も、ぶるぶると首を振った。
「なんだ。うまいのに。」
ルクスはちょっと不満気に口を尖らせたけど、無理強いはしないで、千切った分も自分の口に入れた。
そのときだった。
かさっ、という物音が聞こえた気がした。
気のせいかな、と思うくらい、かすかな音だったんだけど。
ルクスもアルテミシアも、はっと真剣な目になって、油断なく身構えた。
ゆっくりと、三回くらい、呼吸をしたとき。
「そこか!」
いきなりルクスはそう叫ぶと、テーブルの影にむかって、跳んだ。
「あああああ!
ごめんなさい!
僕、怪しい者じゃありません。
どうか、助けてください。」
そう叫びながら、テーブルの影から飛び出したのは、簡素な鎧を身に着けた、ひとりの少年だった。




