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このお城には、闇の壁や闇の怪物だけじゃなくて、闇に堕ちてしまった精霊もいる。
だけど、一度対処法が分かってしまえば、その先に進むことは、難しくはなかった。
あれほど大きな群れと遭遇することはなかったけれど。
その後も、ちょくちょく、僕らは、闇に堕ちた精霊と出会った。
そのときには、無敵のブブにお任せだ。
そして、精霊は、一度気を失って目を覚ますと、いつも正気に戻っていた。
僕らは、正気を取り戻した精霊たちを保護しつつ、お城の奥へと進み続けた。
お城の廊下には、闇の壁もたくさんあった。
強い思いが残る場所に、何故か、アニマの木も生えやすい、らしい。
そして、残った思い、残留思念に取り込まれて、エエルを得た残留思念は、闇の壁になる。
お城の入口を塞いでいた、特大の闇の壁は、こわいこわい、って呟いていたけど。
廊下でちょくちょく出くわす壁は、必ずしも、そうじゃなかった。
にくい、くやしい、うらめしい…
そんなことを呟く壁もいくつもあった。
浄化の火矢で壁に穴を開けて、取り込まれたアニマの木を取り出せば、闇の壁は消滅する。
対処法は分かってるから、淡々とそうやって進むだけなんだけど。
それにしても、闇の壁の相手をしていると、だんだんと気が滅入ってくるのには、まいった。
「まったく、次から次と。
城ってのは、うっとおしい壁だらけだな。
たまには、嬉しい、とか、楽しい、とか言うやつはいないのか?」
「多分、だけど。
嬉しい、とか、楽しい、って気持ちは、とっても軽いんだ。
軽くて、ふわっとしてて、そのまま浮き上がって、ぱっと広がっていく。
だけど、悲しい気持ち、とか、辛い気持ち、とかは、すっごく重たいんだ。
重たいから、からだの奥底に、ずーんとたまって、そのままずっしり固くなる、感じ。」
アルテミシアは、むぅ、と頷いた。
「その思念が、その場に残留して、エエルを得て、壁になる。
というわけだな。」
「だとすると、城ってのは、つくづく、重たい残留思念だらけ、ってことか。」
「何年も何十年も、いや、もしかしたら、何千年も、人の思いが蓄積して、壁やら柱やらにこびりついている、かもしれないな。」
そういうこと、アルテミシアは、淡々と言うんだけど。
僕は、ぞくっとして、思わず辺りを見回した。
思念なんて、目に見えるわけはないんだけど。
目の錯覚か、あちこちに、もやもやと、怪しい影が見えた気がした。
「ったく、つくづく城ってのは、魔窟だぜ。」
魔窟、確かに、そんな感じ。
今も、そのあたりの物陰から、こっちを伺ってる影がいる。
隙を見せたら、僕らに憑りつこうとしている。
「そうか。
もしかしたら、ルクスも、ここにいたころは、そいつらに、憑りつかれていたのかも。」
僕は、はっと思い付いた。
だって、あのルクスは、明らかに、変だったよ。
それって、何か悪いものに、憑りつかれた、みたいだった。
「そう…なのかな…」
ルクスは首を傾げた。
「きっと、そうだよ。」
僕は断言した。
そしたら、ルクスはちょっと苦笑した。
「いや…あのころは、俺自身が、そういう思いを生み出す側だった気もするし…
もし、憑りつかれていた、のだとしても、そうなったのも、元々俺の中に、そういう思いがあったから、そこにつけこまれたんじゃないか、って、思う。」
それから、ルクスは僕を見て言った。
「俺は、お前が思うよりずっと、卑劣で、情けなくて、取るに足らないやつなんだよ。」
「そんなことない!」
僕は即座に否定した。
「そんなことはないよ!」
一回じゃ足りなくて、二回言った。
そうしたら、アルテミシアが、ぽつりと言った。
「ルクスが卑劣だろうが、情けなかろうが、取るに足らないやつだろうが。
そんなのは、あたしたちには、関係ない。
ルクスはあたしたちと、ずっと一緒にいた、大切な仲間だ。
大切なことは、それだけだ。」
「っ!!!そうだ!そうだよ!!ルクスは大事な人だ!!!」
僕はあわてて言い直した。
そうだ。
大事なのは、ルクスが、どれだけすごい人か、ってことじゃない。
ルクスはルクスだから、大事なんだ。
アルテミシアの言うとおりだ。
「…ったく、お前らはさあ?俺にどんだけ、夢、見てんの?」
ルクスは困ったように笑ったけど。
その笑顔は、あのころのように、冷たくはなかった。
「…もう、本当に、実際の俺は、こーんな、ちっちゃいやつなのに…
お前らといると、仕方ねえ、もうちょっと踏ん張るか、って気にさせられちまう…」
ルクスは親指と人差し指で、豆粒ほどの隙間を作って見せてから、ふふっとどこかふっきれたように笑って、アルテミシアと僕とを睨んだ。
「まったく。
責任取って、お前ら、俺と、ずっと一緒にいろよな?」
「承知した。」
「もちろん!」
アルテミシアと僕は、即座に答えていた。
ルクスは、くっくっく、と肩をすくめるように笑った。
ルクスは嬉しいとき、こんな笑い方をよくしていたなあ、と思った。
嬉しい、ならよかった。
僕らが一緒にいれば、ルクスが嬉しいなら。
もうずっと、ずっと、僕も、ルクスと一緒にいるよ。
もちろん、アルテミシアが、ルクスから離れるわけはないし。
だから、もうずっと、僕ら、三人は一緒だ。離れない。
このお城には、重たい思念がたくさんこびりついているかもしれないけど。
ルクスとアルテミシアと一緒なら、そんな思念も怖くないって思った。
「そうか。このお城の禍々しさの正体は、残留思念なんだ。」
そうだと分かれば、納得のいく感じだった。
「残留思念、か。
それが固まって、この瘴気を作り出しているのか。」
瘴気。
そっか。そうだ、瘴気、だ。
ここにある、禍々しいもの。
それは、瘴気、と言うのが相応しい。
「精霊は、強い感情に惹き付けられやすい。
瘴気もまた、強い感情の一種だ。
けれど、瘴気に惹かれて、ここへ来た精霊たちは、その毒を受けて、あんなふうになってしまうんだな。」
「だけど、みんな、あちこち痛かったり、苦しかったり、とっても辛そうだよ。」
「だよな。
俺も、ときどき、あいつらと戦うのはかわいそうだ、って気になるよ。
まあ、無敵のブブの光は、精霊を傷つけるものじゃないけどな。」
「かわいそう、なんて、甘いことは言ってられない。
うかうかすれば、あたしたちだって、あの精霊たちのように、ここの瘴気の毒に当てられるかもしれない。
油断は禁物だ。」
アルテミシアに注意されて、ルクスも、僕も、はい、と真面目に頷いた。
「けどさ。
俺、俺たちは、なんか、大丈夫な気、するんだ。」
昔から、ルクスはアルテミシアより楽天的だ。
まあ、だからこそ、アルテミシアは、余計に心配性になっちゃうのかもしれないけど。
ルクスは、ポケットから取り出したあの果実を、ひょいと宙に投げて受け取ると、歩きながら、かじり始めた。
「これさ。
これ、腹もふくれるし、水の補給も、エエルの補給もこれ一個で可能だけど。
それだけじゃなくて、瘴気の毒消しにもなってるんじゃないか?」
「確かに。」
いつもは、お行儀の悪いことをすると叱るアルテミシアも、何故かルクスを叱らずに、自分もポケットから果実を一個取り出して、しげしげと眺めた。
「この木の実は、研究院と王城との境目にたくさん生っていたけれど。
もしかしたら、王城の瘴気を、その外に出さない役目も担っているかもしれない。」
瘴気。
人も精霊も、なぜか、どこか、それに惹かれてしまう。
そして、瘴気の毒に冒されて、痛みや苦しみを抱えながら、正気を失っていく。
それは、とても、恐ろしいことだ。
やっぱりそれは、どこかに閉じ込めて、外には出さないようにしないといけない、のかもしれない。
そんなことが、可能なら、だけど。
それでも。
果実畑も。笑う生垣も。
瘴気から、王都を守ってくれている。
こうして、森が瘴気をお城に閉じ込めていてくれるから。
王都のみんなは、無事なんだ。
この世界には、恐ろしいものもたくさんあるけれど。
そこから、守ってくれるものも、またたくさんあるんだ。
なんだか、大丈夫、って、わけもなく、思った。




