66-何の用もない。消えろ。
いったい何が起きたのか。
俺は一瞬だけ戦況を見失ってしまった。目で見えるシンプルな攻撃と肌で感じる絶望的な暴力の落差に目眩がする気分だ。一発だと思っていた神のパンチは、実は数百本の腕によって繰り出された連撃だった。
身を捻って躱した俺のすぐ側を神の豪腕が何十発も何百発もかすめていく。真正面から対峙した時には見えなかったが、破壊神は何百本もの破壊の腕を持ち、何百発もの破壊のパンチを同時に撃てる能力があるようだ。その戦う姿はまさに千手観音像だ。後光が差し込むように一千本もの破壊の腕が業力で襲いかかってくる。
「なん、だと……!」
それがブラック・カナタの最期の言葉だった。
重力編集カウンターを狙っていたブラック・カナタは千手観音攻撃を捌ききれず、ついに破壊の拳を一発食らってしまった。体勢を崩し、動きが止まる。そこへ襲いかかる何百発もの破壊の腕。
破壊の拳が捉えた箇所が光り、砕け、分解され、光のドットとなって散り散りになって虚空へ溶けるように消えていく。ブラック・カナタの輪郭が歪み、崩れ、人の形でなくなっていく。
これは、この光は、この消え方は、ヴァーチャライザーによる異世界転移ではない。分子レベルの破壊でもない。神の力がもたらす消去による救済だ。ブラック・カナタはその存在を消されて救われてしまった。
「黒いのと、おまえと。元は同一の存在であったようだな。現世でのオリジナルの消去はアップデートにどう影響を与えると思う?」
何とも呆気なく、ついにブラック・カナタの身体を構成していた光の最後の一粒が潰えた。あいつは消えてしまった。たぶん、永遠に。
破壊神は教えを説くように言いながらファイティングポーズを解いた。それはこの戦闘が終了したことを意味する。
「アップデートだって?」
仏像チックな格好で千手観音的な攻撃してくる神様なくせにずいぶん現代的なカタカナ語を使うんだな。誰がオリジナルだとか、異世界転生後のアップデートとか関係ない。俺が俺で俺のオリジナルだ。
デミツル! ブラックはどの世界に吹っ飛ばされた?
ヴァーチャライザー装備時に即死級ダメージを食らえばオーバーキル現象で異世界へ転移転生する。ブラックの奴の消え方がいつもと違ってるとこが気になるが、きっと神の一撃で異世界へ吹っ飛んだだけだ。どうせまたすぐに飄々と現れるに決まってる。
ヴァーチャライザーに問いかけるが、返事はなかった。デミツルの声も、イングリットさんのウィスパーボイスも。
「魔王とやらには一発の転生を与えた。こことは違う世界で、またやり直しの一生を終えるだろう」
破壊神は静かに言った。もう俺との戦闘はとっくに終わっているとでも言うように、ゆっくりとした諭すような口調で語り出す。
「黒いのには一千発の最大転生を与えた。再び死んでも一千回の転生を繰り返すことだろう」
一千回の転生。異世界図書館司書の言葉を思い出す。ブラック・カナタの本は一千巻ぐらいあるって言ってたな。あいつは永遠に近い時間の中を幾度と輪廻転生を繰り返してたってわけか。
破壊の神は俺に、俺の後ろに立ち尽くすイングリットにもまさに千手観音像のような穏やかな顔を向けた。
「その転生先であるおまえはすでに役目を終えた。何の用もない。消えろ」
神は残酷に告げた。
俺の両腕が光を放ち出す。ぽろぽろと光のかけらとなって崩れ出す。ああ、これはいつもの転移転生とは違うパターンだ。
オリジナルのブラックが消滅したから、転生コピーである俺も同期して消去されるってことか。ヴァーチャライザー、何とかなんないのか。冗談じゃない。まだまともに戦ってもいないってのに、これで終わってしまうのか?
「あとは創造主を救おう。それでワールドすべてが消え去る」
創造主って、イングリットさんだ。俺は最後の力を振り絞って背後に振り向いた。イングリットさんの顔を見るために。
しかしそれは叶わないようだ。膝の力が一気に抜けて、光のドットになって下半身が消え失せた。上半身だけで転がるように崩れ落ち、そして何も見えなく、感じなくなる。これが消えるってことか。これが、死──。




