60-夢見る少女はいつだっで無敵モードだね
あらゆる異世界の事象を本として記録保存している異世界図書館。その蔵書数は砂つぶよりも星くずよりも多く、無茶苦茶な数の本たちが誰にも読まれることなく眠っている。それに紛れて、一千冊にも及ぶブラック・カナタの戦いの記憶が発掘される日を待っているのか。
そして『夢見る召喚観測士イングリット・アルマヴィヴァ』第2巻の存在。その異質さは無限の蔵書群の中でもレベルが違う。イングリットさんは二周目の人生を歩んでいる。彼女の二周目の人生がそこに書かれているんだ。
「なんてこった。俺の本『勇者カナタの冒険』なんてどうでもよくなるな」
「ボクも探してるんだけどね。ブラック・カナタくんの本はたくさん見つかるけど、勇者カナタくんの名前はどこにも載っていない。君はその程度の存在なのかな?」
パッソナが窮屈なベッドから立ち上がる。本棚ベッドが錆びたスプリングを軋ませた。
「パッソナはイングリットさんの本を読んだんだよな」
「うん。いろんな異世界の本を読んできたけど、とにかく怖かった」
「……怖かった?」
パッソナはハイヒールのままつと背伸びをして高い位置にある一冊の本を手に取った。片手にすっぽり隠せるくらい小さな本。色褪せた革表紙の、どこにでもありそうな古ぼけた薄い本だ。
「すべて終わったら、またここにおいでよ。君のことも、ボクのことさえも書いてある彼女の本を読みにさ」
あっという間にダウンロードできそうな頼りないくらいに薄っぺらい本を、申し訳なさそうにパッソナは差し出した。手に持ってみると、その本は本当に軽かった。
『イングリット・アルマヴィヴァ』
革表紙にはかすれた細い文字で彼女の名前だけが刻まれていた。
「読んでも、いいのか?」
「読むまでもないよ。誰も知らないありふれた異世界に生まれて、何も成し遂げることなく事故で死んだとある少女の何でもない生涯がさらっと書かれてるだけさ」
表紙の端に指を添える。めくるまでもなく、それが相当に薄っぺらいってことが寂しいほどに伝わってくる。
「何の因果か、事故で死んだ少女は転生した。もしも神様ってのが本当に存在するとしたら、そいつはとんでもなく気まぐれで無責任な奴なんだろうな」
パッソナは小さく首を横に振った。真っ暗いフードの奥から黄金色の髪の毛がひと束こぼれ落ちた。
「君の大事なイングリットさんは想い描く想像と創り出す創造の能力を得た。そして今度こそ幸せな人生を歩むため、自分の理想の異世界を創り出して、そこへ物語の主人公として転生したんだ」
「その異世界が『夢見る召喚観測士イングリット・アルマヴィヴァ』の2巻ってわけか」
「最強の勇者様も、敵対する魔王軍も、勇者をスキルアップさせるヘルパーみたいな異世界群もすべてイングリット・アルマヴィヴァの妄想の産物だ」
「俺もパッソナも、イングリットさんのストーリーの登場人物に過ぎないってわけか。やりたい放題だな」
パッソナがベッドに戻ってきた。軽くマットをへこませて、俺の肩に寄りかかるような姿勢で座る。
「ボクは何のためにこの図書館で働いてるんだろう。ブラック・カナタは何のために一千回も転生を繰り返して、君は何のために強くなって戦い続けるんだろう。パチンってシャボン玉みたいにいつ消えるかわからない異世界で。怖くない?」
「怖くはないな。イングリットさんのためってわかりきってるからな。ここもイングリットさんの妄想の中なんだろ? それってすごいことじゃないか」
ここだけじゃない。ファンタジーワールド。スチームパンクワールド。グラヴィティワールド。タイムレスワールド。すべてイングリットさんの妄想か。そしてすべてが、俺が強くなるために存在した。じゃあ俺の成すべきことは? 俺は強くなり続けて何をすればいい?
そんなの決まってる。決まり切ってる。
「さすがメイン登場人物だけあって、君もすごいね。この状況を楽しんでないかい?」
「ヒーローは常にヒロインのために強くなるものだからな。問題ない。イングリットさんはこの瞬間にもまた俺と戦わせる強敵をイメージしてるんだろ? だったら俺はさらに強くなってそれに応えなきゃな」
あきれたような声でパッソナは呟いた。
「夢見る少女はいつだっで無敵モードだね」
俺はイングリットさんが創り出した異世界で、イングリットさんが想い描くハッピーエンドまで、ただイングリットさんのために突っ走ればいい。それはそれでいいかもしれないな。余計なことは考えず、ただひたすらにイングリットさんを喜ばせるために。
そうと決まれば話は早い。そろそろ戻ってライティアンとの決着をつけるか。
ヴァーチャライザー・オン。新たなスキルは得られなかったが、さらに一段強くなったヒーローの姿を悲劇のヒロインに見せつけてやろうか。
「行くのかい?」
光を放ち始めたヴァーチャライザーのバイザーを見て、パッソナが寄せていた肩をそっと離した。
「絶対最強四天王をさくっと倒して、ラスボスの魔王の顔を見てくるよ。遠慮なしに全開でやってくる」
ふと、手元のイングリットさんの薄い本が輝いて見えた。ページの間から光が漏れている。なんだろう。適当に彼女の本を開いてみると、その光の正体がすぐにわかった。
16トンコンボイトラックのヘッドライトだ。
轢き殺される心の準備が整う間も無く、俺は跳ね飛ばされた。




