第1話(7/8)
目隠しした相手に負けた。
「……」
く、くそが……。
「意味不明って顔やな? トンネルパンチは知っとるやろ」
「ええ、もちろん……」
攻撃自体は有名なテクニックだった。
トンネルパンチは、相手のゴーストの中を通り道にする。
理屈は簡単だ。私たちのアバターは互いに干渉しない。当たり判定がないからすり抜けるだけだ。しかし自分自身の体は干渉する。つまり、私が私の体をすり抜けて、手を腹の中に入れたり、右足と左足を重ねてクロスしたりはできない。
よって、自分の体の中を通って来る相手のこぶしを防げない。身をよじって回避するしかない、という仕組みだ。
(でも問題は)
なぜ先に動いた私の攻撃を防げたか、なぜ私のコアの位置を正確に捉えられたか。
視界のない状態で……、むかつく……。
「ネタバラシしたろか?」
「お、お願いします……」
「サウンドアクセシビリティって知っとる?」
わからない、でも見当はつく。
「ビジュアルアクセシビリティの、音版ですか?」
「せやせや。ビジュアルの方は、そのまんま見た目に関するオプションやな」
私も使っている。
例えば、対戦相手のグローブやシューズをオレンジ色にできる。
というのも、フロートの舞台は月なので、真っ黒にすると宇宙の色に溶け込み、非常に見えづらい。地平線とステージは逆に真っ白なので、白色も困る。と、いうわけでネオンカラーとか刺激色とか自分にとって見やすい色にする人が多い。
「サウンドの方は、音の種類を変えられると」
「せや」
音の種類が違えば、聞き分けはできそうだ。あとは、反応速度を高めることに繋がると思う。視覚情報よりも聴覚情報のほうが脳での処理が早いから。
「理解はしましたが……」
「はっきり言いや」
関西弁ってなんとなくヤンキー口調に聞こえないか。私だけか。
びびりつつ、口を開く。
「その、だからなんなんですか? アクセシビリティの有効化もリソースを配分しますよね? その分を視覚につぎ込んだほうが強いと思います」
だって、試合本番で目隠しをされるわけじゃないし。
たった100ポイントのリソースを運動能力や視覚につぎ込まずに、わざわざ耳をよくしても仕方ない。正確さなら依然として視覚情報が有利だ。目隠しどころか、障害物すらないゲームなんだから。
「しゃーない、ほな理屈をいちから説明したろ──」
「お願いします」
こほん、と晩鐘さんは咳ばらいをする。
「トンネルパンチの効用はふたつあんねん。なんやと思う?」
「ガードができないことと……、反撃しづらいことですかね」
「理由は?」
あれ、違ったか。
「えーっと、自分の体をすり抜ける攻撃だから、ガードができない。体の距離が近すぎるから、反撃の動きが難しい」
「近いから反撃しづらい、はちゃうなぁ。だって同じようにトンネルパンチすればええやん」
……たしかに。
「それはそうですが、でも実際に反撃しづらいじゃないですか」
「見えへんからや、こぶしだけじゃなくて体全体がな」
ふむ。なるほど?
「至近距離に持ち込めば、聴覚の有利性が上がる的な」
「ちゃうちゃう。相手の死角に入れば、お互いの体をすり抜けている状態になれば、互いに事実上の無視界戦闘になるやろ?」
「ええ、だから──」
相手の死角に入るっていうのは、まったく見えなくなるってことだ。相手の背後に回ってしまえば、いや、待った。そのあと、なんて言ってた?
(──お互いの体をすり抜けている状態)
「すり抜けるんちゃう。その状態を保つんや。至近距離なんて目じゃないで。キミにやらせたいんはさらに近い、いや、同じ位置での格闘戦」
「つまり」
「重複距離での初見殺しや」
……すげぇ、と思った。
多分、これまでやったことのある人はいない。それどころか思いついた人すらいないんじゃないか? 意味不明な展開になりそうだし。
「いや思いついた人はおったんちゃう? ただ常識的に考えてリスクあるしなぁ」
「リスク? リソースを分散したことによるパワー負けとかですか?」
アクセシビリティ関係の必要リソースは高くはないはずだけど。
参加障壁を下げるというのはフロートの方針のひとつで(上手くいってるかはさておき)健康状態や身体機能を気にせず戦えるように配慮されている。
「炎上リスクのことや。バリアフリー設計を逆手に取ってるわけやし」
「あっ……」
まず真っ先に思い至らないあたり、私ってノンデリなのかも。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言うけれど、じゃあ経験して、なおも学ばない私はなんなんだ。
アホを超越したなにかなのかもしれない。
「ま、賭けにはなるけど。分のいい方やと思ってるで」
「つまり、この、サウンドアクセシビリティを用いた戦型スタイルが、私の新しい戦い方ってことですか?」
「そらそうよ。じゃなきゃなんで俺がこんなペラペラしゃべるねん」
寡黙な男やのに、という虚言は聞き流すとして。
「面白いとは思いますが」
「ん?」
「お断りします」
この戦い方には大きな穴がある。
何度も通じる手じゃないってところだ。




