第1話(3/8)
明星晩鐘さんが住んでいるのは大阪駅から1駅の商店街沿いだ。
商店街のアーケード通りには、多様な人々がいる。ちょっと聞きなじみのない言語が聞こえるのは、海外大会を思わせる。同時通訳ソフトの音声もあちこちから聞こえて、活気は倍といったところだ(単にうるさいともいう)。
キャリーケースを持つ人もいれば、買い物袋を持つ人もいる。立ち並ぶ商店においても、外国語を併記している店もある一方で、昔ながらのいかにも地元っぽい店もあった。
カオスな光景を目にしつつ、雑踏に体を滑り込ませながら進む。
そしてアーケードの下から出て、横道へ。西日に目が細くなりつつ、目的のマンションを探す。
「……ここだよな」
と、つぶやくぐらいには不安になる場所にたどり着いた。
1階のテナントには喫茶店とバーがあり、2階にはパブと居酒屋がある。ほとんど酒じゃねーかと思っていたら、喫茶店のメニューが目に入った。見開きはアルコールの欄だ。うわばみバンショーの面目躍如である(もちろん、この場合のうわばみは「蛇のように狡猾」ではない。「大酒飲み」の意味だ)。
エントランスで呼び出しボタンを押す。通話もなく、がしょん、という音がしてドアが開いた。
不用心だと思いつつ、狭いエレベーターで8階へ。
彼の部屋である802号室のインターホンを鳴らした。廊下は短く、むき出しの非常階段に繋がっており、アーケードの上側が見える。
「はいよ〜」とドア越しに声が聞こえた。
オーナー明星ぼ、とまで言ったところで、ドアが大きな音を立てて開いた。開錠音でバックステップしなかったら、鼻をぶつけていたはずだ(めちゃめちゃ怖い勢いだった)。
「野石研人くんやな?」
「あなたは、明星晩鐘さん、ですよね」
なるほど、アルコールの匂いがする。
言ってはなんだが、身なりは小ぎれいである。寝癖はついてるけど、妙に値段の高そうな白シャツにベージュのチノパンをはいている。顔がちょっぴり赤らんでいるのは……そういうことだ。
(顔に出さないようにしないと)
このひとがコーチになることが加入条件なんだから、仲よくしたほうがいい。
「申し訳ないなぁ東京くんだりからわざわざ」
「いえ、リニアで来たので……」
くんだり、という表現が出るあたり東西の仲は悪いのかもしれない。
あ、玄関すぐに空いた酒瓶が整列している。ごみ捨てをサボってそうなっているのか、こまめに出してコレなのか、それが問題だ。
「あがってって~」
「はい」
挨拶もそこそこにお部屋にお邪魔する。掃除は行き届いているようで、意外だった。となると玄関の酒瓶は定期的にゼロになってるはずで……つまり、ごみ捨てが間に合わないぐらいには飲んでるらしかった。
畳の部屋に通され、互いに座布団に座る。
「いや~景気はどうよ」
「無職です」
「俺もや! はっはっは」
はっはっは?
いよいよ不安になってきた。……今、ここで確認したいことがある。でも嫌われて契約の話が流れたら終わりだ。遠まわしに尋ねよう。
「その、コーチを始めようとした理由はあるんですか?」
「せやな。さすがに働けと言われてもうて。貯金も心もとないし」
さては長いな? 無職期間。
「そのぉ」
「聞きたいんはコーチ経験やろ? ないで」
ぐへー。ですよね。
いや別にコーチがつくこと自体はいい。というかテコ入れ自体はここ数年悩んでいたことだった。契約がなくなったのだって、成績不振が一番大きい理由だし(明言はされてないけど)。
いい機会かもと、ひそかに思っていたが。
「コーチとしての方針はもう決まってるんですか」
「なんやなんや、慌てんボーイやん」
イラっとした。カッと腹が熱くなる感覚がある。
「私は多分、今年がラストチャンスです」
眉をひそめて、晩鐘さんが口を開く。
「……まだ27やろ」
「もう、ですよ。今じゃ、十代で活躍してる選手だって多い。私みたいな格闘主体のプレイヤーはフィジカルを維持するだけでも精一杯なのに」
思うに、才能は枯れない。才能に対する期待が目減りしていくのだ。そして才能への評価が、未来への期待が下方修正されていく。
才能も実績もない元プロ選手に、誰が期待できるのだろう。
「……OCTに加入させたいのだって、夜雨さんのメンタルを気遣ったんですよね? 万が一にも、自分のせいでって思わせないために」
暮雪さんはああ言ってくれたが、別に期待されたわけじゃないのはよくわかってる。
「ちょお待て待て、キミを選んだのは俺やで」
予想外の言葉だ。
晩鐘さんが、私を選んだ? な、なんで?
「ほな、こっちの話もしよか」
かしゅっと缶の開く音がした。……え、飲むの? まじ?




