第5話(2/8)
フロートには、いわばステータス配分のシステムがある。
運動、知覚、制御の三つの大項目と、その下位にある小項目にリソースを割り振ることで、アバターの性能を高めることができる。プレイヤーは予め設定した配分をロードアウトを用いて、試合に臨む。
そして、試合中は配分そのものを変えることはできない。インターバル中に、次に使用するロードアウトを三つの内から選ぶのみである。
(だから、基本的にはマイナーチェンジになる)
相手が射手型だから、回避性能の高いスピード重視の配分にしよう、とか。相手も格闘型だから、運動性能を高くしてパワー勝負に持ち込もう、とか。
(ロードアウトを変えて、少しでも有利にしたい。でも配分が違うほど、練度は下がる)
アバターの性能が変われば変わるほど、操作感は変わる。生身をスキャンしたアバターとはいえ、できなかったことができるようになったり、できたことができなくなったりするのは違和感が大きすぎる。
でも、目の前の少女にとっては、大した問題じゃないらしい。
小さな体躯、低い姿勢、長い三つ編み……動物的な印象を受けるカマル選手を中心に、2つのグローブが回転している。回転軌道も低く、足に引っ掛かりそうだ。相手の武器はこれで6つに。両手両足、そして回転する第三、第四の手。チャンピオンを想起させる多角的な攻撃をしてくるだろう。
『切替型の中でも、ここまで戦型を変えてくる相手は珍しいからなぁ。別のロードアウトをさっさと見れたのは重畳やね』
『前向きに考えればそうですね』
贅沢をいえば、ずるずるタイミングを見失ってほしかった。カマル選手とコーチのどっちが作戦を考えてるのかは知らない。少なくとも、どっちかは晩鐘さんと同じギャンブラーに違いない。
『まだ1点取られただけやのに出してきよった。予選は手の内隠しとったあたり、俺らと狙いは同じかもな』
晩鐘さん自身も同意見だった。
『なるべく温存して、ぎりぎりTOP16に進出する。危ない賭けが一番可能性がある──、世界の裏側にも変わった人がいるんですね』
『おいこら』
カウントが始まったので無視する。なんとなく通信越しにも不満気なオーラを感じたが、無視する。呼吸を整える。ここは架空の月面で、アバターは現実の呼吸を模倣してるだけのまがい物なのだが、それでも深呼吸をすると落ち着く。
私たちの脳は、ハックされやすくできている。
カウント・ゼロ。
一気に前に踏み込む。
なにせ、距離が離れていて得することがなにもない。今は相手のほうが射程が長いし、近づいたから大幅有利ということもない。フィジカル差は大きくなったけど、散々それを覆してきた相手である。
(──勝機は重複距離にある)
カマル選手は申し訳程度に衛星を振り回し、牽制してきた。そんなものには取り合わない。フットワークで躱して、私たちの座標を重ねる。
腰を落として、手刀でコアを狙う。自分のコアは無防備だが、ステップと頭の振りで避けきってみせる。
(取った!)
ブレイクダンスのウィンドミルをご存じだろうか。逆さになって、両足を開いて回転するアレだ。……月で見るのは初めてだ。私の両手がどちらも弾かれる。発生したインパクトを、カマル選手は地面を支えに受け止める。
地に這うように動いていたグローブが、跳ね上がり、私のコアを破壊した。
その小さく、低く、それでいながら致命的な一撃を放つ姿は、なるほど、メディアの比喩表現もなかなかだと思う。
「蠍……」
砂漠の小さくて、何よりも恐ろしい存在。
野石研人……0セット、1点。カマル・アイマン……0セット、1点。




