第3話(8/8)
速いってやばい、と思う。
ステージを囲う水に落ちれば、失点する。でも得点したあと、着水までに1秒以上かかるならセーフ。まぁ理屈ではそうだ。でもほとんどの場合、場外=失点でしかない。
(人間は飛べない)
だから、ストッパーをかける。どれほど速く相手に近づいても、進行方向を曲げ、減速しなくてはならない。バイクのブレーキターンみたいなものだ。人もバイクも急には止まれないんだから当然だ。
結局、この減速がモーゼス選手の弱点だった。あれやこれやと策を弄したのも、その弱点だけを突いて、対策されたくなかったからだ。足を止めた時や、目を逸らしたときは少し焦った。
ぶっちゃけた話、点を取ったあとダッシュで逃げる、という対策が一番怖かったからだ。
(あんまりカウンターを決めるものだから、格闘戦でも勝てないと判断したんだろう。助かった……)
しかしここにきて、うちのコーチ顔負けのギャンブルをかましてきた。
めちゃめちゃ速く走って最後に端っこで踏み切れば、1秒ぐらいは飛んでるんじゃね? というギャンブルである。
(飛んでたなぁ……)
落ちろ、と祈ることしかできなかった。平面的な思考はこっちだった、いや空間だけじゃなくて時間まで考えたんだから、相手は二枚分上手、高次元なのかな。そもそも人間性能、特に身体能力では雲泥の差がある。
彼がこれから経験を重ねていったら、私なんか相手にならなくなるだろう。
野石研人……3セット、1点。マッチポイント。対するモーゼス・K・O……1セット。カウンターを決め、また追い詰めることに成功した。あの後、ビッグプレーは続かなかった。
案外どんな試合も、あっさり終わるものだ。
カウントゼロ。
そして、放たれた矢のようにモーゼスが走り出す。0.1秒以内に判断する。最速で走り出している。まっすぐに、もう人の手を離れ、運否天賦に任せるといわんばかりの姿勢である。
(いや)
運命に任せるはずがない。彼はどうしようもなく勝とうとしてる。付け焼刃よりもここまで勝ってきたやり方を選んだ。最後に水の上を飛ぶのは、後付けじゃない。ただ全力で走るとそうなるというだけ。本来の彼に戻ったに過ぎない。
(だから強い)
カウンターの姿勢で待ち構える。どれだけ奇策を練っても、拠りどころはコレだった。あきらめの悪い私にぴったりだ。たった1秒で天国と地獄が別れる戦い方。これまでのすべての価値が問われる。だが、それでいい。
この1秒で判断してもらって構わないから、ここに来た。
──ガラスが割れる音が響く。
野石研人……4セット獲得。勝ち。ウィナーズ2回戦へ。
モーゼス・K・O……1セット獲得。負け。ルーザーズへ。




