第3話(7/8)
(クソクソクソクソ)
バーストの後も、いいようにやられちまってる。
モーゼス・K・O……0セット、1点。対するケント・ノイシ……3セット、1点。マッチポイント。
(1点は取れる、ああ取ってやったさ)
だがセットが手に入らない。1点は取れても、2点目は絶対に取れない。なんなんだよ、これ。俺は勝ちにここに来たのに。金を手に入れに来たんだ、うちは貧乏だし、俺も家族もみんな学がねぇから。
陸上はだめだった。くだらない世界のルールのせいだ。出場さえできれば、俺は世界一位になれたのに。
(それとも──、俺は、俺は本当は弱かったのか?)
出られなかっただけだと思ってた。
そもそも、なんで世界一位になれるって思ってたんだっけ? 速いからだ。フロートも同じだろ、だって俺はMETAディビジョンで1位になったぞ。速いだけじゃ勝てないのか?
(強い……)
ほとんど無名だって聞いたのに。競技歴だけが長い負け犬だって思ってたのに。でも圧倒されてるじゃねーか。俺が何しても、コーチが知恵を絞っても、必ずあいつがセットを取る。
目が合う。すぐに逸らす。
(マインドゲームで完全に負けてる。表情を隠さねぇと)
うつむいたままで、スタートの姿勢を取る。試合時間をたっぷり使って、なんとか打開策を思いつくしかない。あっちから仕掛けてくることは、ないはずだ。むかつくけど、対応したほうが相手は点が取れる。
だからこっちは、プレッシャーをかけて、相手のミスを見逃さずに──。
(──これで、いいんだっけか)
うつむきたくて戦ってきたのか? どうかミスしてくださいって祈るのか? 戦うことすら許されなかったあの日、俺はどうして叫んだんだ?
『モーゼス』
『コーチ、悪ぃんだけどさ』
逃げんじゃねーよ、と俺は世界に言ったんだ。
『走る』
『うん、それが最善だ』
カウントゼロ。
バーストはもう使わない。タイミングを知らせるなんて、バカらしいもんな。あれ以来使ってない。それに走るっていうか、滑走してる感じがして好きじゃない。やっぱ地面を踏みしめて、大地の固さを噛みしめたい。
一歩、そして二歩。
ああ、ステージは狭すぎる! 俺は飛んでいっちまうぜ。振り返りはしない。追ってこれるならやってみろってんだ。
カウントゼロ。
カウンターの時間はもう終わり。すぐに俺は水に落ちた。そうそう聞かない水が弾ける音、そして水中の音。くぐもった音、泡の音。目を閉じて、静かになるのを待っている。少しくらい浸っていてもいいじゃん。
着水したから、これで場外が成立するわけだが、問題ない。
モーゼス・K・O……得点により、1セット獲得。
もう点を取って1秒経った後だからな。コーチの絶叫が脳に直接届く。……この水浴びは勝利の喜びってやつだ。まだ勝ってねーけど。




