第3話(4/8)
今、実況・解説席には微妙な空気が流れている。
「いやーこれは、その、どういうことでしょうね? 状況が呑み込めないのですが」
実況担当のアナウンサーが、なんとも気まずそうに話を振ってきた。この場を繋ぐためだろう。言葉が詰まってしますなら、助け舟を求めるのは正しい。しかし、解説者として恥ずべきことだが、なんて解説したらいいのか私自身さっぱり分からない。
「ええ私もです。史上最速の称号を恣にし、競技者としても最速でTOP16に進出したモーゼス選手。1セットを取られ、追いつきたいはずの第2セット──」
言葉を溜めて、そして私は続ける。
「──ラウンド開始からすでに30秒、モーゼス選手は1歩も動きません」
モーゼスはこれまでの試合とはうって変わって、その場から動かない。対戦相手の野石もこれには動揺したのか、動かない。
両者のにらみ合いが続く。
フロートインターナショナルゲームズ2050のTOP16の実況・解説を担う私たちだが、これでは実況も解説もなにもない。動いていないと繰り返す実況と、見えない狙いに対する推測を語るしかない。
「作戦、でしょうね。おそらくコーチの考えたものでしょう。モーゼス選手は競技歴が浅いですから──」
モーゼス・K・Oは居場所なき天才と称された。
もっと直接的に「国籍なき」と表現した海外のとあるメディアは大炎上した。だが、事実ではあった。この世界には、そこで生まれても、そこに住んでいても、決して国籍が得られない場所がある。日本で生まれ育った自分からは想像のできないことだった。今だって、その歪みを理解してるとは言えないだろう。
(彼は法的には、どこの国民でもない。だから国際大会において、どこの国の代表にもなれない)
モーゼス選手が短距離走を諦めたのも無理からぬことだ。
たとえ誰よりも速くても、先に進むことができないのだから。
(だから、フロートに来た)
本大会はAPACやEMEA、NCSAの三つの地域ディビジョンに加え、オンライン上の区分であるMETAディビジョンを有している。そして、その理由を「なんらかの理由で所属する国や地域、国籍を表明あるいは証明できないプレイヤーのため」であると運営は明言している。
「まさにフロートのビッグドリームを体現している選手ですね! 競技歴わずか1年弱でTOP16という実力。しかもMETAディビジョンを1位通過ですから」
「そうですね」
「それに対し、研人選手は競技歴10年以上のベテランです。初のTOP16進出! 先制している有利を守り切り、このチャンスをつかむことができるでしょうか?」
実況が意気揚々と試合の構図を煽る。
実況として組まされたのは、美形で有名なアナウンサーだ。発声は言わずもがな、言葉の確かさも感じるいいアナウンサーだと思う。だが、やはりフロートの捉え方は「あの明星夜雨がやっているタイトル」程度のものだ。
(誰もができる万人競技)
いかにもな謳い文句を体現するプレイヤーが、本大会にもたくさんいる。でも、そうじゃない。彼らは己の強さのみを証明しに来たはずだ。
(彼らの強さを伝えるのが、私の仕事だ)
「……タイミングが分からないのが怖いですね」
「と、おっしゃいますと」
「モーゼス選手の強み、静止状態からの0.6秒での突進……これは99秒の間のいつでも可能な攻撃です」
体勢が崩れていなければ、1秒あれば攻撃を成立させることができる。逃げ場がないフロートにおいて、そして1秒以内であればカウンターが成立するフロートにおいて、凶悪な性能である。
「この状況は、過去の試合でも見たことがありません」
それだけ、野石が脅威なのだろうか。
「動いた!」
ラウンド開始から45秒。
「モーゼス選手が動きました。後ろに! 後方のステージ端のギリギリに行きました! どういうことでしょう?」
「おそらく助走距離を稼いだんです」
この私の推測はすぐに証明された。
モーゼス選手の最初の得点によって。




