第1話_UNDERDOG(1/8)
午前中に起きたのは、1週間ぶりだった。
ぴーちくぱーちくと、小鳥のさえずりが聞こえてくる。よし、日課になってしまったメールチェックから始めよう。上体を起こして、サイドテーブルの方を向く。視線を感知し、立体ディスプレイが起動する。寝起きの目にブルーライトが刺さった。
本日、2049年9月13日月曜日の午前9時ジャストにメールが1通。00分00秒00ミリ秒に送信されたメールなので、たぶん送信予約機能を使っている。差出人は東京のゲーミングチームで、内容はプロ契約についてだ。
「この度はうんたらかんたら──、野石研人様の今後のご活躍をお祈りいたします」
深呼吸をして、6秒数える。
「……祈ってんじゃねーよっ! 叶える力があるというにっ!」
やはりムカつくものはムカつく。
(……しかし、祈ってくれるだけマシか?)
叫んで溜飲が下がった(アンガーマネジメントより有効かも)。少し冷静に考えてみよう。コネのあるところすべてに連絡を取ってはみたが、お祈りどころかお怒りの返事を頂くこともあった。残念ながら、私にはちゃんと身に覚えがある。
契約満了で放流されたプロゲーマー(私のことだ)と改めて契約してくれるチーム、スポンサーは見つかっていない。もういっそのこと、海外にでも行くしかないのか。
ベッドから転がるように立ち上がる。ぺちぺちと裸足のままでキッチンの冷蔵庫に向かう。この1LDKの家賃も馬鹿にならない。賃貸契約も更新の時期が迫っている。そろそろ引っ越すか、と思いながら牛乳パックをラッパ飲みする。
(……私とは契約しづらいよな。世間体もあるし)
なにを隠そう、このわたくしは、人気者に対する迂闊な発言で炎上したことがある。
そうでなくとも、eスポーツに限らず、スポンサードは賭けみたいなものだ。選手が活躍するかなんて分からないし、問題を起こされればマイナスだ。
(私なら、私に賭けるかと言われると……)
客観的に考えれば、とても期待できそうにない選手だ。
もう27歳で、骨格に秀でているわけでもない。運動能力も反射神経も、加齢とともに落ちていくのが目に見えている。大きな大会で結果を残したこともない。もうファンがたくさんいるなら、話は別ですが、もちろんいません(悲しいことですね)。
「野石研人、フロート」
音声入力で検索すると、ピロリンと音が鳴った。うじゃうじゃと記事が並ぶ。最新のネット記事を見つけ、別ウィンドウで開く。
「読み上げて」
自宅の生活用AIが、淡々と記事の内容を読み上げる。
『元フロート選手の野石研人氏(以下、野石氏)は契約満了に伴い、TOKYO SQUID(以下、TSQ)から脱退しました。TSQは今回、契約更新がなかったことについて、契約満了による円満な脱退としています。しかし明星夜雨選手(以下、明星選手)に対する問題発言は我々の記憶に新しく──』
「もういいや。やっぱ聞きたくない」
ベッドに腰かけると、少し軋んだ音がした。
「元ってなんだよ、元って……。チームにいなきゃ選手ですらねーってか。それでよく万人競技を名乗れるな……」
選手へのリスペクトが欠けているのはそっちだろうが、と思う。明星選手にしたところで、私が言及したのはフロートの腕前や練習環境であって、彼女の抱える……ある種の特徴に関してはまったく触れてないのに。
と、メールの受信音がした。視線をさっとディスプレイに戻す。
差出人は『OSAKA OCT』だった。
ごくり、と喉が鳴る。
OSAKA OCTはその名の通り、日本は大阪を代表するゲーミングチームである。半世紀以上の歴史を持ち、発起人である代表者はいまだオーナーとしてチームを率いている。
(まじか)
内容は──、契約に関するものだ! たたき台となる契約書案も添付されており、さすがに条件面は良かった。あまり期待できないだろうプレイヤーからすれば、厚遇と言っていいほどである。
……ただ、問題点がひとつある。
私の炎上騒動は「明星夜雨」選手に対する「配慮に欠けた発言」に端を発する。
その「明星夜雨」選手は、OSAKA OCTオーナーの孫娘だ。
つまり……、気まずいんだ!




