第2話(8/8)
フロートにはゲーム内のマイルーム機能がある。
だいたい七畳ぐらいで、家具や装飾は課金制だ。こだわる人はとことんこだわるらしいが、私は興味がない。なさ過ぎて初期設定のままにしてたら数年前ネットでバズった。
ローテーブルが1つあって、それを挟み込むように二人掛けのソファが1つ、一人掛けのものが2つ。真っ白な部屋に薄青のライティングが色付けをしていて、窓からは月の地平線と、その先の地球が見える。初期設定のままでも、私は結構気に入っている。
「ほな反省会しよか」
「はい」
1点も取れなかったのだから当然である。
チャンピオンと七番勝負をする貴重な機会に、ストレート負けした。4本取られて負けたので、8点分の攻防しかなかったわけである。フルで戦えれば21点分やりあえたわけで、理論値の3分の1ぐらいしか戦えなかったことになる。
「数字好きやなぁ、自分」
「なるべく正しく損失を理解しようと思って……」
ああも点が取れないとは思っていなかった。実のところ結構へこんでるのだ。
極めつけは試合が終わった後のチャンピオンの言葉である。
『手の内は明かせへんってことですね! さすがです! あたしなんてマジでやってもうて恥ずかしいです! でも次戦うときはもっとパワーアップしてますから! 公式戦のときは本気でやりましょうね! 約束ですよ!』
「つらい……」
誓ってもいいが、リアルマジ本気だった。その上で完封された。一応、サウンドアクセシビリティは奥の手だったかもしれない。しかし、その手の内を明かさないと決めたのは晩鐘さんだし、いよいよ私はいいとこなしである。
「ま、期待の裏返しってこっちゃな」
「期待って、どこに期待できる要素が……」
ここで五日間、聞き損ねていたことを思い出す。
「そういえば、私が選ばれた理由ってなんなんですか?」
私がOSAKA OCTに加入できた理由を私は知らない。なんだかんだ言っても、夜雨さんの件で炎上したのが大きいと思っている。炎上直後に引退となれば、結びつける人は多いだろう。他ならぬ夜雨さん自身も、自分のせいで引退した、と考えてしまうかもしれない。
夜雨さんというかわいい孫のために、オーナーが私と契約するのはまだ分かる。
「でも、晩鐘さんが働くこととか、コーチになることは、この件とは無関係ですよね」
タイミング的に合致しただけで、別の話だ。ほかの仕事でもよかったし、ほかの選手のコーチでもよかった。競技シーンやフロートに関わる仕事はたくさんある。そもそもOCTの事務方の仕事だってあるだろう。コーチになるとしても、強い選手はたくさんいる。
「なんで私のコーチになることを選んだんですか?」
言外に「なんでわざわざ」と尋ねると、晩鐘さんは深く、ソファに座りなおす。
「……きっと夜雨は、世界大会連覇を達成する。キミの前に立つとき、彼女は3連覇がかかってるやろうな」
だろうな、と思った。
強い選手はたくさんいる。
だが優勝しても驚かないような、きっと優勝するだろうな、と頷ける選手はなかなかいない。そして恐ろしいことに、今年の世界大会において、驚くに値しない選手は明星夜雨たった一人。それほどまでに、今の彼女は強く、ほかの誰もが見劣りする。
「世界中があの子の勝ちを望んでる。来年──、16歳の病気の少女。外に出れんけど、ネットで世界とつながっとる。明るくて、人好きのする性格。家族や友達、ファンのみんなを大切にする」
その結果、フロートの知名度をぶち上げた天才である(特に国内。これまで見向きもしなかったくせに!)。
「どう思う?」
「どうって……」
そんなの決まってる。
「すごいっすね……」
いやマジぱねぇ。
21世紀初頭は「ゲームをすると馬鹿になる」と言われていたらしい。今でも「VRをすると廃人になる」と言う年配の人は多い。しかし最近の子は、そもそも親世代がVRに慣れていることもあり、早くに触れるそうだ。
「まして夜雨選手は幼少の頃から長時間のVR体験をしてきたわけでしょう? あの脳波コントロールは達人っていうか、もはや仙人みたいでした」
「……世間の期待とかの話やってんけど」
晩鐘さんの片眉が持ち上がって、なんとも言えない顔になった。
「でも関係ないですよね?」
ひとつ断言できる。世間からの期待がフロートに直接関係するなら──私はプロになれなかった!(とても悲しいことだが認めざるを得ない)。
「せやな、関係ない。そう言い切れると思うて選んだねん……音への反射能力がええっちゅうのもあるけどな!」
「メンタルと反射神経ですか……」
「元プロとして、けっこうモヤモヤすんねんな。そりゃ夜雨が勝つんは嬉しいけど、別にただのいち選手やし、ただの──俺らんとこのガキンチョやねん」
付け加えた言葉は小さかった。
でも、多分、それが一番言いたいことだったんだと思う。
「負けて泣くんはええよ。でも勝っても『手加減されてた』とか『かわいそうだから勝ってよかった』とか水差されんのは、見てられん」
「勝っても喜べない、的な……?」
「的なて。俺、まじめな話してんねんけど……」
親戚のお兄ちゃんがいたらこんな感じなのか。夜雨さん、私、晩鐘さんの順番にちょうど一回りずつ歳が離れている。
子供時代の私が手加減されて、それに気づいたら怒るだろうな、あと泣く。かといって、本気を出されて負けたら、再戦を要求するだろう、あと泣く。勝ったら、大声で自慢するし、連敗後だったら、泣くほど喜ぶかもしれない。……子供のころは泣き虫だったのだ。
勝利の喜びに、ケチをつけられるなんて最悪だ。
「結局、本気で戦って勝てってことですよね」
「……まぁー、そうや」
「いいですよ、優勝のついでっていうか。もともとそのつもりなので」
晩鐘さんは、珍しく控えめに笑った。輝かしいものを見たように、目を細めているようにも思えたが、きっと勘違いだ。
視線の先には、私しかいないから。




