第2話(6/8)
『あんなに綺麗にマイン踏むやつ初めて見たわ』
晩鐘さんはげらげらと笑ったあとにそう言った。
『……』
『バナナの皮を踏んだみたいになっとったで』
それな。
相手に自分のオブジェクトを踏ませる技術を地雷と呼ぶ。ステージの間に挟むことで、相手の足をあらぬ方向に弾き飛ばすことができる。もちろん肉体へのダメージや欠損はないが、だからこそ全身が持っていかれ、体勢が崩されてしまう。
『正面から挑んだ感想は?』
『……無理です』
相手の切り替えが早すぎる。
敵をその場に釘付けにする動きと、迎撃する動きはまったく違う。まして6つのグローブを操るのは複雑で、簡単に動きを変えることは難しい。普通の選手が集中して使えるのは2個か3個で、残りはあらかじめ決めた動きを繰り返すだけ、ということが多い。
6つの手を、リアルタイムで適切に使いこなす、というのは尋常じゃない。
『夜雨選手って脳みそ2個持ってたりします……?』
『34年生まれの、ほんまもんのニューロ・ネイティブ。ましてあの子は生活の中でもVR漬けやからなぁ。生身の手足よりも、よっぽど器用やで』
『……』
『羨ましい言うたらまた炎上すんで』
『だから言わなかったじゃないですか!』
『思いはしたんや』
……ノーコメントで。
ともかく、正面からはきつい。何かしらの意外な動きをしないと読まれて終わりだ。『安定感はあるけど勝てないよね』で有名な私じゃ難しいことだと思う。
『策はありますか?』
『お、頼ってくれますやーん』
私の脳みそで考えられる案なんてたかが知れている。で、あれば別の脳みそを使うしかない。使えるものはなんでも使わないと、勝てる気がしない。
『よろしくお願いします』
『ほいだら、こんなんはどうじゃろ──』
……いつもの調子で、ハイリスク・ハイリターンな一手を提案してくる。仕方ない。格上に勝ちたいなら、地力とは違うところで勝負するしかない。
試合再開。
カウントは99から、すでに70まで減っている。だが試合の展開は変わらない。
距離5メートルのところまでは近づける。いや、近づけさせてもらえる。明星夜雨という選手の最も得意な間合いだからだ。
(『タイミングは、グローブの動きじゃなくて残り時間で決める』)
晩鐘さんの言うことはいちいちユニークだが、なんとなく理に適ってる気がする。
(『グローブの動きは、夜雨がコントロールしてるねんで? 誘導されてるかも、なんて迷うぐらいやったら、決め打ちしたほうがええねん』)
前に踏み込むのは残り67秒と決めた(キリの悪い数字のほうがいいらしい)。
(さぁ、勝負──!)
左斜め前方に踏み込む。続く右足を相手グローブが狙うが、前転して避ける。視界から消える直前、夜雨選手の眉が少し動いたのが見えた。これまでの安定路線をかなぐり捨てた、ハイリスクな行動だ。視界不良に加え、体がコンパクトに纏まってしまう。コアや手足という的をまとめてしまう行為に他ならない。
(『ステージの地面が相手の軌道を制限するっちゅーのはデカいと思うねんなぁ。……あんま使っとる人見たことないけど。上手くいっとるときもあんで』)
……使用率が低いばかりか、成功率も低いってことじゃん。コーチのことばを反芻するとどんどん不安が募るが、すでに賽は投げられた。
視界の端で、夜雨選手の軌道を捉え続ける。なるべく立体的に。
そして前転後、起き上がらず、両手で地面を弾く。気分は四足歩行の動物だ。間髪入れず、右足で地面を蹴り、左半身を前にし、正面から、背骨をなぞるような左アッパーでコアを狙う。のど元を通り過ぎ、まさに打ち砕くその瞬間。
私の左手は急停止する。
(来い──!)
夜雨選手の操る軌道上に、ぴたりと私のコアが収まっている。見えていないが、たぶん、すぐ近くに彼女のグローブが迫ってる。
「えい」
彼女は、その場で体の力を抜き、重力に従い倒れ込む。
必然的に、私の左手が、落ちてくる彼女のコアを捉える。
「あ」
コアの砕ける音──ガラスの割れる音──が響き渡る。やられた、と思った瞬間にはもう遅い。再び、コアが砕かれる。今度は自分の頭の中から響いている。
1セット目は夜雨選手だ。決まり手は……カウンターである。




