第2話(4/8)
月に来ると実感が湧く。
目の前にいるのは世界大会のチャンピオンだ。学校の制服ではなく、灰色のジャンプスーツを着ている。初めて世界大会を制したときから、ぐんぐん背が伸びていて、今では女性の平均身長ぐらいになってる。
(来年から高校生だもんな。子供の成長は早いな)
私たち大人には無縁のまぶしさだ。
10メートル離れた場所からでも、彼女の表情はよくわかる。自信と、適度な緊張感を持っていて、頭の中でプランを立てている。私に勝つためのプランだ。実績だけ見れば遥かに格下の私が相手でも、彼女が手を抜くことはない。自分がやられたら嫌なことはしない、素直ないい子だと思う(もちろんプレーそのものは別だ。勝負なので)。
『ほな、まず作戦会議やな』
晩鐘さんから音声通話が入る。
『サウンドアクセシビリティは禁止、以上』
『ちょっ……』
待て待て待て。
『それじゃ勝てないでしょう! いや自分で言ってて悲しいですけど』
『ほんまに悲しいこと言うやん……。しゃーないやろ。ここで勝っても得るものないし』
『経験とか、自信とか……』
『代わりに夜雨はデータを得る』
あくまで淡々と、言葉が続く。
『そらぁ、ずっと隠し玉にはできへんで? だからって、なんでわざわざ最大の敵に教えなあかんねん。現状、来年の最終予選どころか、TOP16に出てくる確率があほみたいに高い奴やで。手の内を晒すなんて最悪や』
『手加減されたくないって言ってましたよ、夜雨選手は』
『付け焼刃を使えって意味ちゃうやろ』
返答に窮する。
ここ毎日は晩鐘さんと練習して、練度を上げている。一方で、まだサウンドアクセシビリティに慣れていないのは事実だ。音の種類や法則は暗記したけど、とっさに反応するのは難しい。下手に使うよりも、これまで通りの戦い方をしたほうが勝率は高いと、自分でも思う。
(なんか納得できないな)
自分でも言語化できない、不完全燃焼な感じがずっとある。
『……とりあえず、なしでやります』
『とりあえずってなんやねん──』
通信終了。
「お待たせしました」
「いえいえ! ばんちゃんと作戦練ってはったんですよね」
微笑むに留める。そう思って警戒してくれたら儲けものだ。
「準備は?」
「いつでも!」
言うが早いが、彼女はロードアウト(あらかじめ決めておいたリソース設定のこと。いちいち数字を割り振るのが面倒なので使う)を起動する。
6つの円軌道が視覚化される。いずれも中心は彼女の頭部であり、角度も変わらない。直径が異なるから、水面の波紋のように見える。そして、軌道上を回転するものも6つある。蛍光オレンジに輝くグローブである。
右手用のグローブが3つ、左手用のグローブが3つ。彼女を中心に回転する衛星として、そして彼女の剣として、盾として一定の速度で回っている。中身は空だが、こぶしを握ったり、開いたりして、準備運動をしている。
「──カウント」
電子音が響く。
相手はチャンピオンで、こっちは成績不振の下位プレイヤー。勝てる道理はないけれど、勝ちたい理由は十分にある。
ここだけの話、私は負けず嫌いなのだ。




