第2話(3/8)
私の撮影は何事もなく終わった。
スタッフさんが言うには、最終的には炎の中から威風堂々と私が登場し、後ろを振り返ると世界大会のロゴがあり、背番号が映し出される、という感じになるらしい。
「こういう映像、なにかと炎を使いがちですよね」
「炎上の揶揄ちゃうか?」
「もはや直喩でしょ。じゃなくて、いい加減殴りますよ」
晩鐘さんは、からからと悪びれず笑いやがる。
飾り気のない撮影場から、すでにオーナーはログアウトしている。この酒カス、改め、うわばみバンショーを窘められるのは、夜雨さんだけだ。しかしその夜雨さんも、今はスタッフさんたちと談笑している。助けは期待できない。
「ええやん。炎上はネタにしていかへんと尾を引くで、経験上」
……いやな経験だなぁ。でも参考にはしよう。
「あ、そういえば晩鐘さんに聞きたいことが──、通信いいですか?」
「なんや、内緒話かいな」
通信──この場合は、口を動かさず、脳内の発話だけで会話をすることだ。
『さっき、夜雨さんが変なテンションになってたんですけど』
今はすっかり落ち着いている。それでも、私からすればハイテンションだけど、彼女にとっては平常運転に違いない。スタッフさんたちと談笑してる声が、無機質な撮影場に響いている。
『聞こえてたで。じい様やスタッフさん方も多分な』
『ですよね』
私が、勝利を目指すこと。そして誰が相手でも本気を出すこと。夜雨さんはこれら二つの発言について、興奮気味になっていた。というよりも、だ。
『喜んでたような』
『喜んどったなぁ、あれは。見たら分かるやろ』
まさかそんな確認じゃないよな、と横目に睨まれる。いくら私にノンデリ疑惑があるからってひどいと思う。表情の読み取りや人間観察は得意だ。フロートでも必須のスキルだから。
『理由が分からないんですよ』
『言うてたやん。手加減されやすいって』
どこのバカだ、世界チャンピオン相手に手加減するなんて。
『子供で、病気が重いからですか?』
『……ま、そういうこっちゃな』
明星夜雨が初めて世界大会を制したのは中学2年生のときだ。ノーマークの子供が破竹の勢いで進み、そのまま史上最年少のチャンピオンになった。現在は中学3年生で、無事に勝ち進み、あと数回勝てば連覇達成だ。
強者は恐れられるとともに、挑戦すべき壁になる。
手を抜くやつがいるとは思えない。
『理解できません』
『せやろな、分かるで。そういうところもキミを選んだ理由のひとつや』
『それって──』
『まずは目の前のことからや』
「研人さんっ!」
「うわぁ、はい、研人です」
目の前の夜雨さんにまったく気づいてなかった。これじゃ通信してたのがバレバレである。こそこそ内緒話をする、というのはあまり品のいい行為ではない(特に、バレたときは)。
「撮影、改めてお疲れ様でした」
「どうも。でも大して疲れてませんよ、慣れてるので」
ベテランなんでっ! と考えるだけで悲しくなる。年数は長いけど、結果は全然出てないんですよね……。
「じゃあこれから練習ですか?」
視界の端に時計を出すと、まだ夕方だった。
「そうですね。……コーチはどうですか」
「ええよーん。今日のレース終わったし」
まさかとは思うけど競馬しながらここにいました? だとしたら無駄に器用だな。会話に違和感はなかった。それとも先に馬券だけ買っておいたんだろうか。うーん、その場合でも視界に中継をオーバーレイして観戦していた気がする。
いやな信頼関係だ。
「と、いうわけで、練習します」
サウンドアクセシビリティを用いた重複距離での戦いは、私たちが自分たちで開発していくしかない。史上初の試みだろうし、上手くいく保証のない、未踏の地を開拓していく作業だ。
(実戦投入が間に合えばいいけど)
と、夜雨さんが元気に手を挙げる。
「せやったら、あたしとスパーしませんか?」
「……ん?」
「あたしと練習試合しましょう!」
スパーの意味が分からなかったわけじゃない。言葉はわかっても意味不明だったから、返事に窮したのである。
返事のできない私を見て、やはりコーチは笑うのだった。




