第2話(2/8)
私、野石研人は正式にOSAKA OCTの一員になった。晩鐘さんたちに会ったその日の内に意向を出し、本契約もすぐだった。しかし、まだ外向きの発表はしていない。
そして本日、2049年9月18日土曜日のお昼過ぎ。
発表用の素材を撮影するべく、指定されたVR空間に接続した。まだ東京に住んでいるので、オンラインなのはありがたい。
(このため? いや、考えすぎかも)
明星夜雨が同席するため、というのは邪推だろうか。
「研人さん、研人さん」
初めてのお客さんにテンションが上がる犬のように、夜雨さんが話しかけてくる(……犬に例えるのもやめたほうがいいかな)。
「リアルの撮影場もこんな感じなんですか?」
リアルの、という言葉にひっかかりを覚える。
「機材、特にコード類は少なく感じますね。ああ、でもスタッフさんの視界だけに表示してるものもあるらしいですよ。被写体が緊張しづらくなるから」
そこはバーチャルの強みだ。
カメラなんかは代表で、誰かの視界をそのまま(スクリーンショットみたいな感じで)画像として保存することもできる。とはいえ、人にじっと見られるのも緊張するもので、わざわざ張りぼてのカメラを用意して、レンズ越しに見ることも多い。
わざわざ不便なリアルを模倣するというんだから、なんとも皮肉というか。ちょっぴり間抜けな感じがする。
「ほほーう。さすがベテラン勢ですね」
ベテラン、のところで晩鐘さんが控えめに吹いた。まだ27歳じゃんと私を励ました人間と同一人物だとは思えない。うーん、むかつく人だ。
「撮影って緊張しますか?」
Vlogを撮っているからだろう、質問がぽんと飛んできた。
「あんまりしないですね。ベテランなので。もちろん最初のときは緊張して、おっかなびっくりって感じでしたけど」
「緊張するイメージないです」
どんなイメージ?
「試合も立ち上がりは緊張しますね。まずは相手の出方を伺って、失点しないように立ち回ることが多いです。試合に入るところから──」
試合の、と言ったときだ。
夜雨さんの目の色が変わった気がする。アバターに特別な設定をしていない限り、あり得ない。それでも私たちの多くは幻視の体験がある。脳の勘違いなのか、あるいはデジタル上で繋がっているのか。
確かに、人の熱を、瞳の奥に見出してしまう。
「それってあたしに言うてええんですか?」
どれほど気安い性格でも。
(この人がチャンピオンであることを忘れてはいけない)
私たちの目指す頂に、すでに立っている人。
「あー……最初から点を捨てたりしません。どちらかといえば、失点しちゃったとき気落ちしないように言い訳してるだけですね」
「なんやぁ、よかった」
ほっとした表情になるとともに、彼女から熱が消えた。いや熱とも少し違う。
(いらだち?)
彼女のイメージからは、連想できない感情だった。
強いだけでも、ストーリーだけでもない。もともと人に好かれやすい性格で、注目度が上がったときに、やはり多くの人に好かれただけのこと。いつもニコニコしていて、明るく、元気に振る舞う子、というイメージ。
なにごとにも腹を立てることはなさそうだと、勝手に思っていた。
「あたし、ライバルとして認識されてへんのかと思うて」
「……フロートやってる人は、誰でもライバルですよ」
実力や経験、モチベーションは人それぞれだけど、勝負は勝負だ。
「誰でも、ですか」
「ええ、たとえ相手がチャンピオンでも、素人でも関係ありません」
だって負けたくないし。
負けていい勝負なんてない。負けていいなら、そんなのは勝負じゃない。その意味において、チャンピオンに挑むのも、素人に挑まれるのも変わらない。
「そう、ですよね──」
(もしかして失礼だったかな)
フォローを入れる前に、夜雨さんが口を開く。
「たとえ誰が相手でもベストを尽くしますよね。あたしでも、だれでも」
「も、もちろん」
いい感じに言い換えてくれた、と思ったのもつかの間。
興奮気味に言葉が紡がれる。
「そうですよねっ! たとえ相手が素人さんでも! ランドセル背負うてる小学生でも! よぼよぼのお年寄りの方でも! 病人やったとしても! 研人さんは、ほんまの本気でぶん殴りますもんねっ!」
人聞きが悪い。
でも、正しい。
私たちは勝負の世界にいる。オープン大会で、圧倒的に差がある相手と当たることもある。でも、どんな事情があっても手加減はしない。勝負事には絶対の大前提がある。お互いに勝とうとすることだ。
張り合わないなら、勝負じゃない。
「ほんまよかったっす! あたし手加減とかされがちなんでっ」
なんで、と聞きそうになるのをぐっと堪える。察しがついてしまったからだ。
明星夜雨は病人である。
部屋から出ることが非常に難しいため、ほとんどベッドに寝たきりの状態で生活しているらしい。VRにログインしている時間は非常に長く、コミュニケーションの多くはネット上で取っているとか。
私はそんな彼女に、かつてこう言った。
『才能はもちろん、環境に恵まれている。家族やチームのサポートも素晴らしい』
そして、
『羨ましい』
とも言った。
(──心の底から、そう思ったんだけどなぁ)
世間が否定的に捉え、炎上したのも事実である。




