第2話_CHAMPION(1/8)
まったく聞いてない。
今日の仕事は、新しい選手(つまり、私のこと)の宣材と加入ムービー撮影だ。伊達に10年近くプロ選手をやってるわけじゃない。メインの被写体ではあるが、その道のプロに任せればいいことは分かってる。だから、気は楽だ。
楽なはずだった。
(聞いてないですよ、オーナー……)
「本日はVlogを撮らせてもらいます! よろしゅう頼んまーす!」
元気いっぱいな彼女の名前は、明星夜雨さん。今日はフロートのグレーのジャンプスーツ姿ではなく、ブレザーの学生服を着ている。メタバース上の学校に通っているらしいから、そこの制服なんだろう。なんとなくアニメチックに感じる。
ちなみに、私が炎上したのは、彼女に関する不用意な発言が原因である。そして、彼女はオーナーの孫であり、コーチの従妹だ。
「はい。よろしくお願いします」
やばい、声が上擦った。
「なんで敬語なんですか? 10個ぐらい年上ですよね」
「世界チャンピオンに対する敬意ですよ……」
明星夜雨(敬称略)は昨年のチャンピオンで、連覇をかけた大会を控えている。ちなみに私は予選で早々に負け、来年に託すことになった。そんなわけで、私のほうが一回り年上だけど、年齢がどうのという話ではないのだ。
あと自分事として、せめて失敗から学びたいと思ってる。不用意な発言ってものを控えるのだ。別に世間にびびってるわけじゃない。あのコーチの元でやっていく以上、炎上リスクなんてどうせ下がらないしね。
いや別にびびってないけど?
「ええのに。あ、それやったら──」
撮影場として作られたVR空間に、可憐な声が響き渡る。
「あたしのことは『やうちゃん』って呼んでくださいっ! みんなそう呼ぶんで!」
怖っ。
最近の子ってみんなこうなのか? 距離感の詰め方がすごい。全然悪気はないんだろうけど、私がそう呼んだら(また)ネットが荒れると思う。
「仲ええやん」
「ほんまになぁ」
晩鐘さん(私のコーチ。酒飲んで試合して炎上したことがある)と暮雪さん(私のチームのオーナー。夜雨さんと晩鐘さんの祖父にあたる)がにこやかに笑っていた。
撮影場は大きくふたつのエリアに分かれている。カタカナのコの字に置かれてる白いスクリーンに囲まれたエリアと、撮影機材や待機中の椅子がおいてある黒を基調としたエリアだ。
まだ撮影の準備が終わってないので、私たちは黒いエリアでだらだらと喋っている。
「さすがにそんなに気安くは」
ここで晩鐘さんが口を挟む。
「苗字で呼んだらややこしいやん? 明星家が何人いると思うてんの。──それに、名前呼びぐらいやったら炎上せぇへんやろ。知らんけど」
(こ、こいつ……)
どうせ殴ってもダメージないし、殴ってやろうか。
「ばんちゃんのいう通りですよ! 名前で呼んでもらわないと」
さぁほら、と言わんばかりの笑顔を向けられると心臓が軋む。炎上云々差し引いても、10代の子とうまく話せる自信がない。なにが流行ってるんだろう……。タピオカとか? 流行っては廃れ、廃れては流行り、不思議な飲み物だ。
「まぁそのうち、おいおい、ね……」
「分かりましたっ。おいおいで!」
(会う機会は少ないし。忘れるはず。てか忘れて)
「そういえば、言い忘れてましたが。もうカメラ回してますので!」
まったく聞いてない。
どうなってんだ、明星家!




