第9話 この世界、あなたの税がいきている
翌日。俺はゼラトリスと一緒に、宿の1Fで遅めの朝食をぱくついていた。きのう彼女が部屋に戻ってきたのは、日付けが変わってから。エレシダをなだめるのに、かなり時間がかかったようだ。
彼女の気が変わって、「やっぱりもう一人の紹介はやめる」とか言い出したら困るなァ……と思いながら、グレートボアの豚カツを口に運んでいたところ――
「……やはり、気がすすまない、のだが……最後のパーティ候補者について、情報を伝えておくぞ」
ホッ。杞憂だったようだ。彼女がクリスタルをこすると、女性の獣人の姿が浮かびあがった。
栗色の髪に、しま模様のネコ耳と尻尾。切れ長の目に、こはく色の瞳……
道着を着こんだ体は、ほぼヒューマンと同じ。しかし手足の先に向かうにつれて体毛が濃くなり、手甲でおおわれた両手が、大きく膨らんでいる。おそらく、肉球や爪がおさめられているのだろう。
「ほう、獣人か。こんな北のほうでお目にかかるとは、珍しいな。クラスは、武闘家系のようだが」
「ああ、バトルモンクのネロディだ。彼女も上層は攻略済み……強いぞ。だが最近は、商人としての活動がメインになっている。どうやら、私のように心を折られてしまったようだな」
「ほう……商売人とは、つけ入る隙がたくさんありそうだなァ……詳しく、聞かせてもらおうか」
光魔術がつかえる前衛とは、ありがたい。ちょうどもう一人、回復役が欲しかったところだ。
「ゲスめ……まあいい。貴様……“ジャングレム・リゾート”は知っているか」
「ああ。この国……聖王国と、ゲルムゴ蛮国との国境付近に新しくできた、高級別荘地だな。無論、行ったことはないが」
「リゾートの場所にもともと住んでいたのが、彼女の一族。再開発で土地を追い出されて、ここまで流れてきたというわけだ」
「ほほう。獣人たちの強靭な肉体も、資本主義の暴力には抗えなかったと見える。愉悦、愉悦よなァ……」
「チッ……彼女の目的は、大金を稼いで故郷の土地を買いもどすこと。一攫千金を狙って、ダンジョンに挑んだのだが……早々に諦め、商売で儲けるほうに方針を変えたようだ」
「なるほど。しかし、ウィークポイントが弱いではないか。我らはこの娘を、強制的にパーティに引き入れねばならんのだぞ」
ゼラは、ちょっと声のトーンを下げて――
「だれが我らだ、バカ野郎。……大きい声では言えんが、彼女の店、あまり良いうわさを聞かん。詳しいことは、商工ギルドで尋ねたほうが早いだろう」
「フフフ、それは楽しみだ……! しかし貴様、えらく情報通ではないか。このヨハン、感服したぞ」
「私の仕事を忘れたのか。いろんなことが、酒の勢いで耳に入ってしまうんだ。他人の陰口など、聞きたくもないんだがな……」
食事を終えた俺たちは、(ワシはもう働かんからの)というアモンを連れて、商工ギルドに向かった。
◇◆◇◆◇
その日の夕方、情報収集を終えた俺たちは、大迷宮にほど近い通りを訪れていた。一軒の小さな店の前で、ゼラが立ち止まる。
「ここだ」
看板には“スパイシーキャット商会 この先お店ありません お買いものはぜひ当店で”と書かれている。
のれんをくぐると、クリスタルで見た獣人の女性――さすがに道着ではなくエプロン姿だ――が愛想よく近よってきた。
「らっしゃい! お兄さん、ウィザード? ちょうど、良い魔力増幅のタリスマンが入ってるんよ~、ゆっくり見てってや! お姉さんは……え、もしかして、“女騎士の砦”のローズはん? アンタも迷宮に挑むんか、こりゃ、びっくりや! でも、応援してるからな~!」
ローズとはご存知の通り、ゼラトリスの源氏名だ。
コテコテの南方訛りで、営業トークをまくしたてる彼女。気持ちがしんどいので、さっさと勧誘を済ませたほうがいいだろう。すかさず、俺は――
「ネロディ=ピスカ。貴様に、一攫千金のチャンスをやろう。我らとともに、ダンジョンを踏破して遺物を手に入れるのだ。故郷の土地を全て買い戻しても、お釣りがくるぞ? 明日の夜明け、迷宮の入り口に来るがよい。このみすぼらしい店に、休業の札をかけておけよ」
とうぜん彼女は、鼻で笑った。
「あらら、そっちかいな……ごめんやで、ウチ、もう迷宮探索者は引退したんやわ。その自信と下調べに免じて、全商品10パーセントオフしとくけど……冷やかしなら、さっさと帰ってや」
さぁ、追い込む……!
「ククク……では聞くぞ。ここの商品、いったいどこから仕入れている?」
「それはちょっと、言えへんかな。企業秘密やし」
「バルトフ商会であろう」
「なんや、知っとるんかいな……お兄さんもいけずやなぁ」
「そして大口の客は、ギーザ=ナルゴップ」
「ふーん、すごいリサーチ力やねぇ……それで?」
「では、これもご存じだろうな。バルトフ商会は、大盗賊団のフロント企業。とうぜん貴様の店に卸されていたのは……盗品だ。そしてギーザは、投資詐欺グループの頭目。何をかくそうこの店は、反社会的組織のマネーロンダリング、その最前線だったということを……!」
「にゃあッ……!?」
ネロディの顔色が、変わった。すかさず、畳みかける。
「商工ギルドの者たちはそれを知っていたが、マフィアの報復をおそれて、告発できなかったのだ。だが俺――至高の暗黒魔導、ヨハン=シュード様には圧倒的な武力がある。役所に告発状を送りつけられる前に、俺の言うことを、聞いておいた方がよいのではないか?」
今回は、アモンを使うまでもなかった。迷宮街の店が反社の資金源になっていることに、心を痛めていた商工ギルドの人たちが、ペラペラと丁寧に説明してくれたからだ。
嗚呼、知らぬのは店主、ばかりなり……
「い、いや、でも、ウチ、そんなん、知らへんかったし……」
彼女の手と爪が、せわしなく動いている。木製の陳列棚には、いくつも傷ができていた。
「ああ、たしかに、善意の第三者だと弁解できるだろうな。だが、この店……アレはちゃんと納めているのか? ぜ・い・き・ん、の事だが……ああ、これを尋ねているということは、全て調べがついていると思ってもらって構わんぞ」
「ぐうっ……! そ、それは……! 開業マニュアルに、書いてあったんやぁ……! 帳簿を2個作ったら、バレないって……! やらない方が、アホやってぇ……!」
ビンゴ。脱税の証拠まではつかんでいなかったが、勢いでかまを掛けたらごらんの有り様だ。
(ほほう、物の売り買いがあるなら、とうぜん税金もあるのう……そーいえば、ワシのむかしの主も、ビシバシ取り立てておったな)
アモンがうなづいている。
「おそらく、その開業マニュアルも、怪しい業者が作ったものを買わされたのであろう。この世界、あなたの税が、生きている……納税の義務を果たさないヤツは、死んだ方がマシというのが、俺のポリシーでね。もう一度言うぞ。役所に使い魔をとばされる前に、パーティに加わっておいたほうが、賢明ではないか? ク、ククク、クハハハハ――!」
「ひぐっ、ううっ、ウチ、がんばったのに……なんで、何もかもうまくいかへんのやぁ……! アカン、もう終わり、終わりやぁ……!」
そんなこと言うなよ。クソ、ただの税金逃れの小悪党なら、どんなに気が楽だったか……!
「ヨハン、貴様、それぐらいにしておけ……私からも、よろしく頼む。こんなクズだが、ウィザードとしてはおそらく、この街最強の人間だ。探索の分け前についても、必ず守らせるから……では、失礼する」
◇◆◇◆◇
へたり込んで泣いているネロディを後にして、店を出た。宿のほうに戻ろうとすると、ゼラが厳しい顔で、俺の腕をつかんで――
「おい。あれだけ脅せばおそらく彼女も、ダンジョンに来るだろう。だが、忘れるな。私とは違って、彼女たち……エレシダも……の、目的のためには、必ずしも遺物を手に入れる必要はない。探索の結果、エレかネロディが命を落とすようなことがあったら……」
「あったら、どうするというのだ」
「貴様を殺す。必ずな……それが私の、責任というものだ。絶対に、失敗は許されん。肝に銘じておけ」
言われるまでもない。もともと、彼女たちを巻き込んでいるのは俺のエゴなのだ。
もし迷宮探索の途上で、3人のだれかが死亡するようなことがあれば。たとえ俺の目的が、果たされたとしても――
自らの首をかき切って、せめてもの詫びにするつもりだ。実際にできるかどうかは、分からないが……
俺はゼラの眼差しを、ふふんと鼻で笑って――好感度を上げるわけにはいかない――再び宿への道を歩きはじめた。
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