第42話 断罪
――ことの詳細は、こうだ。
聖騎士団がコレットに気付いて、投げ槍をかまえた瞬間。彼女は、馬上で――着ていた寝間着の帯をほどき、一糸まとわぬ姿になった。
俺たちが相手していたのが、そのへんの軍隊や傭兵だったなら……彼女はそのまま、殺されるか乱暴されて終わりだっただろう。
しかし、その光景を見たのは、高潔で知られる聖騎士団。弱きを助け強きをくじく精神を、これでもかと叩きこまれてきた彼らに、全裸で丸腰の少女を攻撃するという選択肢はなかった。
彼らがフリーズしたところに、白旗をかかげたゼラたちが追いついて……停戦の申し入れをしたというわけだ。
さらにラッキーだったのは、コレットが手に握っていた宝石、“贖罪のトラペゾヘドロン”……それを知っている人が、聖騎士団のなかに居たこと。
「聖都で厳重に管理されているはずの、最上級危険指定呪物が、なぜこんなところに?」……ということで、話を聞いてもらえたのだ。
◇◆◇◆◇
「……その女は、真っ赤なニセモノか、ウィルフレドがこしらえたホムンクルスですわ。わたくしたちを混乱させるために、出まかせを言っているのですよ! 皆さん、だまされては、なりません……!」
意識を取りもどしたマリエラが、いけしゃあしゃあと叫んでいる。その姿も……美しかった。義勇軍の冒険者たちと、全てを察した騎士団員たちが、憎しみと憐れみをこめた目で、彼女を見ている。
「往生際がわるいわよ、マリエラ! このまま、そこの団長さんに体を調べてもらっても、いいんだからね! ウィル! アンタもなんとか、言いなさいよ!」
ガウンを羽織ったコレットが、マリエラと団長をにらみつけて言いかえす。
「……マリエラ、もういいだろ。アンタのせいで、何百人ものひとが、死んだり大ケガをしてるんだ。ちゃんと、謝って、ううっ……」
なぜか、俺の両目から、熱いものがこみ上げてきた。
「なぜ、わたくしが謝る必要がありますの!? 悪いのは、すべてウィルさんと、その女……あと、わずか半分の敵さえ倒せない騎士団の皆さまに……私の気持ちを分かってくれない、聖都の市民たち……結婚したとたん愛情が感じられなくなった、王さま――ああ、なんて、哀れな王妃でしょう……!」
絶叫する彼女のまえに、団長が進みでて――
「クイーン……いや、マリエラ・ブレンガーネ・フォン=ローゼベルク。その辺に、しておきなさい。先ほど、聖都から使い魔がとどきました。あなたが、他の聖女候補たちの弱みを握るのに使ったり、諌言した大臣の殺害を命じた、暗殺者集団の長……彼が、数日前にお縄につき、全てを告白したそうです。聖王さまは、ただちに離縁を決断されました。ウィルさん、冒険者と市民のみなさま。本当に、申し訳ございませんでした……!」
男なきに泣きながら、俺たちに向かって土下座をした。ほかの騎士たちも、武器を落としてひざまずく。
「なっ……陰謀、はかりごとですわ……! 事実無根です……! いえ、多少は、そういった方と付きあいもありましたが……! すべて、政りごとをスムーズに進めるため、王のためを、思ってのことですのよ……! 確かにわたくしにも、反省すべきところが、ございました……! これからは、手に手をとりあって、よりよい王国を――」
俺と、言い訳をつづけるマリエラのあいだに、聖騎士団員たちが押しよせる。彼女のすがたが、見えなくなったあと。断末魔が響きわたるのに、それほどの時間は、かからなかった……
◇◆◇◆◇
なん百年前からあるか分からないS級ダンジョンのひとつ、ノエガンドの大迷宮が攻略された翌日。
しかも、約1年にわたって国を蝕んできた、悪の聖女王妃の討伐が成しとげられた日。
しかし、街の雰囲気は……お祭りムードとは、ほど遠かった。
当然である。聖騎士団と義勇軍の熾烈なる戦で、200人以上の市民および冒険者の生命が、失われてしまったのだ。
パーティメンバーや、家族を亡くした人からすれば、「ハイ、良かったね」とは言えないだろう。
聖騎士団員たちの顔も、悲しみに満ちていた。マリエラの指示とはいえ、無辜の市民を手にかけ、仲間を死なせ……最終的に自分たちの名誉を、落とすだけだったのである。
それでも、誇り高い彼らのこと。粛々と事後処理をすませ、賠償を約束し……もと王妃のなきがらを布にくるんで、聖都に帰っていった。
「……けっきょく、マリエラは何がしたかったんでしょうか。ここまでムチャクチャやらなかったら、もっと長く王妃でいられたのに……幸せに、なれたかもしれないのに……」
コレットが、紅茶のカップをおいた。
「彼女じしんも、自分にとってなにが幸せか、分からなかったんじゃないかな。心のすき間を、浪費とか復讐とか地位で埋めるしかなかった……とか。今となっては、もう分からないけどね」
俺たちは、ギルド支部長の邸宅にあつまって、ささやかな祝勝会をおこなっていた。テーブルのまわりに、パーティの仲間とコレットが座っている。
まわりでは、生きのこった冒険者たちが、そこかしこで酒を酌みかわしている。
みんな笑い声をあげて楽しそうにしているが、湿っぽくならないように、無理している者も多いだろう。パーティメンバーを失った悲しみは、俺もよく知るところだ。
「ウィル、うかない顔だが……気にすることは、ないぞ。我々がここで王妃を止めなければ、もっとたくさんの人が、不幸になっていたんだ。コレットのためにも、お前はベストを尽くした。誇りに思え」
ゼラトリスが、水割りをつくって隣のエレシダに渡した。
「ゼラ、ありがとう。じつは、俺がコレットのことを諦めて、どっかに隠居でもしてたら、誰も死ななかったんじゃないかとか……そう、思わなくもないんだ。でも、ダメだな」
「ダメに決まってるじゃない。それこそ、戦って死んでいった人たちに失礼よ。冒険者も、騎士団にもね。ネロ、アンタも、そう思うでしょ?」
「せやせや」
エレシダが水割りを飲みほして言う。隣のネロディも含めて、徐々に出来上がりつつあるようだ。
「それにね。マリエラがどんな人生を送ってきたのか知らないけど、アンタやコレットたちを罠にかけたり、バカげたぜいたくをしていい理由にはならないわ。自業自得、自己責任よ」
「せやせや、よう言うた。じぶんの境遇が不幸やからって、それを言い訳にして他のひとを攻撃するヤツは、ウチは好かん。みんな、なにかしら、辛いものを抱えとるんや。にゃーん」
顔が真っ赤なネロが、エレに頬ずり。
「……皆さん、改めて、ありがとうございます。ウィルから、大体のことは聞きました。騎士団との戦いだけじゃなく、チートスキルの関係で、たいへんご迷惑をおかけしたと。……わたし、この恩は、一生忘れません」
コレットが立ちあがると、フロアの全員にむけてお辞儀をした。拍手や乾杯でこたえる、冒険者たち。彼女は、俺の肩に手をおいて――
「じゃあ、ウィル……私、休ませてもらうわね。まだちょっと、カラダが痛いの。支部長さんが、上の階に寝室を、用意してくれてるみたいだから」
「ああ、分かった。無理しないで。いくらでも、寝てていいからな」
もう一度ぺこりと一礼して、立ち去ろうとする、背中に――
「おおっ……コレット嬢が、先に寝室に行かれたぞー! どうなんですか、ヨハンさん! “至高の暗黒魔導”てきには、今晩は、アリなんですか!?」
『うおおおお――っ!!』「ヨ・ハ・ン!」「ヨ・ハ・ン!」「ヨ・ハ・ン!」
はやしたてる冒険者たちと、赤くなってうつむくコレット。うーん、悪ノリがひどい。
「うむ、元気があって、結構なこっちゃ。ええか……コレット。ヨハンじゃなくてウィルは、レスリングの技をかけられるのが、三度のメシよりも大好きなんや。そこんとこ、よろしく頼むで」
「おい、ネロ、やめろって」
「そうそう。あと、腹筋を鍛えたほうがいいぞ。コイツは、一晩じゅう私のお腹をなぞって、鼻息を荒くしていたからな」
「そ、それは、チートスキルが……」
「アンタ、ぜったいに、コレットの上に座るんじゃないわよ」
「……ウィル、どうやら、私の知らないことがいっぱいあるようね。では、ごきげんよう♡」
ニッコリと笑って、階段をのぼっていった。ああ、あとが怖い……
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