第40話 ファナティック
ノエガンド義勇軍と……いや、俺の個人的なワガママで戦っているので、“義”とかいうのはおこがましいのだが……聖騎士団の戦いがはじまって、数分後。
俺とクイーン・マリエラは、戦場の上空数十メートルで、互いに飛翔魔術と浮遊呪文をつかって対峙していた。下から、剣戟の音やときの声、断末魔の叫びが聞こえてくる。
最初は、光魔術で騎士団の援護をしていた彼女だったが……「神の使徒なら、悪のウィザードを直接滅ぼしてみろ」という俺の挑発に乗って、単身あがってきたのだ。
彼女が浮かびあがった瞬間、横にいた聖騎士団長が頭をかかえていたのが、印象的だった……敵ながら、彼もいろいろ苦労してるっぽい。
さて、ちょっくら話をさせてもらおうか。俺は、ブチ切れそうになる気持ちを押さえつつ――
「久しぶりだな、マリエラ……だいたい、1年ちょっとか? いったい、なんで俺たちを裏切ったんだ。最高のパーティになれるとさえ、思っていたのに……」
彼女は、やれやれ、という顔をして――
「ウィルさん、本当に、人間のクズですのね……あなた、自分がいったい何をしてきたのか、覚えておりませんの? わたくし、思い出さない日はありませんわ」
「はぁ? 俺が、アンタに何をやったっていうんだよ」
「なんて白々しい……まず、学生のときの話ですわ。わたくしがあれだけ、ほかのシスターにいじめられていると、SOSを出していましたのに……あなたはいつも、無難な返事をするだけ。大人しく聞いていれば、上から目線での、小賢しいアドバイスまで……そういうのは、全く求めておりませんでしたわ」
「お、おう……じゃあ、何が正解だったんだ」
まさか学生時代までさかのぼるとは思わず、あっけにとられる俺。
「決まっておりますわ。修道院に乗りこんで、わたくしに屈辱を味わわせたほかのシスターたちを、ぶちのめすしかありませんこと? まったく、ウィルさんのなまけ癖のおかげで、私みずからがいろいろ動く羽目に……いや、そのへんは、まだいいですわ」
彼女は、ビシッとこっちを指さすと――
「いちばん許せないのは、わたくしの誘いを、2度も拒絶したことですわ。1回目は、夜咲き丘での、男女の契り……2回目は、聖騎士団の魔術顧問……あなたは、目をかけてあげた恩を忘れて、この私に耐えがたい屈辱を味わわせたのです。私といっしょにいるのが、ウィルさんの人生にとって、最もマシな選択ですのに……」
「……」
あまりにもあんまりな言いぐさに、固まってしまう。いまにも集中をきらして、飛翔魔術がとけて地上に落ちてしまいそうだ。さらに――
「あまつさえ、わたくしの目の前で、あのコレットとかいう子と乳くりあって……ああ、彼女がうまい具合に呪いのバングルを付けてくれて、それだけは少しスッキリしましたわ」
「ぐうっ……」
「ほんとうは、隙を見てあなた……ウィルさんに、呪いをかぶって貰うつもりだったのですが……うふふ。それにしても、なんで宝箱が、空っぽだったんでしょうね。私にただ働きをさせるとは、やはりあなたは、大罪人ですわ」
清楚そのものといった笑みをうかべ、言い放った。
「お、お前、そんな、ことで……」
ようやく、怒りがもどってきた。この女、高すぎるプライドと、息をするような自己正当化。そして、復讐に一切のためらいがないメンタル。とんでもない、怪物だったのか……!
「最初は、地の果てまで追いかけてでも、あなたを捕まえるつもりだったのですが……バケモノになったコレットさんを連れて、各地をさまよっているのを考えると、うーん、放っておいてあげてもいいかなぁ……と、ちょっとだけ思っていましたのよ。ああ、なんて、慈悲深いわたくしでしょう……!」
「もういい、聞きたくない、やめ――」
彼女は、真顔にもどると――
「お黙りなさい。なぜわたくしが、あなたのような悪人の言いなりに、ならないといけませんの? 償いの気持ちを忘れ、コレットさんをディスペルしようとするなら、話は別です。……薬で廃人にして、口を縫い、手足をもいで、わたくしのペットの仲間にいれてあげますわ。ペットは、いいですわよ。人間とちがって、私を、裏切りませんし」
「はぁ、はぁ――、俺のことが、嫌いなのは、わかった……だが、聖都の人たちに重税を課して、苦しめてるのは、どういうわけなんだ……!」
今度は、きょとんとした顔になるマリエラ。形のいいあごに、人差し指をそえて――
「あら、重税とは人聞きがわるいですわ。たしかに、ちょっとだけ税金は上がりましたが……わたくしも、したくもない事をさせられて、大変なんですよ。邪魔をしてくる佞臣たちを、暗殺者にたのんで、神のみもとに送っていただいたり。あの脂ぎった聖王の、夜の相手をしてあげたり……ちょっとぐらいのワガママは許していただかないと、ストレスがすごくて、狂ってしまいそうなんですの」
「ぐうっ……! ほかの聖女候補生たちの不祥事や、まさか、お姉さんたちが全員亡くなったのも、お前が……!」
「そこまで、説明してあげる義理はありませんわ。しかし彼女らもみんな、わたくしに耐えがたい苦痛を与えてきましたの。主も、お許しになるでしょう。……さて、そろそろ頃合いですわ。ウィルさん、あなた、直接対決なら私に勝てると思っているのではなくて?」
「当然だろう。贅沢をしてふんぞり返っていたお前に、負ける道理がない」
彼女は、おだやかに微笑むと――
「クズめ、そうはいきませんわ。わたくし、とあるダンジョン産のアーティファクトから、すごいスキルをゲットしましたの。狂信という、私のことを好きな方が周りにいるほど、信仰値と最大MPが上がるスキルですわ。ああっ、神はいつも、私を見守っていてくださいます……」
胸のまえで、十字を切った。
なんということだ。おなじ感情系チートスキル、反信頼の威力を身をもって知っている俺としては、絶望せずにはいられない。
――ちなみに余談だが、光属性と闇属性の魔術は、信仰値を参照して撃つこともできる――
……だが、やるしかない。もともとこちらは多勢に無勢、彼女を討ちとるか無力化するかして、ゼラたちを援護するよりほかに道はない。
俺は風纏翼を羽ばたかせ、彼女に向けて突っこんだ……
◇◆◇◆◇
「クソッ、まずい展開だ……! 聖騎士団、これほど強いとは……!」
地上、防御陣地のワゴンフォート内。ゼラトリスが、嘆きの声をあげた。
騎兵突撃を食らうこと、幾たび。ノエガンド義勇軍の、陣形は……順調に、削られていた。騎兵と歩兵の突破力のちがいは、馬防柵でカバー可能。しかし――
まずは、装備の差。武器が統一されていない義勇軍にくらべ、レジスト効果のある金属でできた重鎧で全身をおおい、一糸みだれぬランスチャージをかけてくる騎士団。
そして、大きいのは……指揮の差だ。きちんと小隊長がいて、ぶつかっては旋回し、すぐに体勢を立てなおせる聖騎士団。
義勇軍のほうは、パーティ単位以上の集団戦闘の経験者は、きわめて少ない。明確な上下関係もないため、指示も通りづらい。いちど崩されると、そこからぼろぼろと、被害が拡大してしまうのだ。
「このままだと、全滅ですよ! ウィルさんとコレットさんは、まだ、なんですか……!」
受付嬢が、クロスボウを撃ちながら叫ぶ。
「この中で、一軍の指揮をしたことがあるのは、アンタだけなんだ……すまないが、降参の判断はお願いするよ。市民がいる街への籠城は、許さないからね。くぅっ……」
支部長が傷に回復薬をすり込みながら、顔をゆがめる。すでに、市長をはじめ百人をこえる猛者が、その命を散らしていた。
上空では、魔術の閃光が輝いている。ウィルは……誰がどう見ても、防戦一方だった。クイーン・マリエラの放つ光魔術を、必死になって、ギリギリでかわし続けている。
もはや、一刻の猶予もない。ウィルのことは信じているが、これ以上、犠牲を増やすわけには。彼女が、伝令を飛ばそうと口をあけた、その瞬間……
◇◆◇◆◇
ゆっくりと目をあける。視界に入ってきたのは、見慣れない天井。しかし私は、何をすべきか分かっていた。
ベッドの上で、両手と両足をうごかし、五体満足であることを確かめる。枕から、ウィルの匂いがした。お腹に刺さっているのは、黄金の剣。柄に両手をかけて、力いっぱい引きぬく。
体を起こすと、胃から熱いものがこみ上げてきて、嘔吐した。出てきたのは、胃液と……深紅にかがやく宝石。
起きあがると、全身が、まるで血管のなかに針が流れているように痛んだ。でも、立ちあがる。壁に手をついて体をささえながら、部屋を出て、建物を出て――
馬が、用意されていた。周囲の人びとがなにか叫んでいるが、耳に入らない。手をかりてよじ登り、必死で、鞍にしがみつく。むちが入れられ、馬が走りだす。
ものすごい振動。手足がしびれ、力が入らない。ずるりと体がすべり、落ちそうになる――
なにかが、私のカラダをささえ、鞍の上に引きもどした。
(病みあがりの人に言いたくは、ないんだけど……がんばって! ぜんぶ終わったら、美味しいものを、いっぱい食べてね!)
(好きピのために何かできるって、幸せじゃん。あーしは、そーいうの居なかったからサ……あんなイイ男、ぜったい逃がしちゃダメだよ)
ぼんやりとした意識のなか、女性の声が聞こえてくる。誰だろうか。ウィルの、知り合い……? わからない。
私の行く手には、街の門。それが、少しずつ開きはじめていた……
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