第38話
ウィル達がアジ・ダハーカを撃破し、大迷宮完全踏破を成しとげた翌日の朝。迷宮街ノエガンド、近郊の街道。
聖都の主戦力にして精鋭騎兵隊、聖騎士団の団長は……馬上から、憂鬱な気持ちで、となりの輿で揺られているクイーン・マリエラを見おろしていた。
彼女は左手の爪を嚙みながら、右手で輿の手すりをトントン……日に日に、ご機嫌ななめになっているのが分かる。
団長は、マリエラが聖女に就任してすぐ聖王に見初められて、王妃になってから……これまでのことを、思い返していた。
最初は彼も、王権と教会勢力の橋わたし役として、喜ばしく感じていた。
しかし、婚姻のすぐ後からはじまった、彼女のたび重なる浪費とワガママ。聖都で暗躍する、暗殺者たち。彼女の信者とアンチで二分化され、収拾がつかなくなってきている、騎士団の現状。
夜の営みをたびたび拒絶され、ふさぎがちになる聖王。ついには、聖騎士団を私物化しての、今回の出撃……頭をかかえずには、いられない。
約2週間まえ。とつぜんマリエラが聖王国の辺境、迷宮街ノエガンドに向かうと言いだした。
遺物を独りじめしようとしてパーティメンバーを殺し、自分にも危害を加えようとした、“鷲獅子の骨”出身のウィザード。その所在を、ついに発見したと……
自分のもとパーティメンバー、ウィルフレド=キーツ。“鷲獅子の骨”を主席で卒業した、複合属性術のスペシャリスト。
彼にうらみを持ち、危険視するのは分かる。しかし、なぜ王妃みずから、騎士団に同行する必要があるのか……
ふと、マリエラが、団長のほうを見あげると――
「ねえ、団長さん。ウィルさんの死亡の報告は、まだありませんの?」
「はい。きのうの朝、大迷宮の最深部……10層に潜ったところまでは、密偵から報告が来ておりますが。それ以降の動向は、不明です」
「ハァ……けっきょく、わたくし達がじきじきに捕縛するしか、ないようですわね。大人しくダンジョンで命を散らしてくだされば、よいものを……ほんとうに、どこまで私を苦しめるのかしら」
「心中、お察しいたします」
しょうがなしに返事をする団長。彼女は――
「聖騎士団のみなさまにも、強行軍をしいて、申し訳ありませんわ。でもわたくしは、あの悪党がのうのうと生きているのが、許せませんの。あまつさえ、また元気にダンジョン攻略、だなんて……。いえ、もしかすると、これこそ主の思し召し。私たちが手ずからウィルさんを捕らえて、しかるべき裁きを受けさせよと……きっと、そうですわ。うふふ」
そう言うと、ふだん演説のときに見せるような、爽やかな笑みを浮かべた。その表情に、団長の心のなかにわだかまっていた不信感が、溶かされそうになる。だが――
団長は、マリエラの経歴に、考えを巡らせずにはいられない。若くして次々と亡くなった、彼女の3人の姉たち。そして、不祥事や異性関係が発覚して地位を追われた、ほかの聖女候補……
いや、彼女が手をくだしたという証拠は、どこにもない。自分は、単なる聖王の剣。まずは今回の大捕り物を終わらせ、無事に聖都に戻るのだ……
◇◆◇◆◇
聖都を発ってから、ウィルさんのことを、思いださない日はありませんでした。誰かと一緒に幸せになる資格などない、最低な人間。
わたくしは、あれほど彼のためを思って……いや、もう、どうでもいいですわ。彼がよけいな事を言いふらす前に、さっさと捕まえて、聖都に戻りましょう。
思いかえせば、わたくしの人生は、不幸の連続でした。お父さまに反乱の嫌疑がかけられ、満足いく生活が、できなくなってしまいましたの。
ほんとうに反乱を考えていたのかは、関係ありません。自分で作った子どもに、最低限の世話ができない親など、価値はありませんわ。
それを言った私に、お姉さまたちは、あろうことか人格否定のような言葉を浴びせかけてきました。これでは、食事にお薬を入れられても、文句は言えませんわね。
それが分かったとたん、手のひらを返して、わたくしをバケモノ扱いした両親……あんな家、こっちから願い下げですわ。
信仰の深い人ならマトモじゃないかと、とりあえず、修道院に入ってみましたが……そこにも、ろくな人間はいませんでした。
神の名をかさに着て、わたくしに言うことを聞かせようとするマザーたち。なぜか私を敵視して、距離をとりたがる先輩や同期のシスター……
でも、わたくし、負けませんわよ。
世界一の幸せものになりたいなどとは、申しません。わたくしより上の立場に、不快な誰かがいるのが、許せないだけですの。
ああ、主よ……一生懸命がんばるわたくしの姿を、見てくださっていますか?
◇◆◇◆◇
3000の騎馬と、輿がすすむ。彼らの目に、飛びこんできたのは――
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