第35話 ロメロ・スペシャル
迷宮街の目抜き通りから、ダンジョン入口へ向かう道をあるく。
(おい、ウィルよ。カッコつけて一人で挑むのは、結構なのじゃが……勝算は、あるんかの? おぬしのことだから、完全に無策で特攻するわけでもあるまい)
横に浮かぶアモンが、話しかけてきた。ああ、コイツとの腐れ縁も、最後になるかもな……
(もちろんだ。過去に報告されている、Sランクダンジョン10層のスタイルだけど……これはホントに、バリエーションが豊富なんだ。いちばん多いのは、普通に強力なモンスターがいるパターン。でも……)
(でも?)
(精神世界に飛ばされてなんやかんやされたり、あとは、似て非なる自分たちが出てきて、それと戦うパターンもある。ごく稀にだけど……遺物がちょこんと置いてあって、単なるウィニングランで終わることもあるよ。どうだい、希望が見えてきただろ?)
(ほぅ……予測がつかない、というわけじゃな。じゃが、ワシの予想は当たったぞい)
(へ……?)
ダンジョンへ向かう道の、木立ちの中に、朝の陽ざしが入ってきた。それに照らされた、入口の洞窟の横には――
「おっ、やっと来たか……遅いぞ。コレットのディスペルに、どれぐらいの時間がかかるか分からん。急いで、アーティファクトを手に入れねばな」
「聖騎士団が到着するまえにコレットを復活させられたら、マリエラの悪事を証言してもらって、ワンチャンあるかもしれないじゃない。さ、行くわよ」
「なんや。信じられへん……っちゅう顔やな。そのぶんやと、ウチらの部屋に睡眠か麻痺でも撃ってきたか。フフン、そうは、問屋がおろさへんで」
「さ、3人とも、なんで……!」
ゼラトリスとエレシダ、ネロディがすでに待ち構えて、こっちを見ていた。
「みんな……気持ちは、ありがたいけど……昨日も言っただろう。アンタたちが来たところで、10層の勝率は変わらないんだ。力づくでも、街に帰ってもらう」
俺はそう言うと、火球を浮かびあがらせて威嚇。
「貴様……私はやっと、姫さま以外のために、誇りをもって戦える場所を見つけたんだ。絶対に、着いていくからな」
ゼラが体の前に、カイトシールドを構える。
「アンタなら、どんな窮地に陥っても、悪魔じみた閃きで何とかしてくれるでしょ。このビッグウェーブに、乗らない手はないわね……!」
エレも懐からクナイを取りだした。BCC――ブロードキャスト・クリスタル――は、まだ起動していないようだ。
「ふふふ、ウチも、人生一発逆転の秘策があるんや。そのためには、絶対、アンタと一緒に行く必要がある。さぁ、ここらで……往生せいや!」
ネロが両手をひろげ腰を落とすと、こっちにダッシュ! 俺は――
「この……分からずやどもがァ――!」
ファイアボールを射出! ぼうっ! しかし火球は、まっすぐ走ってきたネロの横をすり抜け――
「どーせいつもの、ギリギリ当たらへん軌道やろ! 何回やんねん、このボケ――!」
「しまった……!」
がしぃ! そのまま組みつかれ……うわわわわ、吊り天井固めだ――! 持ちあげられ、指一本動かせない俺。そこに……
「貴様……そういえば、私の腹筋を散々いじくってくれたな。お返しだ、食らえ……!」
「ウギャ――ッ! あひ、あひぃ……ちょっと、やめてくれ、頼む……!」
「おおっ! ええで、ゼラ! だいじな戦いのまえに、MPを無駄遣いするようなヤツには、お仕置きや……!」
(おぬしら、何をやっとるんじゃ……茶番じゃな、茶番)
こちょこちょこちょ! ゼラの両手での、全力わき腹くすぐりが炸裂! 悶絶する俺と、呆れて眺めているアモン。そのまま、約1分が経過――
「ねえ、もういいでしょ。さっさと進むわよ」
BCCを起動し、洞窟に入っていくエレ。俺たちも、技を解いてもらって追いかける。ううっ、事ここに至っては、やるしかねぇ。何が待ちかまえていても、彼女たちを守らないと……!
★迷宮地下第十層 三苦悶の玉座★
結論から申し上げると、すがすがしいほどの、大ハズレだった。
俺たちが転移装置でB10Fに降り立つやいなや、B9Fに戻る階段が崩壊。つづいて、大空洞の奥にひかえていた、巨大な三つ首のドラゴンが、咆哮をあげて襲いかかってきたのだ。
(むむっ、アヤツも、ワシとおなじ世界の匂いがするわい……! あの瘴気は、ファーヴニル……いや、頭は、ひとつだったはず……ヒュドラ―、オロチ……は、逆に多すぎるのう……!)
さけぶアモンをよそに、ドラゴンの中央ヘッドのまわりに、紫色のオーラが集結! やばい、毒ブレスか――!
「3人とも、俺の……うしろへ! たのむ、出ろ……金剛結晶壁――!」
仲間たちをかばうように、渾身の最上位土属性術! 不完全ながらも奇跡的に、発動に成功! 俺の前面に、水晶のシールドが生まれでる!
どうやらこれまでの激戦で、俺の素のステータスも上がっていたようだ。だが――
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
土中の元素を変質させ作りだす、最硬の防御壁。それが……ばきばき……ばきん! 瘴気ブレス一発で砕け散った。なんとか軌道をそらして、3人を守ることには成功したが……
「う、うう、うあああああああ――!?」
拡散した瘴気の渦を、まともに食らってしまった俺の両足。一瞬で黒化し……ぼろぼろと崩れ落ちる。どさっと地面に倒れこみ、もう、這って動くことしかできない。
(むむっ、ウィルよ、今さらながら、思い出したぞ……! あやつは、アジ・ダハーカ……アーリマンが生みだせし、ゾロアスターの邪竜じゃ! 解呪の宝物をおさめた迷宮に、呪いの化身とは。この世界の神も、性格が悪いのう……!)
(マジで今さらだな、アモン……。俺、死にそうなんだけど……)
痛みはそれほどだが、なんかもうダメっていうのが、ひしひしと伝わってくる。みんな逃げろ、逃げてくれと叫ぶ俺をよそに――とは言っても、逃げる場所など無いのだが――
「ネロ、ウィルを回復してあげて! 私がいつもみたいに……囮になるから!」
エレが分身を出しながら、邪竜の左ヘッドにむかって走っていく。
「おい、最期かもしれんから……謝っておくぞ。私が、部屋をあさろうなどと言い出さなければ、貴様の魔導は、迷宮のヌシに届いたかもしれんのに……すまなかった」
ゼラが、俺のそばにしゃがみこんでそう言うと、ブロードソードを構えて……邪竜の右ヘッドのほうに、駆けだした。
ずしん、カキン、ずばばばと、戦闘の音が聞こえる。ネロは、というと――
「ヨハンじゃなくてウィル、大丈夫や。いま、回復術がめっちゃ効いとる。おっ、エレが右がわのヤツの、両眼をつぶしたで。ゼラも、頭を2本ぶった斬ったところや。ううっ、もうちょっとやから、頑張るんやで……上にもどったら、すぐに足を生やして貰うよってなぁ……に゛ゃあっ……」
もはや、一般のヒールでどうこうできるレベルではないのだが……俺の頭をひざに乗せて、励ましながら、必死に回復をかけてくれていた。
彼女は俺の視界を体でさえぎって、邪竜のほうが見えないようにしている。ネロなりの、配慮なのだろう。
「ああ、ありがとう……ほんと、世話になりっぱなしだなぁ」
だが、残念ながら、俺の脳みそはこんなときでも冴えわたっていた。
水呪文で水蒸気を凍らせ、空中に氷の凸面鏡を生みだす。それの反射で、仰向けのままでも戦況がチェックできちゃうというわけだ。どうだ、すごいだろう……
そして鏡に映るのは……惨憺たる光景だった。
瘴気ブレスを必死にかいくぐって、叩きこんだゼラの祝福剣が、右ヘッドのウロコに阻まれる。中ほどからあっさりと折れた直剣を見つめ、呆然とする彼女に……
アジ・ダハーカ、信じられないスピードで、ぐるんと一回転。遠心力ののった尻尾の一撃をまともに食らい、吹っ飛ぶゼラ。
ボス部屋の壁面に叩きつけられ、土煙をあげる直前。彼女の上半身と下半身が、みごとにお別れしているのが見えた……
たくみに分身を使って、攻撃をかわしていたエレだったが……邪竜の胴体から放たれた、瘴気をおびた棘状のウロコが、ホーミングして彼女を狙う。
そのうちの一枚が、エレのお腹を、貫き――動きが止まった瞬間。彼女の上半身に、瘴気ブレスが浴びせられた。
2人を蹂躙し、ずしんずしんと音をたてて、こっちに迫ってくる邪竜。ネロは、俺をうつ伏せにひっくり返すと――
「よっしゃ、ちょっくらウチが、とどめを刺してきたるからな……!」
俺の頭をぽんと叩いて、走っていった。
何かしなければと、まだ息がありそうな、エレのほうに這って進む。
(ウィルよ、力になれなくて、本当にすまんのう……こんな結末になって、残念じゃ。決しておぬしを、陥れようとしたわけではないぞ……)
(もういいよ、アモン)
悲しそうなアモンに、返事をしながら横を見る。ちょうど邪竜の右ヘッドと左ヘッドが、ネロの両足に噛みつき、彼女を正中線から股裂きにするところだった。
ようやく、エレの身体にたどりつく。彼女の胸から上は、見るもむざんに焼けただれていた。すべての器官がなくなった顔の下がわで、小さい穴が、ぱくぱくと動いている。
そこに耳をよせ、彼女の手をにぎると――
「ウィル……そこに……いるの……?」
「ああ、いるぞ」
「もう、なにも、みえなくて……ねえ、いまから、こないだみたいに、逆転するんでしょ……? ぜんぶ終わったら、わたしが……死ぬまで、ぎゅってしてて……それまで……がんば……る……から……」
泣きながら彼女を抱きしめ、「この、ばか……」という声が、聞こえた瞬間。
ばぐん。アジ・ダハーカの中央ヘッドが、俺とエレを飲みこんだ。
残念。俺たちのぼうけんは、ここで終わってしまった。
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