第33話 <回想>怪物になった聖女
ダンジョンの大ボスは、上半身が人間、下半身が蜘蛛の女性型魔人だった。壁面を縦横無尽に駆けまわる機動力に、強力な水属性術と氷の魔剣。
マリエラの神聖エンチャントの効果も薄く、苦戦しながらなんとか討伐に成功した。
「や、やったぜ……ちょうどコレットのアローレインの範囲に、誘導できたからよかったものの……一歩間違えたら死んでたのは、こっちだったな」
デギが、牙を受けた肩口をおさえながら、ボスのなきがらを眺めている。
「ああ、まさか、切りはなされた下半身が独立して攻撃してくるなんて……紛うことなき、強敵だったね」
高い魔術耐性で、俺の複合属性呪文の効果も薄く。ちょうど、マジックポーションも使い果たしてしまった。
「ヤダ、全身が、ネバネバする……しばらく納豆は、見たくもないわね」
「これが、迷宮のヌシ……ファデウス様が心配されていたのも、納得ですわ。わたくし、今もふるえが止まりませんの……」
身体についた糸をはがしているコレットと、胸のまえで手を組んで祈りをささげるマリエラ。
「デギ、すまないが早く脱出したい。毒を受けていないなら、回復は上に戻ってからにしてくれ。宝物庫に進もう」
「おう、これぐらい、どうってことない……構わんぜ」
◇◆◇◆◇
ボス部屋からさらに進み、棺がならんだ、こぢんまりとした玄室。その最奥には、豪華な装飾がほどこされた宝箱と、帰還装置がある。
「おっ、コイツがダンジョン・コアの遺物だな……! ん? カギが、かかってるみたいだぜ…… せーのっ……うぼぁ!?」
宝箱をグレートメイスで叩き割ろうとしたデギに、後ろからコレットが飛び蹴りを食らわした。
「なにやってんのバカ! 中身がこわれたら、ぜんぶ水の泡じゃない! ウィル、私の開錠スキルとアンタの呪文で、何とかするわよ!」
「ああ、わかった。デギ、お前、そういうとこだぞ……!」
そのあと数分にわたって奮闘したが、なんと、カギが開かない。かなり強力な、魔術的ロックのようだ。おかしい、B+級ダンジョンにしては、封印が厳重すぎる……!
「まずいな……早くしないと、ボスを倒されたことに気付いたモンスターたちが、押しよせてくるぞ」
前例のない事態に、あせる俺。そこに――
「お困りの、ようですわね……。では、よろしければこちらをどうぞ。“聖ペトラムの宝珠”という、HPを代償に装着者のスキルを一時的に引きあげる、聖都伝来のマジックアイテムですわ。かなりHPの負担が大きいので、ここぞという時のために温存しておこうと思いまして……申し訳ありません」
マリエラが胸もとから、小さな赤い宝石のついたバングルを取りだして、俺に渡してきた。
「いいのか? そんな、貴重なものを使わせてもらって……」
「もちろんですわ。こないだも言いましたが、わたくしが聖騎士団といっしょに攻略する予定だったダンジョンですもの。皆さまのお力になれるなら、惜しくなどありません」
戸惑う俺に、マリエラが微笑みかける。よーし、じゃあ一発いいとこ見せちゃおうかなと、それを腕にはめようとした時――
「ちょっとウィル、待ちなさいよ。アンタ、MPが切れそうなんでしょ? 私の盗賊スキルをブーストしたほうが、効率的じゃない。ここは、私に任せてよね」
横からコレットが、ひょいっとバングルを奪いとり、自分の右腕にはめた。
「くぅ……っ! 確かになにかが、吸いとられる感覚があるわ……!」
そう言いながら、鍵開けにとりかかる彼女。数秒後、あっさりと……ガチャリ。宝箱がひらいた。四方から、全員でのぞきこむ。中身は――
「んあ?」「マジか……」「そんなぁ……」「あらあら」
空っぽだった。全員で、5秒ほどフリーズ。
「チックショウ……まあ、長い人生、こういうこともあるわな。さあ、帰ろうぜ、ウィル」
「そ、そうね……はぁ、ガックシ……でも、報酬がないダンジョンって、初めてじゃない? ギルドでも、聞いたことないし……意味わかんないわ」
徐々に落ちつきをとりもどす、デギとコレット。そこに――
「あら、お待ちになって。見てくださいまし、この、すみっこのところ……」
マリエラが、宝箱の奥のほうを指さした。身体を乗りだしてのぞき込んだ、次の瞬間――
どぅん! 俺の身体が、後ろに吹きとんだ。背中を玄室の棺にしこたまぶつけ、倒れこむ。何が起こったのか、分からない。
辺りを見まわすと、入り口付近まで吹きとばされしゃがみ込んでいるデギ。コレットは、宝箱のそばに倒れている。どうやら、上に飛ばされ天井に頭を打ちつけたようだ。
マリエラは、大丈夫か、と見ると――
とたたたた。小走りに駆けていった彼女が、ひとりで転移装置に乗りこむところだった。
「……は? おい、マリエラ、何を……ぐうっ……!」
背中の痛みのせいで、動けない俺。彼女は、転移装置の中から、俺を見おろすと――
「ウィルさん、あなたが全部、悪いんですのよ……あら? 意味が分からない、という顔ですわね。ご自身の胸に手をあてて、ちゃんと考えてくださいまし。まったく、わたくしにこんな白々しい嘘をつかせるなんて……では、償いの時間ですわ。ごめんあそばせ」
いままでと変わらない、上品な笑顔を浮かべ……シュイン。ひとりで、ダンジョンの入り口に戻ってしまった。たちまち光が消え、機能を失う転移装置。
どうやら、全員が宝箱の底をのぞき込んだときに、マリエラが至近距離から攻聖障壁――ダメージは低いが、周囲のモンスターを弾きとばす光属性術――を発動。
全員を吹っとばして、そのスキに帰ってしまったというのだ。完全に、予想外のアクシデント。俺が何かやらかしたのかという後悔と、信頼していた人に裏切られたショックで、冷や汗が止まらない。
「うっ、うぅん……え、ちょっと、なによ、あの女……! 最後の最後で、私たちを騙したっていうの……!? ウソ、信じらんない……!」
目を覚ましたコレットが、倒れている俺とデギ、光が消えた転移装置を見て事情を察したようだ。俺は、彼女のそばに這っていって――
「はぁ……はぁ……彼女にも、なにか、事情があったのかも……ごめん、コレット……!」
そう言うことしか、できなかった。
「ぐうっ、痛ぇ……おい、あの女のことは、あとだ! ダンジョンの崩壊が、始まっている。モンスターが、至るところから湧いてくるぞ……!」
デギが、メイスを杖がわりにしてよろよろと起きあがった。
ダンジョン・コアのアーティファクトが失われると――この場合、失われているのかは不明だが――迷宮そのものの断末魔として、上級モンスターが大量発生する。
とどろく地響きからも、このダンジョンが崩壊に向かっていることは明らかだ。一刻もはやく、徒歩で入り口に戻らないといけない。
3人でボス部屋から出て、B9Fに上がる階段にさしかかった、そのとき……
「くっそぉ、この腕輪まで、ムカつくわね……! あれっ、外れない……なんで……!? それに、何か、身体が、おかしい……!」
コレットの右手を見ると、バングルからにび色に光る触手が何本も飛びだし、彼女の皮膚と癒着してしまっていた。気持ち悪いと嘆く彼女をなだめつつ、B9Fの中ほどにさしかかった時。
“それ”は、起こった。
「う、ううっ、右手が、痛い……! 胸も……! ごめん、ちょっとだけ、休ませて……!」
とつじょ苦しみだし、うずくまるコレット。駆けよって見ると、腕輪から伸びた触手が彼女の腕ぜんたいに入りこみ、赤黒く染まって拍動している。
「お、おい、コレット、大丈夫――うわっ!?」
次の瞬間。彼女の右腕全てが黒く染まり、決して曲がってはいけない方向にねじれた。
「ごめん、手当てするから、脱がすぞ……!」
レザーアーマーを剥ぎとると、すでに触手が右胸から、わき腹の皮下まで達している。もはや回復薬とか、切り落としてどうにかなるレベルではない。
「ひぎいいいいっ、痛い、いたい、くるしい……! たすけて、ウィル……!」
デギのほうを見るが、彼は前方から現れたモンスターの新手を防ぐのに、精いっぱいだ。
コレットは、変わり果てた自分の右腕を、ちらっと見たあと――
「もう、手と足の、感覚が……悔しいよぉ……ああっ、見ないで、みないで、み、ないでぇ……」
うわごとのようにそう呟くと、意識を失ってしまった。ふと地面にうつる、ねじくれた角の影。混乱のあまり、後ろに迫っていたミノタウロスデーモンの気配に、気付かなかったのだ。
どごん。棍棒でうしろあたまを殴られ……俺も意識を失った。
◇◆◇◆◇
どれぐらい、時間がたっただろうか。俺は、身体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。横を見ると、石づくりの壁ではなく土壁が見える。どうやら、ダンジョンの入り口付近にいるようだ。
逆を向くと、デギの背中と……なにか、得体のしれない肉塊のような物体。それが揺れて向きを変えた瞬間、顔の右半分を触手におおわれた、コレットの顔が見えた。俺が、うめくと――
「おおっ……ウィル、気が……つい……がふっ」
どさっ。デギが前のめりに倒れ、俺とコレットの身体が地面に投げ出された。
デギの頭はかち割られ、頭蓋骨がのぞいている。上半身の鎧は、全てはがれており重度のやけど。
とくに痛々しいのは、膝下がない左足……太ももに、得物のメイスがくくりつけてある。それを松葉杖がわりにして、ここまで歩いてきたようだ。
ダンジョンの奥側は、すでに土砂で埋まり……前方から、地上の光が見えている。
「す、すまない、デギ……」
「いいって……そ、それより、はやく……コレットを、医者に……」
コレットだったものを抱きかかえて――右の手足を失い、かなり軽くなってしまっていた――、デギの体をささえ、前に進む。
出口のすぐ正面では、数人の人かげが、たき火を囲んでいた。聖都からの、捜索班か救護隊だろうか。それを見たデギが、最後の力を振りしぼって走りだす。後ろをついていく、コレットを抱えた俺。
「お、おおい、アンタら、こっちだ……がっ!?」
助けを求めて、手をあげたデギの首筋を――矢が、貫いた。とっさに身をかくした俺に、聞こえる声。
「うーん……さすがに、なんか寝覚めが悪いぜぇ」
「仕方ないだろう。ダンジョンから出てくる者は、全員殺せとの指示だ。それより、ウィザードとローグが残っているぞ。コイツもこの傷なら、尋問してから始末しても良かったな」
暗殺者……! おそらく先に戻ったマリエラが、差し向けたのだろう。なんで、そこまで、するのか……! 俺がいったい、何をしたっていうんだ……!
頭をかかえていた俺の脳内に、響いてきたのは……
(ク、ク、ク……お困りのようじゃのう)
「ヒッ、だ、誰だ……!?」
おどろく俺の前に、フクロウの頭にオオカミの体、ヘビの尻尾という珍妙な姿の悪霊が浮かびあがった。
(ワシは、異世界の魔神アモンじゃ。ここの迷宮の宝箱に、封じられておってな。いや、なんでそんなとこにおったのかは、分からんのじゃが……とにかく、おぬし、ワシの昔の主にちょっとだけ似ておるでな。憑りついて、力を貸してやることにしたぞい)
このふざけた悪霊が、ダンジョンの報酬だったのか。俺は、小声で――
「断る。俺を助けるなら、幼馴染と親友がこんなことになる前に力を貸してくれればよかっただろう。今さら出てきて、怪しすぎるぞ」
(うーむ、そこは、誠に申し訳ないのだが……おぬしと信頼で結ばれた仲間がいる状態では、出てこれんかったのじゃ。ワシの授けるスキルと、ものすごく関係しておるでな。まあ、その説明は、追い追いさせてもらうとするわい。あっ、ワシはおぬし以外には見えんし、頭で念じるだけで話せるぞ)
(……勝手にしろ)
そのあと俺は、暗殺者たちを不意打ちの土槍で仕留め、その場を立ち去った。
だいぶ小さくなってしまったコレットをローブの下にかくして、近隣の村の宿屋に泊めてもらう。しかし、その夜中――
「アンタ、これ見てよ……ダンジョンで宝物を独りじめしようとして、仲間を皆殺しにした魔術師だってさ。聖女さまだけ、命からがら逃げてきたんだって。怖いねぇ……」
「んあ? さっきの、聖都からの早馬はその手配書だったのか……いや待てよ、きのう来た兄ちゃんと、人相が似てねぇべか……?」
宿の主人と女将の会話を、聞いてしまった。じっさいは、アモンが偵察して教えてくれたのだが……
もう、この国にはいられない。逃げて、コレットを元にもどす方法を、探すしかない。俺は、厩につながれていた馬を盗んで、立ち去った……
◇◆◇◆◇
その後、いろいろな事が分かった。
まず、“聖ペトラムの宝珠”とは、真っ赤なウソ。
じっさいは“贖罪のトラペゾヘドロン”という最上級危険指定呪物で、一時的に装着者の能力をブーストする代わりに、信仰値が一定――推定99――以下の場合は超強力な呪いがふりかかるというシロモノだ。
ディスペルには、解呪に特化した、特級のアーティファクトが必要らしい。今、この世界で入手が期待できるのは……“ノエガンドの大迷宮”のみ。
よりによって、おなじ聖王国の領土内なのだが……不幸中の幸いは、かなりの辺境地帯にあるということだ。
そもそも、いつから存在するか不明なレベルの高難度ダンジョン。もしかしたら、警戒も薄いかもしれない。ほとぼりが冷めた頃を見はからって、向かう予定だ。
あと、風のうわさで、ファデウス老の葬儀が行われたと聞いた。湯治中に容体が急変して、そのまま亡くなったと……おそらく、暗殺だろう。
マリエラへの復讐も考えたが、まずはコレットをもとの姿に戻す。
そして1年とちょっと後。魔術の腕をさらに磨いた俺は、迷宮街ノエガンドの冒険者ギルドに訪れた……
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