第31話 激詰め・ミー・ソフトリー
俺が冒険者ロベルトを救出しに、深層から、えっちらおっちらダンジョン入口へ戻ってくるまで。その間に起こっていたことは、ざっくり言うと、こんな感じだ。
まず、俺が取り残された探索者を助けるために、もう一度B9Fに潜ったことが伝わる。それで、好感度が上がってステータスダウン。
せめて普通のおじさんではなく、セクシーなウィッチや美少女ならまだ言い訳がついたのだが……まあ、これはしょうがない。
次に、けっきょく死者や重い後遺症が残った冒険者は、一人も出なかった。またステータスダウン。これも、俺てきには喜ばしいことだ。
そして……ここからが問題だ。連隊集合のときに、入り口で焼き殺した(ように見せかけた)遊び人。ほんらい、火が消えるのを待って街を出てもらう予定だったのだが……
あろうことか、俺が渡したお金を持って、すけべ屋さんでよろしくやっていたというのだ。ふざけんなカス。……っていうか、そのへんが遊び人たるゆえんと、言わざるをえない。
そこの待合室で、B9F踏破の祝勝会で訪れた、連隊の冒険者たちとはち合わせ。問い詰められた彼は、全てをゲロってしまった。狂言だったことがバレて、俺の好感度がさらに上昇。
そもそも、あれだけ肉壁肉壁と言っていたにもかかわらず、強いエネミーはほぼ俺ひとりで倒している。これでは、看板に偽りアリというものだ。とほほ。
最後に、ゼラたち3人をはじめとした一部の冒険者たち。俺の経歴が謎だらけなことに疑問をもった彼女らは、鬼の居ぬ間になんとやらで、俺の泊まっている宿の部屋をあさりにかかる。
見つかったのは……連隊の100人が無事に戻るために作った、俺のメモ。マジで、なんで焼いておかなかったのか……
それには、前衛・後衛・支援・回復のバランスを意識したパーティ分けや、可能な限りダンジョンマップに加筆すること、B4F~B6Fの安全な攻略アイデアなどが書かれていた。
そして走り書きされていた「できるだけ嫌われる」とか「馴れあいは避ける」みたいな文章。
メモを見たゼラは連隊のメンバーに土下座をして、「アイツも事情があるみたいだからあんまり責めないでやってくれ」とか言ったらしい。毒気を抜かれて、帰っていく冒険者たち。
そのすぐあとに、俺がロベルトを背負い、ボロボロになって入り口に帰還。
ほんらい俺は、歴史上はじめてノエガンド深層から帰還した英雄である。株が上がりまくってしまい、ステータスは……ごらんの有り様、というわけだ。
◇◆◇◆◇
「さあ、ぜんぶ事情を話してもらおうか。人払いをすませておいたから、誰にも聞かれる心配はないぞ。それとも、どこか痛むのか……? 貴様のペースで、構わん」
ゼラが俺の頭に、濡らしてしぼったタオルをのせた。冷たくて気持ちいいが、それどころではない。
「フン、言うことなどない……俺は、単なるコレクターとして遺物を求めていただけ。そしてあのグズを助けたのは、まだ利用価値があると思ってのことだ」
「なんやコイツ、まだ粘るんかいな……ええか? ウチらがケガしたりピンチになったとき、アンタ、口調が変わってたやろ。そっちが、本心ってことやんな? いたっ、指さした」
ネロが、りんごの皮をむいている。げげっ、聞かれていたのか……
「そうよ。それにいくらなんでも、演出が雑すぎるわね。都合よくゴーレムが味方したり、ボス部屋へのショートカットが入口に生えてきたり……もしかして以前から、こっそり私たちにシールドでも貼ってたんじゃない?」
エレは、皮をむいたりんごをすり下ろしてお皿に入れている。くそっ、コイツ、鋭いぞ……!
「話したくなければ……と言いたいところだが、いちおう私たちも、貴様のパーティメンバーなのでな。これまでオマエがやってきた狼藉……じっさいの被害は、大したことなかったが……に対する、つぐないも込めて、洗いざらいしゃべってもらおうか。さあ、りんごを食え……!」
ゼラがすり下ろしりんごをスプーンですくって、俺の口につっこんだ。
「む、むぐっ……断る……!」
うめいた俺に――
「ほんま、強情なヤツやな……ほな、棚の奥にあった、あのごっついカバン。開けるのには、だいぶ骨が折れたんやが……中身のアレが、どうなってもええんやな?」
ネロが、肩をすくめて言い放つ。
「なっ……!? あれは、魔術で厳重に封をしてあったはず……! いったい、どうやって……!? いや、お前ら、彼女に、ゆび一本でも触れてみろ……うぐっ、放せ……!」
飛びおきようとした俺を、ゼラが両手で押さえつける。力が、強い……!
「ん、彼女? それは、聞き捨てならないわね……! このまま燃やすか、海の底に捨ててもいいのよ? さあ、さっさと開けなさいよ――!」
と、エレ。
「し、しまった……!」
なんということだ。まんまと、かまを掛けられてしまった。ここで暴れても、現在のステータスでは彼女たち3人に勝てる見込みはゼロ。ハッタリで脅しても、カバンを盾にされてはどうしようもない。
それに、万が一魔術の余波で、中身が傷ついたら……!
(いまのステータスは、初期の約50パーセント増し。まっこと厳しいのう、召喚者よ……ここは、言うことを聞くしかなかろうて)
「ほな、締めおとすで。そのカバンちゃんに、今生のお別れをするこっちゃ。5だけ数えたる。5……4……3……」
諦めムードのアモンと、俺のうしろに回ってスリーパーホールドの姿勢をとるネロ。もう、だめだぁ……!
「わ、分かった……」
俺はネロの腕にタップをすると、よろよろと起きあがって棚からカバンを取りだす。掛かっていた魔術的ロックを、開錠。その中から、出てきたのは――
「うっ、なんだ、これは……」
「ホムンクルス……!? でも、こんな気持ち悪いの、見たことないわ……! しかも、動いてるじゃない……!」
「見てみい、ここ! ちょっとやけど、顔があるで! やっぱり、女の子……!?」
長さ80センチほどの、瓶の中。巨大な軟体動物のような何かが、こはく色の液体に浮かんで、ゆっくりとうごめいていた。
細長い魚のような尾が、緩慢にゆらめいている。だが、まともに直視できるのは、そこぐらい。上半身は、まさに地獄の産み落とせしものと言うしかない。
あらわになった肋骨のそこかしこには、赤黒い腫瘍のようなものが貼りついている。
内臓は、医学の本とは似ても似つかないありさまだ。原型をとどめている臓器は、ひとつもない。腸がそっくり裏返ったような、肉腫で構成されている。
しかし、かつて心臓だったらしき器官が、左の胸郭で拍動を続けていた。
右手足はなく、左肩と左そけい部からは、分裂した触手が何本も生えている。
そして、生きながら腐敗しつつあるかのような顔面。唇は大きく裂けて、赤い舌がだらりとのぞいている。
くずれ落ちた耳と、ぐちゃぐちゃになって鼻骨が見えている鼻。虚ろにぽっかりとひらいた、眼球のない右眼窩――
唯一、人間だったころと同じ左目が、悲しみをたたえた眼差しで、時折まばたきをしていた。
「……ヨハン、説明を」
ゼラが、瓶の表面をやさしく撫でながら言った。
「ふん、その女は、俺がかつて錬金術の実験に失敗して出来た、なれの果て。供養もかねて、こうやってブザマな体をさらし、慰みものにしてやっているのだ、ク、ク、く、ぐうっ、ううっ……!」
俺の目から、涙があふれてきた。エレが、俺の両肩をつかんで揺さぶりながら――
「もう、やめなさいよ――! さっき自分で、『彼女にゆび一本でも触れてみろ』って言ったのを、忘れたの!? この子を解呪して助けるのが、アンタの目的なんでしょ!? いい加減、観念しなさいよ……私たちが、そんなに信用できないの……!?」
「ま、まいり、ましたぁッ……! これまでのこと、ぜんぶ、お話しします……! うっ、ひぐっ……!」
もう、言い逃れはできない。俺は、アモンとともに迷宮街を訪れることになった事情を、彼女たちに説明しはじめた……
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