第25話 蘇る伝説
★迷宮地下第九層 虚ろなる英雄たちの霊廟★
「……なんだ、これ。もしかして、ホムンクルス……? しかし、こんなに大量の……」
(ほっほ……ヤバいにおいが、プンプンしおるわい……!)
「ヨハンさん、怖い、怖いよォ……でも、ヨハンさんも、おっかねぇ……っ!」
大迷宮のB9F、深層の最下部。俺と100人の冒険者の前に、広がっていた光景は――
例えるなら、巨大なホムンクルス研究所。俺も魔術学校の学生じだいに、社会見学で訪れたことがある。しかしここは、規模も、おそらく技術もけた違いだ。
高い天井にはB8Fと同じような、白く輝く棒のランタン。それが、回廊の横面にびっしりと並んだ、ガラス製の容器を照らしている。
その中におさめられているのは――のっぺらぼうの人間。容器にみたされた培養液にぷかぷかと浮かんで、静かに佇んでいるのだ。
ところどころに、B5Fと同じような機械の構造物。階段とその踊り場、何につかうのか分からない小部屋などが見えている。
しかしルートは、見わたすかぎりの一本道。迷宮とは名ばかりの、手抜き構造だ。と、すると……
「……にゃあっ、ウチ、いまめっちゃ嫌な予感がしてるんやけど……」
「私もよ。たとえば、あのガラスの扉がいっせいに開いて……」
「残念ながら、大当たりのようだ……来るぞ!」
3人のことばに、呼応するように――ぴこん! ごうんごうんごうん! ばしゃあ! 全てのホムンクルス培養槽が解放され、肌色ののっぺらぼうたちが、迷宮の通路にまろび出る!
『シンニュウシャ、シンニュウシャ、シンニュウシャ……サイゲンタイ、ゲイゲキモード……』
回廊にひびきわたる、不自然に合成されたような声! ホムンクルスたちが、もの凄いスピードで迫ってくる!
「引けば老いるぞ臆せば死ぬぞ、俺が殺すからなァ――! 探索者連隊、突撃――!」
『うおおおおおおお――っ!』
バフをかけ直された100人の冒険者たちと、謎のホムンクルス軍団。激突! ダンジョン最深部に、魔術の華が咲き――血と臓物の、雨が降る!
◇◆◇◆◇
「――ぬうっ、その身に受けよ、不動剣――!」
ずばばぁ! ゼラが攻撃を受けとめた勢いそのままに、体を回転させての斬撃! ホムンクルスが、三枚におろされ地面に倒れ伏す。
「ブキミなわりに、大したことないわね! 食らえ、亜空間斬り!」
ざしゅざしゅざしゅ! 縮地で敵の背後をとったエレの、忍者刀が光る! 人造人間たちが首を飛ばされ硬直し、3体まとめてその場にくずおれた。
「……なんか、おかしいで。これなら7層とか8層のモンスターのほうが、ぜんぜん強かったやんか――呼ッ!」
ネロが怪訝そうな顔をしながら、掌底から聖闘気を飛ばす。別の冒険者に襲いかかろうとしていたホムンクルスの、胴体に巨大な穴があいた。
彼女たちの言うとおりだ。この謎のホムンクルス軍団、はっきり言って拍子抜け。たしかに一般モンスターと比べると、弱くはない。
しかし大迷宮で対決してきた他の魔物と比べると、格落ちと言わざるをえない。まあ敵が弱いに、越したことはない、のだが――
「……お、おい……あいつは、なんだ……!? 顔がある! のっぺらぼうじゃ、ないぞ――!」
いまネロに助けられた、最前線ちかくにいる戦士。彼が指さす、その先には――
冒険者? いや、違う! 探索者連隊に、あんなヤツはいなかった!
「ふしゅるるるる……」
こちらにゆっくりと歩いてくるのは、細身の女性。
騎士鎧の上から、赤いマントを羽織り――たずさえたロングスピアの穂先が、マントと同じ深紅に輝いていた。足運びを見ただけで、その強さ、底知れなさがビンビンに伝わってくる。
後ろに続きしは、むくつけき大男。
身の丈は二メートル半近くあり、横幅もそれ相応のバカげたサイズ。額には、ツノを切りとったような傷あと。半人半魔の、混血……? 肩にかついだグレートクラブの持ち手が、握力でひしゃげている。
さらにその横に、小柄なドワーフ。
腰と背中に光るのは、斧、斧、これまた斧。長さや分厚さ、魔術的エンチャントの有無がそれぞれ違う、7本の戦斧が彼の体を、防壁のようにおおっていた。
空中に浮かぶのは、妙齢の女魔術師。
銀髪を背中までのばし、紺色のローブを纏っている。豊満なバストの前に浮かんだ、子どもの頭ほどの大きさの天球儀。彼女の手がそれに触れるたびに、魔力のきらめきが周囲にほとばしった。
そのうしろにも、合計十数名の冒険者ふうの男女が続く。彼らの目は、いちように赤黒く濁っている。理性とか知性とか感情は、まったく感じられない。
謎の軍団の登場に、連隊がうろたえ、じりじりと後退。かばうように、先頭に立って対峙する俺。すると、エレシダが、走りよってきて――
「ヨハン、アンタ宛てに赤おひねりよ! ホラ、見て!」
緊張した面持ちで、BCCのコメントを見せてきた。その、内容は――!
<冒険者ギルドの、受付嬢です! ヨハンさんは、どうでもいいんですが……冒険者の皆さんのために、助言を! ……間違いありません、彼女は、“赤備え”リゼルダ=フォーベル! そのうしろは、“砕骨鬼”グラッハ=ムルドン! 浮かんでるのが、“星詠み”センレ=アルシェナ! いずれも遠い昔、大迷宮の深層に挑んで、戻らなかった探索者たちです……!!>
おいおい、嘘だろ……!? 星詠みセンレといえば、100年前の俺の母校――“鷲獅子の骨”の、もと学院長じゃないか。
魔術師としての名声をほしいままにしたあと、キャリアの最盛期でこつぜんと姿を消した彼女。まさか、ノエガンドに潜っていたとは。いや、でも俺は、彼女の顔なんか知らないし……
「クッ……どうやら、受付嬢の言うことは本当だぞ。あれを見ろ」
ゼラトリスが謎軍団のひとりを、指さして言う。
その先には、両手にそれぞれタワーシールドをくくりつけた、ビキニアーマーの小柄な少女。そして盾に刻まれたエンブレムは……ゼラの母国、ザリア公国の紋章!
「“絶鎖門”のキルシェ=ジャガーハート……あんな珍妙な装備のパラディン、ヤツしかおらん。50年前の、我が国のもと騎士団長……人間ばなれした強さを誇ったらしいが、彼女の最期はダンジョンに挑み、命を落としたと伝わっている。まさか、よりによって、ここで出あうとは……」
俺は、すべてを察した。
これまで深層で倒れた冒険者たちの遺体から、情報を収集。容姿と強さを、ホムンクルスに落としこむ。そのコピー軍団でもって、新たな探索者を襲撃……
のっぺらぼうのホムンクルスが、多かった理由。それは、今まで深層にたどり着いた冒険者が、迷宮の設計者――そーいうのがいればだが――の想定よりも少なかったからに、ほかならない。
雪だるま式に増えていく、レジェンド冒険者軍団の製造工場。これが、大迷宮深層、脅威のメカニズムか――!
――ゆらり。レジェンドたちが、動く。
先頭の槍兵――赤備えリゼルダが、得物をかまえた瞬間……
「うああああ、ちくしょお、死ねぇ――!!」
レンジャーの女の子――俺がプリケツをモミモミした子――が、となりの剣士からロングソードを奪いとる! そのまま絶叫しつつ、弓に剣をつがえて、発射! ばひゅん!
すっ飛んでいった剣が、すんでのところで阻ま……れない! 槍のガードをつきやぶり、攻城砲のような一撃が、敵の胸に大穴をあける!
赤備えリゼルダのホムンクルスは、無表情のまま数回けいれんしたあと、ドロドロとのっぺらぼうに戻った……
「へ? や、やったぁ……」
呆然とする彼女。うおっ、攻撃が通るのか……!? ならば……!
「ク、ククク……! 何を、うろたえている。たしかにヤツらは、いずれも名の通った冒険者たち。しかし貴様らも、俺のバフで超絶強化されているのだぞ? しかも……見ろ! いずれもご本人ではなく、ただのホムンクルス、劣化コピーではないか! 我らのやることは、変わらん! そう! 蹂躙だ――!!」
『う……うおおおおおおおおっ!!』
士気、回復。気炎をあげる冒険者たちが、レジェンド軍団におそいかかる!
◇◆◇◆◇
「はぁ――、はぁ――、先輩、ご指南、ありがとうございました……!」
ゼラがカイトシールドで、絶鎖門キルシェの身体を、得物のタワーシールドごと壁に押さえつける。そのまま、顔面にブロードソードを突きたてた。
戦いは、一方的な展開だった。
砕骨鬼グラッハは、7層のデーモン戦で獅子奮迅の働きを見せた蛮族戦士に、頭を潰され退場。七斧のドワーフも、エレが影縫いで動きを止めたところを、ネロが首をねじ切った。
ほかのレジェンドたちも、連隊の波状攻撃に、ひとり、またひとりと倒れていき……
「――かぁっ、暴君旋風葬!」
どどどどどどど! 風属性の禁呪で生まれ出た竜巻が、星詠みセンレを防壁ごと押しながす! そのまま数人の敵を巻きこんで、壁面とのすき間ですりつぶした。
けっきょく俺たちはまたも全員で、伝説ホムンクルス軍団を突破。冒険者のみんなが、そこかしこで鬨の声をあげている。
(うーむ、ワシのチートスキルのおかげとはいえ、あっけなかったのう)
何とも言えない顔のアモン。
(いやいや、彼らは侵入者を倒すために自動で動く、操り人形みたいなものだったじゃないか。意志をもって作戦を立てたり、こっちの弱みを突いてきてたら、違った結果だったと思うよ)
(そんなもんかのう……して、召喚者よ。もしやあれは、ここのボス部屋ではないか……?)
上空からアモンが、進行方向を指さす。おおっ、ついに来たか。突入にそなえて、冒険者たちのケガを確認したり、イヤミを言ったりしなければ。
連隊の人だかりに、近づこうとした、瞬間――
どっかあああああん! そこが、爆ぜた。歓談していた冒険者たちが、大きく吹きとばされ散ってゆく!
クソッ、俺の防壁バフを打ちやぶる、高火力呪文だと……!? しかし、魔力の流れは、感じなかった! いったい、どういうことだ? 混乱するなか、煙が徐々に晴れてゆく、その先には――!
年のころ40代後半の、中肉中背の男。
短く刈りこんだ黒髪には、ところどころ白髪がまじり、無精髭がくたびれた雰囲気を醸し出している。革製のへたった胸当てに、なんのへんてつもない麻のシャツとズボン。
左手首で、銀のアミュレットが、きらきらと光っていること以外は――どう見ても、一般冒険者。普通のおっさんだ。
手持ちの武器はないが、そいつの目の前には、見たことがないデザインの大筒が3門……その砲口から、うっすらと煙を立ちのぼらせていた。
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