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第15話 ホーリーブースト・ハラスメント

「うっ、ううん……」


 誰かが言い争う声で、目を覚ました。薄目をあけると、ネロディの胸と顔が見える。うなじに感じるのは、太ももの温かさ。どうやら、膝枕をしてくれてるみたい。


 遠くに視線をやる。ゼラトリスと、あのドグサレ迷惑系ウィザード――ヨハンが絶賛レスバ中。


 ……もう少しだけ、休んでいたい。再び目を閉じると、過去のできごとに思いを馳せた。


 彗星のごとく迷宮街に現れた、新人ダンジョンストリーマー。推さずにはいられない可愛さと、ダーティな戦闘スタイルのギャップがバカウケ。


 徐々に人脈が増え、登録者数も赤マル急上昇だった私のところに――コラボの依頼が来た。


 相手は、B~Cランクダンジョンをいくつも踏破している、人気グループ配信者。もちろん、大迷宮(ノエガンド)の上層もクリア済み。またとないチャンスと思い、二つ返事で引きうけた。


 B4Fのポータルから突入して、いけるとこまで探索。ヤバそうになったら、すぐ撤退。撮れ高にこだわらず、安全第一の低リスク攻略……そういう、約束だった。


 しかし私は、そいつらに裏の顔があることを、知らなかった。


 目をつけた女性配信者を、コラボを餌におびき出し、ダンジョンで乱暴。その動画を闇ルートで売りさばいて、大金を稼ぐ……私はまんまと、毒牙にかかってしまったというわけ。


 B5Fの階段を下りて、すぐあと。彼らは私のBCC(クリスタル)を不意打ちで砕き、3人がかりで襲いかかってきた。必死に抵抗したけど……多勢に無勢。


 私は、口にするのもおぞましい(はずかし)めを、受けてしまった。


 事をすませたあと、私を置きざりにして、ダンジョンを戻っていく悪人たち。


 不幸中の幸いは、彼らがBCCを生配信ではなく、録画モード――自分たちの姿を、編集で消す予定だったのか――にしていたこと。


 そいつらは帰る途中、B4Fのデス・ゾーンの露と消えた。辛うじて保たれた、私の尊厳。しかし、心の傷は、あまりにも深く――


 私はもう、パーティを組んでダンジョンに潜ることが、できなくなってしまった。リハビリを兼ねて、大迷宮の外で、ほそぼそとソロ配信する毎日。


 あざといパンチラをやりだしたのは、日に日に減っていく視聴者を、繋ぎ止めようとするためか。


 それとも、色気をつかってお金を巻きあげることで、ささやかな復讐のつもりだったのか。


 人間でもなく、エルフでもなく。迷宮に命を散らすでもなく、故郷に戻るでもなく。男たちを憎みながら、肌をさらして媚びを売る。


 中途半端で、矛盾に満ちた存在。それが……私。



 ◇◆◇◆◇



「……そうは言うが、こんなところで、道草を食っている場合ではなかろう。さっさとアイツを叩き起こして、探索を再開――」

 

「貴様、自分が原因だというのに、減らず口を……! エレの意識が戻らなかったら、どう責任を取るつもりだ……!」

 

 B5Fの――ここは、どこだろう。散々走りまわって、何とかゴーレム軍団を()くことに成功。だが俺たちは完全に、現在地を見失ってしまっていた。

 

 ゼラトリスが噛みついてくるのを必死で言い返しながら、エレシダを見る。


 あのあと、フルパワーで回復術を――もちろん、体には触らずに――使った。いまも、ネロディが癒しの波動を送りつづけている。

 

 だが彼女は、まだ目を覚まさない。お腹の上で組んだ両手が、ゆっくりと上下していた。

 

 もしかすると、メンタル的な問題だろうか。だとすると、とんでもない事をしてしまったのかも……

 

 心配で気が気じゃなかったが、悪の魔術師を演じ続けなければいけない。俺の脳みそはすでに、オーバーヒート寸前だった。

 

「ええ加減にしいや……ゼラがいくら言っても、そいつの性根は直らへんのやし。それより、ルートを何とかせんとな。せめて4層に戻るほうだけでも分かったら、またウチがエレを運んでもええんやが」

 

 ネロが爪を丸めて、彼女の金髪を、優しく撫でながら言う。

 

「戻る……だと? 何を言っている。反社と脱税の件を、忘れたわけではあるまい。そんな選択肢は、貴様らに――」

 

「うっさいねん。命あってのモノダネ、っちゅうやろ。それとも病人を抱えたまま、ボスを倒せるんか? ……まさか、置いていくとか言わへんやろな。マジで殺すで」

 

「フ……フン、案ずるな。貴重な肉壁を、いたずらに使い捨てるわけには……」

 

 今度は、ネロと口論になる。しかし全くもって、彼女のおっしゃる通りだ。じつのところ、俺はかなり、退却に気持ちが傾いていた。

 

 俺の目的はとうぜん大事だが、そのために犠牲を出すわけにはいかない。憎まれ口を叩きながら撤退を切りだそうとした、その時――

 

「私なら、だいじょうぶ。昔、いろいろあって……男の人に触られると、しんどくなっちゃうの。そいつが悪いわけじゃ……いや、どう考えても悪いわね。ホントに不愉快」

 

 エレが目を開けて、ゆっくりと体を起こした。彼女は、スリープモードにしていたBCCに魔力を通すと、

 

「さ、進みましょ。こんな理由で逃げ帰ったら、バカみたいじゃない。ゼラ、ネロ、迷惑かけて、ごめんね」

 

 すっくと立ち上がり、身体の汚れを払って落とした。

 

<復活ッッッ エレにゃん復活ッッッ>

<俺たちのエレちゃんの、柔肌に……ヨハン死すべし、慈悲はない!>

 

 BCCが再び、コメントを流しはじめた。9割ぐらいが……俺への批判だ。思わず、目をそらす。だが彼女が目を覚まして、本当によかった。

 

「エレ、安心したぞ。元気になったのは、いいんだが……あいにく、道が分からん。下手に動いては、体力と魔力を消耗するだけだ」

 

 ゼラが腕組みをしながら、コメントを眺めている。

 

「あっ、せや! BCC! 視聴者のなかに、ここがどのへんか分かる人が、おるんとちがうか!? おーい……」

 

 ネロが中腰になって、エレの腰のクリスタルをツンツン。だが……

 

<……>

<壁に右手を付けてひたすら歩けば……>

<知らんけど>

 

 非情な現実。有益なコメントは、一つもなかった。ここは、ひと握りの探索者しか来れないB5Fの最深部。むべなるかな、である。

 

 俺が飛行呪文で威力偵察してもいいんだが、不在のあいだにゴーレム軍団がここを襲わないとも限らない。それに、下手な活躍はステータス低下のリスクだ。困ったぞ……!

 

「うーん……弱ったわね。ゼラ、第6層って、どんなところなの? 私は5層までしか、来たことないから」

 

「私も、入り口付近で撤退したんだが……氷の樹林と、溶岩のフロアだ。火と氷の魔物がそれぞれ、エリアごとに分かれて棲息している。思い出しただけで、ぞっとするな」

 

「いちおう森があるなら、私の自然感応スキルで……んんっ……ダメね。ふつうの樹じゃないし、階層のあいだに隔壁があるから。クソ親父みたいな純血エルフか、せめてアイテムでスキルをブーストできれば……ハァ、悔しいわね」

 

 エレがため息をついた。すると、BCCに赤おひねり付きのコメントが――

 

<ウィザードの兄ちゃんにバフをかけてもらって、スキルを回せばいいんジャマイカ? 知らんけど>

 

 ――!! そうか、光属性上級呪文、天恵強化(ホーリーブースト)……!


 一時的に対象者の全能力を、スキルレベルを含めて引き上げるバフ魔術。もちろん、反信頼(アンチ・トラスト)の効果でアンロックされている。

 

 消費MPさえ許せば破格の上昇幅だが、実戦で使われることはあんまり無い。なぜなら――

 

「ククク、視聴者から、有益なコメントが届いたぞ。貴様の自然感応スキルをホーリーブーストで強化し、6層へのルートを見つけるというのはどうだ? ただし、バフをかけるためには、肌どうしを触れあわせる必要が、あるがなァ……!」

 

「ひいっ……!」

 

 そう、ホーリーブーストは、バフをかける者とかけられる者が、接触している間だけ発動可能なのだ。

 

 聖職者の祝福(ブレッシング)から転じて開発された呪文というのが、その理由。昔は、額に手を当てたりしていたらしいが――


 それでは余りにも戦いにくいということで、最近は背中を触ったり、手をつないだりするのが主流になっている。

 

「貴様、さっきのエレの話を、聞いていなかったのか……! なぜそんな、嫌がらせみたいな作戦ばっかり……! エレ、言いなりになる必要なんか、ないぞ……!」

 

「せやせや。ウチの嗅覚とエレの隠密スキルで、どうとでもなる。次のフロアに行くんやったら、ぜったいに無理したらアカンよ」

 

 怒り心頭のゼラと、心配そうなネロディ。当然だ。お腹を触られただけで、あれほどの拒否反応。おそらく、かなり酷いトラウマを抱えているのだろう。

 

 かくいう俺も、ホーリーブースト作戦を、ゴリ押しする気はない。彼女の心の傷をえぐるようなマネは、いくらなんでもラインを超えている。

 

 口撃でヘイトを稼ぐにとどめ、通常の手段――地道な探索とマッピング――で、B6Fに向かう。つもり、だったのだが……

 

「二人とも、ありがとう。でも、死ぬほど嫌、だけど……」


 エレがずずいと近づき、真っ正面に立った。エメラルドの瞳が、しっかと俺を見据えている。なんだなんだ、まさか……。「お断りよ」って言ってくれ、頼む……!


「――分かったわ。無駄なエンカウントは、避けるべき。最短ルートで階段に向かわないと、次のフロアの攻略に差しつかえるわね。じゃあ、さっさとやりなさいよ……!」

 

 言うが早いか、俺の両手をガシッとにぎる。

 

「お、おい、エレ……貴様……くうっ、天恵強化(ホーリーブースト)――!」

 

 急展開に焦りつつも、バフを発動。早く、はやく終わらせないと、彼女が……!

 

「……北西の方向から、わずかに自然の気配を、感じるわ……でも、そのすぐ南に、息吹の乱れが……おそらく、ゴーレムの集団、迂回しない、と……うっ、うぷっ……」

 

 なんとか自然感応スキルで、進むべき方角を、探り終えたエレシダ。そのままへたり込むと、自らの両肩を掻き抱きながら、ガタガタとふるえている。

 

「ふぅ――、ふぅ――、さあ、行く、わよ……!」

 

 しばし休んだのち、立ち上がってよろよろと歩き出す。俺たちはその痛々しい姿を、黙って見つめることしか、できなかった……

 

 そのあと結局、ホーリーブースト作戦を3回行ったのち、B6Fへの階段に到達した。エレのおかげで、ゴーレム軍団との遭遇は避けられたのだが……

 

「はぁ――、はぁ――、アンタ、いつか絶対に、首を、落としてやるんだから、うぷっ、オロロロロ……」

 

「ああっ、エレ、すまない……! くうっ、この悪鬼外道、いやらしい事にばかり頭が回る、変態ド畜生め……!」

 

「……ウチを助けてくれたのは、なんやったんや。見損なったで、ホンマ。あんたがモンスターにやられても、絶対見捨てたるからな」

 

 冷や汗をたらして顔面蒼白のエレシダと、ブチギレモードの2人。BCCのコメントも、激荒れだ。当然、俺のステータスは――

 

 キュインキュインキュイン! 爆上がり。喜んでいいのか、悲しんでいいのか……

 

(ク、ク、ク……! いやぁ、黙って見ていたが最高じゃったぞい。4層で失ったステータスを補って余りある、無双ウィザードの爆誕じゃ。……おや、うかぬ顔だの。ヒヒヒ……!)

 

 俺は、嬉しそうなアモンの声を背中に浴びながら、とぼとぼと階段を下りはじめた……

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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