第12話 謙虚なライオン
「――っ、やっと、上への階段が……! でも、なんやねん、ここ……!」
少し明るい、広い空間に出た。そこは、50メートルほどの渡り廊下。幅は……30センチぐらいか。
とうぜん手すりなんてものはなく、落ちた下は剣山。細い橋の向こうがわに、上に向かう階段が見えている。
それだけなら気をつけて進めばいい、のだが……
びゅんびゅんびゅんびゅんびゅん!!
橋を横ぎるように配置された、10基の振り子刃。それが、俺たちの行く手を阻んでいる。どうやら、最後のデストラップのようだ。
「ひぃっ……ヨハン、すまんけど、レビテーションとかは……」
ネロが引きつった顔でこっちを見る。彼女の尻尾も丸まりすぎて、股の下を通って前に出てしまっていた。
「ダメだ。ここまでの道中、貴様のせいでどれだけ魔力を使ったと思っている? それに浮遊呪文は、2人以上を乗せるとMP消費が跳ねあがる。徒歩でいくしかないぞ。さあ、進むがいい」
「うっ、ううっ……そうやんなぁ……ゼラとエレのことも、心配やし……いくしか、ないなぁ……」
そう言うと、そろそろと橋を渡りはじめた。おいおい、素直すぎるだろ……と思いながら、見守る俺。
もちろん、彼女の周囲は見えない物理防壁――光属性のランクアップで使用可能になった――で、こっそりガードだ。
「よっ! はっ! ちょわっ!」
さすがは、心技体を鍛えぬいた武闘家。獣人の身のこなしと動体視力も相まって、的確にタイミングをはかり、ギロチンをすり抜けていく。
よし、あと1つだ。俺もそろそろレビテーションで向こう岸に飛んで、煽りのひとつでもかましてやろうと思っていた、その時……
がこん! ネロが通りすぎようとした最後の振り子が、突如として支柱の真ん中ほどで折れ曲がった。単振り子から、二重振り子への卑劣なトランスフォーム! とうぜん、先端部分は急加速し――
「ぐえぁっ……!」
極太のブレードが、防壁を突きやぶってわき腹に直撃。どうやら、レジスト効果のある金属でできていたようだ。俺が、油断していたせいだ……マジでうかつとしか、言いようがない。
彼女の体が勢いよく吹っとばされ、剣山に向かって急降下。やばい!
「くそおおっ、間に合え……風纏翼――!」
ごうっ! 暴風の翼を、身にまとって高速飛翔! すんでのところでネロを抱きかかえ、向こうがわに着地。彼女の体を横たえ、患部を押さえる手をどかしたところ――
「う、ううっ……ごぼっ! 痛い、痛いぃ……!」
口から出血。折れた肋骨が、肺を貫いているようだ。どんどん彼女の顔色が、悪くなっていく。背に腹は代えられない。回復術――
「大治癒――」
ぱあああぁ――。彼女の体が淡く光り、傷が治っていく。だが、問題は――
「ヨハン……ありがとう……助けて、くれたんやね……でも、MPが……。そっか、ゼラいわく、アンタはHPを犠牲に呪文が使えるって……。すまんなぁ……!」
ティウンティウンティウンティウン。みるみるうちに、俺のINT(知力)が下がっていく。ちょっと、ゼラ、なに謎理論を宣伝してんだよ……!
(あーあ、もったいないのう……)
アモン、しぶり顔。けっきょく彼女が回復し、動けるようになったころには。俺のステータスはフロア突入時の6割ぐらいまで、下がってしまっていた……
◇◆◇◆◇
長い階段をのぼる。大幅にステータスを失って落ちこむ俺とは対照的に、ネロの足どりは軽かった。彼女のマップが正しければ、B5Fへの階段の近くに出るはずだ。
「……おい」
彼女に、後ろから声をかけた。
「なんやねん。もう、礼は言わへんからな。元はといえば、アンタがウチを脅してダンジョンに引きこんだのが原因やし」
「そんなことは、どうでもいい。貴様の店だが……粗利率と営業利益率は、それぞれ何パーセントぐらいなのだ。むろん、本当の帳簿でだぞ」
「えっ……利益率にも、種類があるんか!?」
この人、よく商売やってたな。よし、ここでちょっとでも、ステータスを回収する……!
「ククク、まさか、そのレベルとはな……! では質問だ。消費税を納めないといけないのは、年商が何ゴールドを超えた場合で、何年後から義務が発生する?」
「ぐっ、ううっ、分からへん……! お役所から、言われたとき……?」
「そんなオツムで、店が上手くいくわけがなかろう。貴様のビジネスモデルは、はじめから詰んでいたのだ。競合のチェックなども、全くしていなかったのではないか? 一生懸命がんばって、このザマとはな。ぷぷぷ、すまん、腹筋がぶっ壊れそうだ、ク、クク、クハハハハ……!」
「そうやんなぁ……耳が痛いけど、今まで直接厳しいことを言ってくれる人なんて、おらんかったし……ヨハン、ありがとうな……」
ティウン。ステータス低下。しまった、ヤブヘビだ、調子が狂う……!
「この、ド低能が……やはり貴様は、肉壁がお似合いだぞ。故郷の両親も、さぞかし心配しておるだろうなァ……!」
「……」
キュイン。ちょっとステータス上昇。なにか、地雷を踏んだのだろうか。いや、疲れてきたから、もういいや……
◇◆◇◆◇
階段をのぼりきった、終点。開錠の呪文で、扉をあけると――
「ああーっ! 出てきた! ネロ、心配したんだからね……!」
「ネロ、大丈夫か……ひどいことは、されなかったか? ヨハン、貴様の怠慢が招いた、事態でもある。これに懲りたら、反省することだな」
配信フリートーク中のエレと、剣を磨いていたゼラが、こっちを向いて言った。彼女たちの奥には、B5Fへ通じる階段が見える。
<第4層のデスゾーンから、2人で生還……!? これ、中層クリアありますねぇ!?>
<ウィザードの兄ちゃんも、たまにはいいとこ見せろよ!>
<店主、こんど、ぼったくりポーション買いに行くからなー! あっ、赤おひねりナイスぅ!>
BCCも盛りあがっているようだ。
「ありがとう……ウチは大丈夫や。コイツも、思ってたほど――」
「……! ゴホンゴホン! リッチてきなヤツの気配がする。貴様ら、急いで先に進むぞ」
(ククク……ちゃんとステータスを上げていかんと、ボスを倒せんかもしれんぞ。次のフロアでの挽回に、期待しておるでな)
果たしてヘイトを維持したまま、ダンジョンを攻略できるだろうか。俺は心配な気持ちに苛まれながら、階段を下りはじめた……
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