8話 イメチェンしてみるか
――二日後、土曜日の午前中。
生徒会の面々と体験入会の紺野は、休日なのに生徒会室に集まっていた。理由は単純で、時間がない。
この予算案を提出しなければこれ以上文化祭の話しが進められないのである。
そんな切羽詰まった状況の中、ついに紺野がノートパソコンを机の上に置いて、勢いよく立ち上がった。
「で、できました……文化祭の予算、全部整理しました」
「本当か!?」
聖羅が身を乗り出す。
俺も画面を覗き込んだが、昨日までカオスだった表が綺麗に整理されていた。
「……すごいぞ紺野、よくやってくれた」
「ありがとうございます! 重複している支出と、去年のデータと合ってない部分を直しておきました。これなら提出できます」
「紺野〜! 本当にありがとう!」
聖羅がまた紺野の手をぶんぶん振り回している。
今日はいくらでも振ってくれて構わないぞ。
「い、いや、そんな……」
「紺野くん、すごいすごい! よく頑張ったね」
優乃が感心したように紺野の頭を優しく撫でていた。
……そんなんだから告白されまくるんだぞ。
「よし、予算整理もできたということで、次の段階に行くぞ」
「なんだ!? 打ち上げか?」
聖羅がうずうずしながら、小さなクラッカーを持っていた。
――なんで持ってんだよ!?
「それは文化祭が無事に終わったときにとっておけ。次の段階は……紺野を改造する」
「ええぇぇぇぇ! 僕、魔改造されちゃうんですか!?」
「勝手に『魔』をつけるな。厨二病め。……改造と言っても髪を切るだけだ」
「髪切られちゃうんですか僕!?」
「紺野、生徒会に誘ったとき、俺はなんて言った?」
「えぇっと……クラスの奴ら見返したくないか……ですか?」
「そうだ。この体験入会はただ仕事をしてもらうだけが目的じゃない。お前自身に生徒会――つまり生徒の代表だって、自覚させるためでもある。実際、生徒会に入れば今までと違う。嫌でも人の目があるからな」
「黒瀬先輩……そこまで考えてくれてたんですか」
「当然じゃないか。全ては、かわいい後輩のためだ」
――嘘である。
昨日、紺野とラーメンを食った後に思いついた。
「おい優乃。智也のやつ嘘をついているぞ」
「あれは嘘つきの顔だね」
聖羅と優乃のヒソヒソ話が聞こえてきたので、俺は右手の人差し指を立てて口元にもっていき、しーっと彼女達だけに見せた。
ついでに反対の手でお前達も、のってこいと合図する。
「わ、わぁ! それいいね!」
声を出したのは優乃だ。
「紺野くん、せっかく整った顔立ちしてるんだからもったいないよ」
「へあ? 僕がですか?」
「優乃も気づいていたか? そうなんだ。紺野は猫背だから分かりにくいが身長も高い。前髪で隠れているが見た目だってそんなに悪くない。その低すぎる自己評価を正すためにやるんだ」
「い、いいな! やろうやろう! きっと女の子にモテモテになってしまうぞ」
聖羅も目を泳がせながら入ってきた。
こいつ演技も下手だな。
俺は気を取り直して紺野の方を向く。
「ただ、髪を切るのはさすがにやりすぎだとも思ってる。そこは本人の意思を尊重したいが、どうする?」
紺野は考える間もなく即答してきた。
「やります! 切っちゃって下さい」
「言っておいてなんだが、良いのか?」
「はい! 僕は変わりたいです。せっかくのチャンスなのでお願いします」
「紺野の覚悟、確かに受け取ったぞ」
問題は誰が切るかだな。
「よし、私が切ろう!」
真っ先に手を挙げたのは聖羅だ。
キラッキラの瞳で俺を見る。
「聖羅はダメだ」
「なぜだ!? ここは会長として腹を切る覚悟を持って――」
「腹じゃない。髪を切るんだ。お前は不器用過ぎてダメ。紺野の行き先が生徒会から野球部になってしまうわ」
俺の言葉を聞いた紺野は青ざめていた。
「坊主だけは勘弁してもらえませんか……」
このミッションを遂行するには手先の器用さはもちろんだが、なにより経験が大事だ。
まぁ、切るやつなんか最初から一人しかいないんだがな。
「智也くん、私に切らせるつもりだね……」
優乃が小声で囁いた。
「ああ。優乃お願いできるか?」
「ふふ。だと思ったよ。お姉さんに任せて」
優乃は俺が用意していた、カットバサミとバリカンを持ってなんだか妙にカッコいい笑顔を向けていた。
優乃は運動部の男子達に頼まれて、部室棟の前でよく髪を切っていた。まぁ、あいつらの目的は髪を切ってもらう事じゃなくて、優乃の胸部を目の前で拝めるからなんだがな……。
それを言うと傷つくだろうから、黙っておこう。
ただ、腕前はプロ級、俺も一度だけ無理矢理切られたことがあるが、普通に上手くて驚いた。
優乃は生徒会室の掃除箱から新しいゴミ袋を出すと、ハサミを入れて簡易的なカットクロスを作っている。
「はい、じゃあ紺野くん、ここに座ってね」
紺野は死刑台に送られる囚人のようにゆっくりと椅子に座った。
「桃井先輩、大丈夫ですよね……」
「心配するな。腕前は俺が保証する」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「じゃあ、いくよ」
「は、はい」
そして、紺野の頭にゆっくりとハサミが入っていく。
――チョキチョキ。
最初の一束が生徒会室の床にパサっと落ちた。
優乃はすっかり集中している。正直に言うと、雰囲気があってそれっぽい。
そんな様子を見ながら、聖羅がボソッと呟く。
「優乃ばっかり……ずるい」
俺の隣で、唇を尖らせていた。
「どうした?」
「なぁ智也。私ってやっぱり会長に向いてないんじゃないか?」
「なんだよ急に」
「だって……優乃はいつもお茶出ししてくれるし、ああやって器用だし……優しいし……」
聖羅の声が段々と小さくなっていく。
「それに引き換え、私は智也に頼りっぱなしだし……特に成果も上げてないし……」
「そんなことないぞ。優乃だって、お前が生徒会長だから副会長を引き受けてくれたし、俺だってそうだ」
「ほんとか?」
「ああ。紺野だって、お前に憧れてる。それに――」
俺は聖羅の肩をポンと叩いた。
「お前の出番は必ずある。聖羅にしかできないことが絶対にあるんだ。今はまだそのときじゃないだけさ」
俺がそう言うと、聖羅の耳がほんのり赤くなっていた。
プイッと横を向いてしまったので、はっきりと表情までは分からない。
「……そういうとこだぞ」
「……? なんだ聖羅? なんか言ったか?」
「な、なんでもない!」
聖羅はそのまま会長席に、跳ねるようにして戻っていってしまった。
それからしばらく、ハサミが髪を切る音と優乃の「動かないでね」という優しい声が響いた。
紺野は優乃の立派な『物』が目の前にあるのが気まずくて、途中から力一杯目を閉じているようだった。
気持ちはわかるぞ。俺もそうだったからな。
しかし、少しずつ紺野の表情が現れてくると、徐々に俺と聖羅の悲鳴にも似た感想が飛び交い出した。
「おお〜。紺野って、普通にイケメンってやつだな」
聖羅が腕を組んでうんうん、と頷きながら言った。
「そうだな。分かっていたけど実際に見ると、腹立ってきたわ」
「なんだ智也、後輩に嫉妬か?」
聖羅がニヤニヤしながら俺を横目に見る。
「違うって、なんで紺野がいじめみたいなことされてんのかってことだよ」
「確かにな。でも、この雰囲気なら大丈夫なんじゃないか? きっとクラスで人気者になれるぞ」
「だといいけどな」
心配なのは雰囲気が変わって、そこをいじられることだ。
なにもなければいいんだが……。
そんな事を考えていたら、集中していた優乃が「ふぅー」と大きく息を吐いた。
「紺野くん、終わったよ。目を開けてね」
「は、はい」
切り終わった紺野の髪は高校生男子としては定番のツーブロック。
定番っちゃ定番だが、さっぱりして清潔感がある。
故に定番は最強なのだ。
「こ、これが僕?」
紺野は優乃の私物である、メイク用の鏡で髪型を確認している。
「どうかな? 気に入ってくれた?」
「は、はい! 桃井先輩、ありがとうございます。とってもいいと思います」
「よかった。頑張った甲斐があるよ」
紺野はカットクロスを脱いで立ち上がると、さっきまでとは違い爽やかに笑った。
「黒瀬先輩もありがとうございました。なんか僕、生まれ変わった気がします。月曜日に学校に来るのが楽しみですよ」
「俺は提案しただけだ。今のその姿は優乃が頑張ったのと、お前の決断によるものさ。いい方向に転がることを願ってる」
「はい。絶対クラスの奴らを見返してやります!」
「その意気だ。それとな――」
俺は紺野の背中をポンポンと叩いてやった。
頑張れって意味と、予算整理の労いを兼ねて――。
「紺野の体験入会はこれで終わりだ。紺野が優秀だったから予定より早く終わってしまったが、正式な入会はこの週末によく考えて欲しい。今は気持ちが昂ってるから正常な判断がしにくいだろうからな」
「……なんか寂しいっすね」
「ああ。でも、紺野にその気があるなら、これで終わりじゃない。月曜日にお前の気持ちを教えてくれ。聖羅と優乃もそれでいいな?」
「もちろんだ。紺野、生徒会はいつでも君を歓迎するからな」
「会長……」
「紺野くん、また髪伸びたらお姉さんが切ってあげるからね」
「桃井先輩……」
紺野の表情が、うっすらと涙なんだか、鼻水なんだか、薄く輝いているように見えた。
まったく……終わりじゃないって言ってんのに。
それでも、紺野は力強く、聞いたことのない大きな声を出す。
「生徒会のみなさん、本当にありがとうございました!」
そう言って、生徒会室を出ていく紺野の背中は、最初に出会った頃と比べて、ほんの少し大きくなった気がした。
――そして月曜日。
いつものように、俺と聖羅は一緒に登校していた。校門の前で優乃も合流して、俺たちは目撃してしまった。
昇降口で男子三人に絡まれている紺野の姿を――。
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