6話 パソオタ紺野
その日の放課後。
俺は会計候補の紺野和樹に会う為、一年三組の教室の前までやってきた。
廊下側の窓から中を確認すると、ホームルームが終わった直後みたいで、けっこうな生徒が教室にいる。どいつが紺野か……って探すまでもないな。
教室の隅の席。
クラスメートが帰り支度をしている中、一人だけ違う世界の住人みたいな奴がいる。
イヤホンを片耳に差し、ノートパソコンを操作している男子がいた。
パソコンの画面にはびっしりと並んだ数字と表。
蒼高裏サイトに書かれていた特徴と完全に一致している。
さあどうやって接近しようかと思ったが、いかんせん教室の空気が良くなかった。紺野は座ってパソコンを操作しているだけなのだが、少し離れた席にいる男子三人組が、紙くずを投げつけている。
飛んできた紙くずが紺野のノートパソコンのキーボードに落ちた。
それでも紺野は何も言わず、ただ画面を見続けている。
『パソオタでキモい』と裏サイトに書かれたいた時点で予想はしていたが、やっぱりいじめられているようだな。
この光景には少し腹が立った。もちろん紺野に紙を投げつけている奴らにだが、それに対して何も言わずにじっとしている紺野にもだ。
――しょうがない。
「おーい、紺野ー」
俺が紺野の名前を呼ぶと、ビクッと肩を震わせてこちらに振り向いた。
見た感じ、気が弱そうで、典型的なオタクっぽい。
前髪は目にかかりそうなくらい長く、俯き気味の姿勢も相まって顔の印象がほとんどわからない。
体も細く、教室の隅に置かれた観葉植物みたいに存在感が薄い。
「今日は飯に行く約束だったろ? さっさと行こうぜ」
「め、飯? あ、あの……どちら様ですか?」
俺は周りに聞こえないように小声で囁いた。
「いいから来い。俺は生徒会の使いで来てる。ちょっとお前に用があるんだ」
「せ、生徒会!? ひいぃぃぃ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
紺野は突然、顔を真っ青にして謝りだした。
なんだこいつ――。文化祭の予算案をいじったことを謝ってるのか? あれは俺が作ったダミーだからそんなことはどうでもいいのに。
そう言おうと思ったら、
「副会長のこと『おっぱいお化け』って書き込みしてすいませんでしたぁぁぁ!」
……なんだ、あれは紺野だったのか。しかも優乃が副会長になったことをもう知ってるんだな。
「それはあとでいい」
「へ?」
「いいから、来てくれないか? 紺野の力が必要なんだ」
「……っ! 僕の?」
「こんな場所じゃ話しにくい。飯でも食いながら話そう」
「は、はい……」
去り際に紺野に紙を投げていた男子生徒たちが目を丸くして俺を見ていたので、声をかけてやった。
「悪いな紺野を借りてくぞ」
俺と紺野は蒼高近くのファミレスにやってきた。
平日の夕方ということもあって、店内はそれほど客の姿は多くはない。学校帰りの蒼高生がちらほらいるくらいだ。
店員に案内されて、俺たちは蒼高が見える窓側の席に座った。
「とりあえず、なにか食うか?」
「あ、あの食欲があまりなくて……」
「そうか。じゃあドリンクバーでも頼むか」
俺はテーブルのタブレットでドリンクバーを二人分注文した。
「俺は二年の黒瀬智也だ。正式な生徒会メンバーではないが、会長の手伝いをしている」
「は、はい。一年の紺野和樹です」
「早速なんだが、紺野はなぜ優乃が副会長だと知っていたんだ?」
紺野は気まずそうに頬をかきながら目を泳がせた。
「蒼高裏サイトに情報がでてましたよ。最新情報というスレッドに生徒会の副会長になったって……」
「なるほど。それで、俺が生徒会だと言ったらビビったのか。よく裏サイトを見てるんだな」
「ライフワークみたいなもんですかね。なんか見てると落ち着くっていうか……」
「ただ優乃の友人として忠告しておくが、悪口を投稿するのは関心しないな。恨みでもあるのか? フラれたとか?」
「な、ないです! あんな美人な人になんか近付けませんよ。単に……裏サイトは僕のストレスのはけ口みたいなもんです」
確かに教室の様子を見た感じ、ストレス抱えてそうだもんなこいつ。
「まぁ優乃には黙ってるから心配するな」
「ほ、ほんとですか!? あぁ……よかった」
紺野はホッとしたのだろう、大きく「はぁ〜」と息を吐いて全身から力が抜けていった。
「それで、本題なんだがな」
「は、はい……」
「紺野は生徒会に興味ないか?」
「へ? 生徒会ですか?」
「ああ。実は生徒会では会計を探しているんだ。文化祭の予算データが整理できる人間が必要でな。裏サイトで紺野の噂を聞いたんだ」
「文化祭の予算データなら、裏サイトにアップされてたやつを修正してみましたよ」
「それは俺が適当に作ったダミーだ」
「えっ!?」
「本物はこっちなんだが、どう思う?」
俺は持ってきたノートパソコンの画面を紺野に見せた。
紺野は顔をしかめがら食い入るように画面を見つめる。
「これはひどいですね。誰がやったんですか?」
「前任者」
「ちょっと、触ってみてもいいですか?」
「ああ。好きなだけやってくれてかまわない」
紺野は的確に数字をいじり、データを修正していく。
こいつは凄いぞ。本物だ。
どんな世界にもできる奴はそれなりの雰囲気がある。
さっきまで、ただのガリ勉オタクだと思っていた紺野が、今はプログラマーみたいに超高速で処理している。
「こんな感じですかね?」
「もう終わったのか?」
「少しだけですよ。さすがに全てやるにはもう少しかかります」
「どれどれ」
俺は画面を見ながらゆっくりとスクロールする。
数式が直ってるし、見やすくなってる。根拠のない数字がまるで意味をもつようにそこに収まっている。
「紺野……すごいぞ! ぜひ生徒会で、その手腕を発揮してみないか?」
「む、むむむ無理ですよ! 僕みたいな陰キャが生徒会なんて……」
「陰キャだと生徒会に入れないのか?」
「いや、そこまでは言いませんが、会長と副会長が金城先輩と桃井先輩ですよね? そんな秘密の花園みたいなところに僕みたいな奴が入れる訳ないですよ」
「自信がないのか?」
「あるわけないじゃないですか! 住む世界が違い過ぎます」
住む世界か……。
同じ人間、同じ高校の生徒だというのに、一体なにが違うんだろうな。
一緒に笑って、汗流して、同じ目標に進む。誰でも頑張れば、それ相応の結果を出せるような学校にしたい。
そんな夢物語みたいな馬鹿な幻想を全校生徒の前で、叫んでたやつがいたな。
「紺野は昔の聖羅に似てるな」
「聖羅って、会長ですか!? 僕と!?」
「ああ。昔のあいつはな、今のお前よりずっと引っ込み思案だったんだよ」
「……え?」
「何やってもダメでさ、みんなに笑われて、小学校の校庭の隅でいつも泣いてたんだよ」
「嘘ですよね? あの会長から、そんなイメージ全くわかないですが……」
「本当だぞ?」
「でも今は完璧じゃないですか……」
「完璧? あいつが?」
やっぱり一年から見ても、そう思えるんだな。俺から見たら信じられないほど情けないけど。
「今でも失敗だらけだぞ。はっきり言えばポンコツだ。だから生徒会でもない俺がこうして動いているんだ」
紺野は腑に落ちない、といったように腕を組んでいる。
「信じられないですね。一年生の間じゃもっぱら憧れの先輩として評判ですよ」
「聖羅はどんなことからも逃げなかったからな。いつからだったか、笑われても諦めずに勉強したり、練習するようになったんだ。紺野、お前も変わりたくはないか?」
「えっ?」
「さっき教室の様子を見た感じ、いじめのようなことをされているんじゃないか?」
紺野は気まずそうに視線を泳がせると、深く息を吐いた。なにかを決心したようにゆっくりと口が開いた。
「特になにかあった訳じゃないんですよ。ただ、ずっとパソコン触ってたら完全に周りから浮いちゃって……バカにされて……」
トホホと情けない笑顔の紺野を見ると、胸に穴が空いたように寂しさが込み上げてきた。よせばいいのになんとかしてやりたい……そんな気持ちになってしまったんだと思う。
「どうせ僕なんかパソコン知識くらいしかないし、見た目だって地味ですし……そんな僕が生徒会に入ったら、きっと先輩達にも迷惑だと思うんです」
弱々しい言葉から、紺野が今までどんな扱いを受けてきたのか、なんとなく分かった。
「紺野、クラスの奴ら見返したくないか?」
「そりゃあ変わりたいとは思いますけど……」
「断言する。今、そのときだぞ」
「黒瀬先輩……」
紺野は俯いたまま黙り込んだ。
変わりたい気持ちはある。
でも一歩踏み出す勇気が足りない――そんな迷いが顔に出ていた。それなら――。
「体験入会してみないか?」
「体験入会とかあるんですか?」
「いや、ない。ないけど紺野の力がどうしても必要だ。さっきの実力を見て確信した。お前の力は本物だ。だから手を貸して欲しい。頼む」
俺は頭を下げた。一年だろうと関係ない、こいつは文化祭を開催する為に、絶対に必要なピースだ。
俺の頭ひとつで、どうにかなるならいくらでも下げてやる。
「……ありがとうございます」
顔を上げると、紺野は照れくさそうに視線を落とした。
「僕、誰かに必要とされるなんて初めてです。生徒会に入るのはまだ考え中ですけど、黒瀬先輩が言うように、今そのときなのかもって思いました」
紺野が手を差し出してきた。
「手伝わせてください。会長や黒瀬先輩みたいになりたいです」
俺はその手を、しっかり握り返す。
「ああ。よろしく頼む」
紺野ならできる。弱い自分と向き合えるやつはきっと強くなる。俺はそう信じている。
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