31話 思い出
メイド執事喫茶のシフトも終わり、午後は生徒会として見周り……のはずなんだが……。
「智也! たこ焼き食べよう!」
「智也! お化け屋敷の視察に行こう!」
完全に楽しんでやがる――
気付けば、俺は両手のビニール袋に食べ物をパンパンに入れていた。
聖羅はわたあめを持ちながら次の獲物を狙っている。
「聖羅、仕事なの忘れてないよな?」
「ふぁんとひふぇる! ほぉはあは?」
「食ってから喋れ!」
口いっぱいにわたあめを詰め込んだまま、もごもごと何かを主張してくる。
「ちゃんと見ているぞ! ほら、あそこの列。ちゃんと整理されている」
「それはただの客の視点だろ……」
ため息をつきながらも、俺は周囲を見回す。
――混雑はしているが、問題はない。
導線も生きているし、誘導係も機能している。
今の所、生徒たちも外部の客も特に問題はない。
「……ちゃんと、やれてるな」
「当然だ」
聖羅は得意げに胸を張る。
「みんなで、頑張って準備してきたんだ。問題なんかない!」
さっきまでわたあめに夢中だったやつのセリフとは思えないな。
「まぁ、そうだな」
客を呼び込む生徒、美味しそうにたこ焼きを食べながら歩く客、みんな楽しそうだ。
この景色を見るだけで、今まで頑張ってきた意味がある。
「黒瀬先輩!」
背後から名前を呼ばれたので、振り向くと――
「おお。写真部の!」
「はい! 大嶺です」
千景が紹介文を手助けした写真部の一年がカメラを片手に手を振っていた。
「写真部の展示はどうだ?」
「おかげさまで、賑わってます! 部長曰く、なんか去年よりもお客さんが多いみたいで。紫藤さんのおかげです」
「それはよかった。千景にも言っておくよ」
「紫藤さんなら午前中に展示に来てくれました」
「そうか。あいつも気になったんだろうな」
千景め、いいとこあるじゃないか。
「二人は見周りですか?」
「ああ。そうなんだ。といっても、食べ歩きみたいになってるがな」
両手の袋を持ち上げて、大嶺に見せる。
「あはは。お二人も楽しんでるんですね。よかったら写真、どうですか?」
「撮ってくれるのか!?」
聖羅が目を輝かせている。
「はい。まだまだ下手っぴなんですが、僕でよかったら撮らせて下さい」
「智也! 撮ろう! 一緒に撮ろう」
「わかったから引っ張るなって」
「じゃあ撮りますね」
大嶺がカメラを構える。
「もう少し寄ってもらっていいですか?」
「こ、こうか?」
聖羅が一歩近づく。
――近い。
「おい、近すぎだろ」
「な、なんだと!? これくらい普通だ!」
「いや普通じゃ――」
「はい、撮りますねー」
パシャッ、とシャッター音が鳴る。
その一瞬、時間が切り取られたみたいだった。
「撮れました!」
大嶺がカメラの画面を見せてくる。
「おお……」
そこには、いつも通りの俺と、楽しそうに笑っている聖羅が写っていた。
「いい写真だな」
「だろう? ふふん」
聖羅が満足げに頷く。
そして――少しだけ間を置いてから、大嶺に向き直った。
「あ、あの……その写真もらえたりするか?」
「はい! もちろんできますよ」
「なら……プリントしたら生徒会室まで持ってきてくれないか」
「わかりました! 出来上がったら持っていきますね!」
「頼んだぞ!」
そう言って大嶺はぺこりと頭を下げ――
「あ、すみません。次、ステージ発表の撮影頼まれてるんでした」
慌ててカメラを構え直す。
「じゃあ行きますね!」
「おう、頑張れ」
軽く手を振ると、大嶺は人混みの中へ駆けていった。
いい写真が撮れるといいな。
「写真もらってどうするんだ?」
「うん? 部屋に飾るんだ。大切な思い出だからな!」
そう言って、聖羅は花が咲いたみたいにパッと笑う。
いつかの未来で、聖羅はその写真を見ながら、今日のことを思い出すのだろうか。
そんなことを考えていたら――
「智也、一つ行きたい場所があるんだが……いいか?」
「何回も言ってるが、俺たちは遊びにきてるんじゃないんだぞ……」
「お願いだ。大切なことなんだ……」
聖羅にしては珍しく、どこか不安そうで、どこか期待を込めたような雰囲気だった。
「わかった。どこ行くんだ?」
「ついてきてくれ」
連れてこられたのは、特別棟の一角にある教室。
文化祭では使われていない予備教室で、外の喧騒が嘘みたいに静まり返っていた。
扉は閉まっている。
聖羅はその前で、一度だけ深く息を吸った。
「ここだ」
「ここってなにもやってないだろ? どうしてこんなところに」
「……ごめん、智也」
ぽつりと、聖羅が言った。
「先に、謝っておく」
「は? なんで?」
「いや……その……なんというか」
「歯切れが悪いな。告白でもするのか?」
「ち、違う!」
聖羅は扉に手をかけたまま、少しだけ俯いた。
「……ただ」
言葉を探すみたいに、少しだけ間が空く。
「……逃げないで欲しい」
そう言って、聖羅は扉を開けた。
教室の奥、窓際に一人の女性が立っていた。
こちらに背を向けたまま、外を見ている。
俺はその後ろ姿に見覚えがあった。
以前より少し伸びた髪が、窓からの風に揺れている。
線が細くなって、どこか大人びた後ろ姿だった。
あの頃にはなかった柔らかさが、そこにある。
見間違えるはずがない。
立ち方も、雰囲気も……何もかも。
二年なんて関係ないみたいに、そこにいる。
一番会いたくなくて、一番会いたいやつ――。
「水森……」




