30話 いらっしゃいませ、お嬢さま
俺が生徒会に入ってから二週間が経った。
「今日は文化祭当日の巡回当番決めるぞー」
俺がそう言うと、さっきまで談笑していたみんなの目の色が変わった。
「ペアで巡回するんだが、五人いるから二人と三人で、別れるぞ。午前と午後の交代制だ」
「と、智也! 私と組んでくれ!」
まずは聖羅が手を挙げる。
ただの当番なのにえらく必死だな。
「ああ。俺は別にいい――」
しかし、バンと机を叩いて立ち上がったのは優乃だ。
「ずるい!」
千景も続く。
「聖羅姉の好きにはさせない」
紺野はなぜか泣いていた。
「リア充、爆ぜろ……」
「ちょっと待てよ。ただの巡回だぞ? 適当に組んだら――」
「「「ダメ!」」」
うちの女子連中は強い。
もうなんか圧がすごい。
極端に言えばめんどくさい。
「喧嘩するなら、俺は紺野と組むぞ」
俺の提案に女子三人はハッとした表情を浮かべた。
その一方、紺野はなぜか頬を染めている。
「黒瀬先輩……優しくしてくださいね」
なにをだ。気色悪い……。
「わ、私たちはとっても仲良しだぞ! なっ! 優乃、千景」
「うん。私たちが喧嘩することなんてありえないよ」
「……みんな友達」
三人で仲良しアピールに肩を組んでいる。
それ男子のノリだろ。
「じゃあどうする? 俺は誰でもいいんだが」
「ここはベタだが、じゃんけんでどうだ?」
聖羅の提案に、他の二人も首を縦に振る。
「一つ先に言っておくが、俺と聖羅と優乃は同じクラスだ。クラスの出し物もある。だから、三人が一緒になるとまずいから、俺は二人組に入るぞ」
「つまり、この三人の中で智也くんと巡回できるのは……」
優乃が真剣に俺を見ながら呟く。
「……一人」
千景の目が鋭く光った。
「よしいくぞ!」
聖羅が音頭をとり――
「「「じゃーんけーん」」」
そうして、俺たちは遂に文化祭の当日を迎えた。
午前中はクラスの出し物、午後は文化祭の見回りの予定だ。
クラス委員の俺はそっちの出し物の準備も忙しく、とても疲れている。
俺はクラスの手芸部と有志が作った執事服に袖を通した。
「智也、なかなか似合っているぞ」
メイド服に着替えた聖羅が、どこか誇らしげに胸を張る。
「それはどうも。会長様もずいぶん気合入ってるな」
「当然だろう。クラスの出し物だからな」
……いや、そのフリフリはどう考えても気合の方向性が違う気がする。
黒を基調にしたクラシックなメイド服。
普段の凛とした雰囲気と相まって、黙っていれば優秀そうなメイドだ。
「なんだその目は」
「いや、普通に似合ってるなって思って」
「そ、そうか……」
聖羅は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らした。
その頬がほんのり赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。
「黒瀬ー! テーブル三番、お嬢様がお呼びだぞ!」
「はいはい、今行く」
クラスメイトに呼ばれ、俺はトレーを手に取る。
「珈琲一つ、紅茶一つ、サンドイッチ一つ……っと」
「遅れるなよ、庶務」
「今は執事だっつの」
「いらっしゃいませ、お嬢様」
反射で口から出た言葉に、自分でちょっと引いてしまう。
ただ執事服を着ているだけなのに、なりきってしまう自分が恐ろしい。
席に着いているのは、他クラスの女子グループだ。
こちらを見る目が妙に楽しそうである。
「黒瀬くんだー!」
「一緒に写真撮っていい?」
「料理を提供した後なら構いませんよ」
我ながら営業スマイルが板についてきている。
注文された珈琲と紅茶を置きながら、さっと配置を整える。
一緒に写真を撮って――
「ごゆっくりどうぞ」
軽く会釈してその場を離れると、背後から黄色い声が飛んできた。
……勘弁してくれよ。
カウンターに戻ると、聖羅がじっとこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「いや……随分と板についているなと思ってな」
「そりゃどうも」
「女子に人気だったぞ」
「ふっ、自分の有能さが恐ろしいよ」
キメ顔で返すと、聖羅は少しだけ口を尖らせた。
「……ふん」
なんだその反応。
そのとき、入り口のベルが鳴る。
「いらっしゃいませー!」
クラスメイトの声に混じって、ふと見覚えのある顔が視界に入った。
優乃と千景、そして紺野だ。
「お、来たのか」
「えへへ。来ちゃった。千景ちゃんがどうしても行きたいって」
優乃がにこっと笑う。
「……よきにはからえ」
千景は静かに店内を見回し、ぽつりと呟いた。
「リア充の巣窟……」
紺野はなにか怒っているようだ。
俺は三人を席まで案内して、メニュー表を渡した。
「優乃のメイド服が見れないのは残念だよ」
「ほんとにあれ着ないとダメなの?」
「当然だろ。あの衣装があればウチのクラスは売上ナンバーワンに違いない」
「うぅ……嫌だな。恥ずかしいよ」
優乃のメイド服だけは特別に別で作ってもらった。
なんでも、胸部が普通のやつだときついらしい。
本当に見たかったな……。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「おすすめは?」
優乃がわざとらしく首をかしげる。
「……珈琲と紅茶、それと軽食になります」
「じゃあそれ全部」
「全部かよ」
思わずツッコむと、優乃がくすっと笑った。
「だってせっかくだし」
――まあ、そういうもんか。
注文をメモしながら、俺は三人の様子をちらっと見る。
いつも通りの空気。
だけど――どこか少しだけ、違う。
文化祭の高揚感。
それとも、この後の巡回のせいか。
あるいは――
この先に待っている“何か”のせいか。
「智也」
不意に、聖羅が小さく呼んだ。
「なんだ?」
「……午後、よろしく頼む」
いつもより、少しだけ真面目な声だった。




