28話 お願いします
「火気使用教室の監督体制についてですが、現時点では各教室に責任者を一名配置し、加えて生徒会の巡回担当を増員しています」
智也が発言すると、先生たちはみんなそちらを向いた。
スクリーンが切り替わる。
紺野が、すぐに該当スライドを表示していた。
「えっと? あとは混雑時の誘導責任者と、雨天時の代替導線と、緊急時の第一報でしたね」
智也がわざとらしく質問を言い直して私を見ると、
「それは会長から返答させていただきます」
と言って、一歩下がる。
ああ、そうだ。
これは私の勝負なんだ。
智也は全てを自分でやるつもりなんかないんだ。
私にさせようとしている。
さっきから想定外のことが起きすぎて、混乱していたが、智也がいてくれるだけで落ち着けた。
私は練習した通り、答えるだけだ。
――もう、なにも怖くない。
「非常時の最終判断は、教室責任者単独ではなく、担当教員と生徒会巡回担当の連携で行う想定です。こちらに連絡フローをまとめています」
矢印付きのフローチャート。
先生たちの視線が、今度こそはっきりと資料に向く。
「混雑時の誘導責任者は、実行委員会を組織して、各階に二名ずつ配置予定です。雨天時については、外部導線を使わず、昇降口側に一本化した代替ルートを用意しています」
ひとつずつ。落ち着いて。明確に。
何度も確認した通りに。
「緊急時の第一報は、各模擬店責任者から担当教員へ。その後、生徒会本部と教頭先生に即時連絡。必要に応じて保健室、職員室への連携を優先します」
先生たちの表情が、少しずつ変わっていく。
懐疑から、確認へ。
確認から、納得へ。
それが、わかる。
「……以上が、安全対策に関する現時点での対応案です」
言い切ったとき、喉の奥につっかえていたものはもうなくなっていた。
……言えた。
ちゃんと、全部。
いや――智也が助けてくれたんだ。
「わかりました。結構です」
質問した三年の学年主任も納得したような表情を浮かべていた。
「他にご質問はありますか?」
優乃がそう言って次の質問を促すが、先生たちから手はあがらなかった。
だけど、優乃はおかしなことを言った。
「はい、黒瀬くん」
前ばかり見ていて気づいていなかったが、どうやら隣の智也が手を挙げていたようだ。
「すいません。これは生徒会としてというより、個人的なお願いなんですが」
智也がおもいっきり頭を下げた。
「お願いします! 文化祭をやらせてください!」
智也は、腹の底から振り絞るような声を出した。
「金城会長は就任以降、ずっと必死にやってきました!」
あの智也が? いつも論理的で、理屈屋で、こんな感情的に?
私は、息を呑む。智也は、私を見ない。
先生たちに向かって、まっすぐに言葉を重ねていく。
「予算の再調整も、各クラスとの交渉も、出店配置の見直しも。うまくいかないことがあっても、最後まで投げ出さずにやってきました」
やめて。
そんなの、言われたら。
「僕たち生徒会は、それをずっと見てきました」
その言葉に、隣で優乃が小さく息を呑む気配がした。
紺野は、唇をきゅっと引き結んでいる。
千景は、無言のまま、それでも前を見ていた。
「未熟な部分は、あると思います」
智也は続ける。
「でも、会長は生徒のために、蒼山高校のために――」
淡々と。でも、熱い想いを――。
「金城会長はとても真剣に取り組んでいました! どうか、文化祭を、やらせてください」
そう言って、智也はもう一度深く頭を下げた。
その背中を見ていた優乃が続く。
「お願いします」
紺野も、千景も、慌てたように立ち上がり必死に頭を下げた。
「……お願いします」
私は、呆然とその光景を見ていた。
……もう限界だった。
沸々と、目の奥から熱い物が込み上げてくる。
ダメだ。泣いてる場合じゃない。
これは、私の会議だ。
私が、会長だ。
ぐっと唇を噛んで、私は震える足で前に出た。
「……お願いします!」
声が、少し掠れた。
それでも、私は頭を下げる。
「文化祭を……やらせてください」
沈黙が落ちた。
――長い。
ほんの数秒のはずなのに、まるで永遠みたいに長い。
やがて、椅子のきしむ音がした。
「……頭を上げてください」
鷲尾教頭の声だ。
顔を上げると、教頭は腕を組み、しばらく私たちを見ていたが、やがて小さく息をついた。
「皆さんの覚悟は、よくわかりました」
その一言に、私は不安で押し潰されそうになる。
でも、教頭の口から飛び出したのは意外な言葉だった。
「これだけしっかり準備をしてくれたのです。胸を張ってください」
「教頭先生……」
鷲尾教頭は振り返り、職員室中に響くように言った。
「先生方、私は文化祭の開催に問題はないと思うのですが、異論はありますか?」
お願い。
お願い。
届いて!
「問題ないと思います! このまま生徒会に進めてもらいましょう」
そう言ったのは神崎先生だ。
他の先生もみんな、うんうん、と頷いている。
「では、反対意見もないようですので、今年度の文化祭の開催を認めます。生徒会のみなさんは引き続き、準備をよろしくお願いします」
鷲尾教頭が聞いたことないくらい穏やかな口調でそう言うと、私は全身の力がふっと抜けてしまった。
よろめく私を、智也がガッと肩を掴んで支えてくれる。
「わっ」と、変な声が出た気がした。
智也が近い!
「聖羅、よくやったな。ほら、最後だ」
「う、うん」
私はなんとか唇を噛んで、深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
声が、少し裏返ってしまったが、そんなことはどうでもよかった。
智也、みんな、
――ありがとう。
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