21話 デートしてくる!
文化祭開催の是非を決める職員会議まで、残り一週間。
その間に、生徒会で進めた作業は主に二つあった。
一つ目は、職員会議で使うプレゼン資料の作成。
職員会議では先生方を相手に、生徒会として安全に文化祭を執り行えることを説明し、納得してもらわなければならない。
あの鷲尾教頭が目を通すのだ。生半可な資料では到底満足してもらえない。
だが、その点について、俺はあまり心配していなかった。なぜなら、資料を主に担当する書記と会計は非常に優秀だからだ。
紺野は、生徒会に入ったときに言っていた通り、平然とプレゼンソフトを使いこなしていた。
見やすい図表の整理も、スライド全体の構成も、ほとんど紺野の仕事だ。
そして、千景が作った発表用の原稿も、すでに出来上がっている。
先生相手でも不自然にならない言い回しに整えられていて、書記としての仕事ぶりに抜かりはなかった。
二つ目は、文化祭当日の安全対策の整理だ。
パンフレットが完成したあと、俺は空いた時間を使ってそっちを進めていた。
火を使う模擬店の確認、混雑しそうな場所の導線、巡回担当、緊急時の連絡経路――細かいところは山ほどあったが、逆に言えば、そこさえ詰めてしまえば職員会議で突っ込まれる材料はかなり減る。
こればかりは中学のときの生徒会長としての経験で、俺が引き受けた。
本来は聖羅や優乃に任せるべきなんだが、とにかく時間が足りない。
聖羅にはプレゼン発表があるからそっちの練習に時間を費やしてもらった。
「――よし。じゃあ、今日はプレゼン発表の練習を『通し』でするぞ」
生徒会室の長机の上にはノートパソコン、印刷した資料、付箋、ペン、そして優乃が用意してくれた飲み物のティーカップが所狭しと並んでいる。
「ついに本番形式ということだな!」
聖羅が小さく拳を握る。
金色の髪を揺らしながら、きらきらした笑顔を向けてくる。
気合十分。
やる気満々。
表情だけ見れば、今日にも職員会議を突破してきそうな勢いだ。
「プレゼン用のスライド作り、とても大変でした……」
紺野がパソコンを虚な目で眺めながら、ぼそりと呟く。
「わかってるよ。お前は本当によくやってくれた」
資料の見やすさはほぼ紺野の仕事だ。グラフや表の整え方が上手すぎて、文化祭のプレゼンにしては無駄に説得力がある。
そして、少し離れた席で千景が資料に目を通している。
今やすっかり生徒会にも馴染んでいるようだ。
書記として、パンフレットの編集、プレゼン原稿の作成、本当に素晴らしい仕事をしてくれた。
「千景、最終確認どうだ」
「……見た。大丈夫」
そう言って、短い返事をする千景。
だが、こいつの「たぶん大丈夫」は、かなり信用できる。
「よし、じゃあ始めるぞ」
俺がパンパンと手を叩くと、
「聖羅ちゃん、頑張って!」
優乃は手をメガホンみたいにして声を出す。
ここ最近の優乃は、全員の補助役に徹してもらっていた。
資料の受け渡しをしたり、飲み物を用意したり、空気が張り詰めすぎたら場を和ませていた。
ゲームで言えば、完全に回復担当。
いてくれるだけで、みんなが安心して仕事に集中できる。
文化祭準備も生徒会としてはいよいよ大詰め。
ここまで積み重ねてきた準備は、全部このプレゼンのためにある。
あとは聖羅が本番でヘマさえしなければいけるはずだ……。
「聖羅」
「なんだ智也?」
「最初に言っておく」
「うん?」
「勢いで余計なことを言うなよ」
「なんで最初からそんな信用ないんだ!?」
「実績があるからだ」
「ぐっ……!」
ある。
めちゃくちゃある。
聖羅は緊張で噛むタイプじゃない。むしろ逆。
緊張すると妙な方向にテンションが上がって、普段なら言わない余計な一言を足したりする。
しかも本人に悪気がない分、修正が難しい。
それは選挙戦のとき、織り込み済みだ。
「本番の流れは職員会議と同じ想定でやる。最初に聖羅が全体説明。途中の数字や実施体制の補足は、必要に応じて優乃と紺野がフォロー。千景は聞き手側で、気になったところを遠慮なく止めてくれ」
みんながそれぞれの配置についた。
「よし。始めろ」
俺がそう言うと、聖羅は一度だけ深呼吸した。
そして、資料を胸の前で軽く持ち直し、顔を上げる。
「本日は、今年度文化祭の開催に向けた準備状況と、安全対策についてご説明します」
――声は、よく通っている。
はっきりしていて、聞き取りやすい。
表情も硬すぎないし、視線も下がっていない。
普段はポンコツなのに、前に立つとやっぱり華がある。
だからこそ、周りはつい期待してしまうのだろう。
「まず、今年度の文化祭は、各クラス・各部活動の企画内容を精査し、例年よりも安全性と実現性を重視して準備を進めています」
うん、いいな。
「また、模擬店の配置についても、来場者の流れと避難導線を考慮し、混雑を防ぐための――」
そこも問題ない。
資料の切り替え。説明のテンポ。
紺野が作った図も見やすいし、千景が整えた言い回しも自然だ。
そのまま中盤までは、かなり順調だった。
「――以上のように、今年度の文化祭は、ただ楽しいだけではなく、安心して楽しめる文化祭を目指して準備を進めています」
原稿を見ると最後は「ご審議のほど、よろしくお願いいたします」だ。
なんとかなりそうだな。と、思ったのも束の間――
「なので、ぜひ先生方にも安心して、私たちの本気を見届けていただければと思います!」
「ストップ」
「えっ!?」
「ダメだ」
「どこがダメなんだ!?」
「最後に熱血スポ根みたいな締めを足すな」
「ええええっ!?」
「いいか、聖羅。職員会議は感動の最終回じゃない。必要なのは、熱意よりも『この計画なら通しても問題ない』って思わせることだ」
「だってみんなでここまで頑張ってきたんだぞ!? 最後くらい、先生たちにも本気をぶつけたい!」
「気持ちは分かる。でも、それを前に出しすぎると『勢いで押し切ろうとしてる』って思われるぞ。もう一回、最後だけ」
「はい……」
納得は……していないようだが、聖羅が渋々と原稿通りに読んできれいに締めた。
「よし。オッケーだ」
まだ最初の通しが終わっただけだが、手応えは悪くない。
……いや。
悪くないどころか、思っていたよりずっといい。
少なくとも、発表者としての見栄えは十分に戦える。
問題は、ここから先だな。
「じゃあ次、質疑応答いくぞ」
俺がそう言うと、さっきまで和んでいた空気が一段引き締まった。
反対寄りの先生がいれば、細かい穴を突いてくる。
曖昧な返事をすれば、それだけで不安材料になる。
「飲食系の模擬店で火気を使用する場合、具体的にどのような安全管理を行いますか?」
俺の質問に、聖羅は一瞬だけ考えてから答えた。
「はい。火気を使用する模擬店については、事前に使用機材を確認し、設置場所と周囲の安全距離を確保します。また、担当生徒への注意事項の周知と、当日の巡回確認を――」
「誰が?」
「え?」
「巡回確認は、誰がやる」
「あ……」
聖羅が言葉に詰まる。
そう。
そこが大事だ。
やります、確認します、気をつけます――その手の言葉は、具体性がなければ意味などない。
「生徒会……です」
「雑」
「うっ……」
「誰が、どの時間帯に、どういう基準で見るのか。そこまで言えないと」
「……はい」
しょんぼりしつつも、聖羅は手持ちの資料にメモを取る。ちょっと意地悪で難しい質問だが、あの小難しい鷲尾教頭なら絶対に聞いてくるであろう質問だ。
「聖羅、俺が作った安全対策マニュアルはよく目を通しておけ。文化祭は安全第一だ。先生たちも必ず気にするところだから」
「……うん。わかった」
ちょっと自信喪失といったところか……。
さっきまでの自信満々の態度がすっかり消えて、不安を隠せていない。
「まぁ、一回目の練習としては上出来だ。これから質疑応答を中心に詰めていこう」
「わかった! じゃんじゃん質問してくれ!」
「よし。じゃあ次の質問だ――」
少しだけ元気になった聖羅を相手に、俺は本番で想定される質問を続けた。
気付けば陽は沈み、窓の外には夜の帳が下りていた。
「――今日はここまでだな」
張り詰めていた生徒会室の空気がふっと緩み、みんなの表情からも少しずつ緊張が抜けていった。
「お、おつかれさま……」
聖羅は机に突っ伏すように座り込んだ。
「これ以上やったら聖羅が干物になるからな」
「もう干からびてる……」
さすがに、今日はだいぶ堪えたらしい。
「資料も原稿もできてる。今日は通しで流れを確認できただけで十分だ」
「うん……」
「詰め込みすぎても逆効果だし、今日は終わりにしよう」
聖羅は少しだけ唇を尖らせたあと、しぶしぶ頷いた。
「……わかった。じゃあみんな、片付けて今日は解散だ」
会長の一言で、それぞれが帰り支度を始める。
俺も机の上の資料に手を伸ばしかけたところで、
「智也くん」
優乃がそっと近づいてきた。
「片付けは私たちでやっておくから、聖羅ちゃんのことお願い」
「……俺が?」
「うん。今の聖羅ちゃん、たぶん一人で帰らせないほうがいいから」
ちらりと視線を向けると、聖羅はまだ資料を見つめたまま、小さく唸っていた。
「……ちゃんと答えられなかった」
思ったより、引きずってるな。
横で紺野も小さく頷く。
「ここは僕たちでやります。金城先輩のこと、お願いします」
「……ん。任せて」
千景まであっさり乗ってきた。
完全に包囲網だな。
「……わかったよ」
俺はため息まじりに聖羅の前まで行く。
「聖羅」
「……なんだ、智也」
「今日はもう終わりだ。帰るぞ」
「でも、まだ――」
「ラーメン食いに行こうぜ」
「行く!!」
さっきまで沈んでいたのが嘘みたいな勢いで、聖羅が顔を上げた。
現金なやつだ。
鞄をひっつかんで立ち上がった聖羅は、さっきまでのしょんぼり顔なんてどこへやら、妙に得意げに胸を張る。
「ふふん。では行くぞ、智也」
「なんでお前が偉そうなんだよ」
背後から、優乃がくすっと笑う声がした。
「いってらっしゃい、二人とも」
「……聖羅姉、ずるい」
千景の言葉にも聖羅は明るくこたえた。
「デートしてくる!」
「デートちゃう。ラーメンだ」
俺はそう言いながら、生徒会室の扉を開ける。
「行こう! 智也!」
「はいはい。今行きますよ……」
廊下の空気は少し冷たかったが、隣から聞こえる足音は妙にうるさくて――そのくらいが、今はちょうどよかった。
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