20話 私の居場所
写真部の一件を終え、私――紫藤千景と智兄は生徒会室へ戻るために並んで歩いていた。
特別棟の廊下から見える空は、夕陽が沈みかけている。
差し込む朱色の光が、廊下も壁も、隣を歩く智兄の横顔までやわらかく染めていた。
智兄は、さっき写真部から受け取った紹介文に目を落とし、少しだけ嬉しそうに口元を緩めている。
「智兄、なに笑ってるの?」
「ん? いや、千景が書いた紹介文、いいなと思ってさ」
「……そう?」
「ああ。よく書けてる。頑張ったな」
頭の上にポンポンっと優しい衝撃が走る。
なんだか子ども扱いされてるような気がしたが、嫌ではなかった。
「でも、あれ……私が勝手に書いただけ」
「相手が言いたいことを、ちゃんと汲んで、伝わる形にするのって難しいんだ」
そう言って、智兄は昔を思い出すかのように窓の外に目をやる。なにかを後悔しているような、寂しげな瞳だ。
智兄のそんな顔は見たことがない。
――智兄もなにかを汲んで欲しいのかもしれない。
そんな気がした。
「智兄?」
「あぁ、ごめん。なんでもないんだ。千景がいてくれてよかったよ」
そう言って智兄は下手くそに笑う。
「私、役に立てた?」
私の疑問に、智兄は「何言ってんだ?」と、当然のように言う。
「当たり前だろ。やっぱり千景はすごいよ。文章を作るなら、千景が一番だ」
智兄はこんなときに嘘はつかない。
変に誤魔化したりもしない。
正直な感想なのだ。
そっか。私でも、できることはあるんだ。
私はずっと、静かにしているほうが向いているんだと思っていた。
図書室で本を読んでいる時間は落ち着くし、一人でいるのは嫌いじゃない。
智兄の隣にいるのも安心する。
聖羅姉の隣も、少し眩しいけど、嫌じゃない。
でも、今日――
写真部の二人は、私の言葉を受け取ってくれた。
「ありがとう」って言ってくれた。
それが、ずっと耳の奥で鳴り響いている。
図書室は、落ち着く場所だ。
静かで、誰にも急かされなくて、本に囲まれていられる。あそこにいると、私は私のままでいられる。
でも。
今日、私の胸を熱くしたのは、静かな本棚のあいだの物語の世界ではなかった。
誰かの言葉を受け取って。
それを形にして。
また誰かに届ける。
そうして、誰かの役に立てたときだ。
智兄の隣で。
聖羅姉の隣で。
あの生徒会の仕事の中で。
――それができるのかもしれない。
気づけば、生徒会室の前まで戻ってきていた。
智兄が扉に手をかけようとして、ふと私を見る。
「千景?」
私は制服の裾をぎゅっと握った。
少しだけ、緊張する。
でも、不思議と逃げたいとは思わない。
まだ少し緊張する相手もいる。
けれど、それでも。
「……智兄」
「ん?」
私は一度だけ深く息を吸って、顔を上げた。
「私、生徒会に入りたい」
智兄が、少しだけ目を見開く。けれど、すぐにいつもの優しい顔で笑った。
「そっか」
大げさに驚きもしない。無理に褒めたりもしない。
まるで、私がそう言うことを最初から分かっていたみたいに。
少しだけ悔しくて、少しだけ嬉しい。
「書記、やる」
「そうか。じゃあ、自分の口で伝えてみな」
たったそれだけのやり取りなのに、胸の奥でなにか燃えてるように熱くなる。
智兄が扉を開けると、紺野が必死に紹介文をチェックしていた。
聖羅姉も優乃先輩も戻ってきてる。
「智也、千景、おかえり」
聖羅姉がそう言って私達を迎えてくれる。
「二人ともおかえりなさい」
優乃先輩はいつものように柔らかに笑って、飲み物を準備してくれている。
香りからして、紅茶だ。
「ちょっとぉ! 遅いですよ!」
紺野はなにか怒ってる。うるさい。
「あの……みんなに話が……」
みんなが作業の手を止めて、一斉に私を見る。
ドキドキするけど、ちゃんと自分で言わないと……。
そのとき、智兄がトンっと、背中を優しく押してくれた。
「大丈夫だ。千景の言葉なら、ちゃんと届く」
その一言で、不思議なくらい肩の力が抜けた。
私はもう一度だけ深く息を吸って、覚悟を決める。
「あの……私」
一瞬だけ喉が詰まる。
でも、逃げない。
「私、生徒会に入りたいです」
生徒会室が、ほんの一瞬だけ静かになった。
次の瞬間。
「ほ、本当か!?」
一番最初に声を上げたのは、やっぱり聖羅姉だった。
椅子をガタンと鳴らして立ち上がると、勢いそのままに私の両手を掴んでくる。
「千景!? 本当に!? 嫌々じゃなくて!?」
「そんなわけないよ。聖羅姉の……みんなの役に立ちたい」
「うっ」
そう言うと、聖羅姉の顔がぱあっと明るくなった。
「やったぁぁぁぁっ!」
「会長、声大きいですよぉ!」
紺野が文句を言う。うるさいのはどっちもだ。
けれど、優乃先輩はくすくすと笑いながら、どこか嬉しそうに目を細めていた。
「ふふっ。よかったね、聖羅ちゃん」
「う、うん……! すごく嬉しい……!」
聖羅姉は本当に泣きそうな顔で笑っていた。
そんなに喜ばれると、少しだけ困る。
私はそっと、智兄のほうを見る。
智兄は騒がしいみんなを見ながら、少しだけ肩をすくめて笑っていた。
少し騒がしくて。
少し眩しくて。
でも、あたたかい。
智兄がいて。聖羅姉がいて。私の言葉を、ちゃんと受け取ってくれる人たちがいる場所。
この生徒会室が――
きっと、私の新しい居場所だ。
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