19話 千景の仕事
写真部の部室は、特別棟の二階の端にあった。
だいぶ奥まった場所にあるせいか、廊下は妙に静かだ。
「……ここ」
隣を歩く千景が、『写真部』と書かれたプレートを指差す。
その下には、去年の文化祭で撮ったらしい写真が何枚か飾られていた。
ステージの上で笑う軽音部。
たこ焼きを頬張る女子生徒。
中庭で談笑する生徒たち。
夕焼けの校舎。
どれも文化祭の写真としては一般的だが、不思議と目を引く写真だった。
「……なんかいいな」
「うん。いい写真」
俺が扉をコンコンっとノックすると、
「は、はい……どうぞ……」
と中から弱々しい声が聞こえた。
中は想像よりずっと狭い。
古い机が二つ、壁際に棚、隅には三脚とカメラバッグ。
そして壁一面に、部員たちが撮ったのだろう写真がびっしり貼られている。
部員は二人。
一人は一年の男子。たぶん聖羅が言っていた、紹介文を書けずに困っている子だろう。
もう一人も一年の女子。腕を組んで困ったようにこちらを見ていた。
……部長が休んでる状態で二人。
部長を入れても三人。
限界集落ならぬ、限界部活である。
「生徒会の黒瀬です。紹介文の件で来ました」
「あっ、す、すみません……!」
一年の男子が、椅子から飛び上がるみたいに立ち上がった。
「ちょ、ちょっと大嶺、落ち着いてって……!」
隣にいた女子部員も慌てて立ち上がり、男子の袖を引っ張る。
「すみません。写真部の小泉です。こっちが大嶺で……その、紹介文のことで困ってて……」
「落ち着いて。怒りに来たわけじゃないから」
「は、はい……!」
それでも、大嶺と呼ばれたその男子部員はどこか落ち着かないように視線を泳がせる。
無理もない。
生徒会の人間がわざわざ部室まで来たら、そりゃ「提出遅れで怒られるやつか?」って身構える。
「大嶺くん……」
その時、俺の後ろで気配を消していた千景が、ひょいと顔を覗かせた。
俺の後ろからひょいと現れた千景を見て、写真部の二人はそろって目を丸くした。
そういえば、千景は一年生の間で有名だったな。
「紫藤さん!?」
「千景、知り合いか?」
「うん。大嶺くんはクラスメイト。話したことはないけど」
「それ知り合いって言うのか……?」
思わず突っ込むと、千景は無表情のまま首を傾げた。
「同じクラスだから、知ってる」
「定義が雑なんだよ」
だが、そのやり取りのおかげか、大嶺の強張っていた表情がほんの少しだけ緩んだ。
「え、えっと……紫藤さんも、生徒会なんだ……?」
「違う。お手伝い」
短く答える千景に、大嶺くんは「そ、そうなんだ……」とあっけにとられていた。
まあ、たしかにその反応になるよな。
俺は苦笑しながら、机の上に置かれた提出用紙へ視線を落とす。
クラスや部活名の欄は埋まっているのに、紹介文の欄だけが空白になっている。
正確には、真っ白ではない。
何か書いては消し、また書いては消した跡が、うっすらと残っていた。
書こうとはしたってことか。
「えっと……部長が体調崩しちゃって、今日休みで……」
小泉さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いつも提出物は、部長がまとめてくれてたんです。でも今回は急だったし……」
「それで、代わりに僕が書くことになったんですけど……」
大嶺くんは、机の上の紙を見て、しゅんと肩を落とした。
「どう書けばいいのか、全然わからなくて……」
「まあ、いきなり任されたら困るよな」
「すみません……」
「とりあえず、話を聞かせてくれ。何をやる部活なのか、文化祭で何を見せたいのか。それが分かれば、どう書けばいいか一緒に考えられる」
「は、はい……!」
俺が座ると、千景はその隣にちょこんと立ったまま部室の中を見回していた。
壁の写真を、食い入るようにじっと見ている。
「で、写真部って、文化祭では何やるんだ?」
「展示です」
大嶺くんが慌てて答える。
「これまで撮った写真を飾って、あと、当日も校内を回って撮影して……」
「へえ。ちゃんと活動してるじゃないか」
「い、いや……人数少ないですし、そんなにすごいことは……」
自信なさげに視線が落ちる。
その横で、小泉さんも俯いてしまう。
「部長も、写真部はこういう時に見てもらえるのが大事だって言ってて……」
「なるほど」
それはたしかにそうだ。
普段の活動って、外から見えにくい。
でも文化祭なら、展示という形で一気に見てもらえる。
数少ない表に出る機会なわけだ。
「人数少ないからこそ、こういう時に見てもらいたいんです」
小泉さんが静かに言った。
「写真部、去年までは部長一人しかいなくて……新入部員が入らなかったら、今年で廃部って言われてたみたいです」
「だから、春の部活見学の時、部長が自分で撮った写真をたくさん見せてくれて」
小泉さんは、壁に貼られた写真へ目を向けた。
「その時に、私、入部したいって思ったんです」
「僕もです」
大嶺くんが、慌てて頷く。
「体育祭の写真とか、中庭の写真とか……なんか、すごくて」
「すごくて、って言い方が雑だな」
「す、すみません……!」
「いや、分かるけど」
大嶺くんは少し恥ずかしそうに視線を泳がせてから、言葉を探すように続けた。
「見てるだけなのに、その時の音とか、空気まで伝わってくる感じがして……。そこにいたわけじゃないのに、なんか、ちゃんと覚えてるみたいな気がしたんです」
小泉さんが、静かに言葉を継ぐ。
「私たち、部長の写真がすごく好きなんです」
二人の言いたいことはなんとなく分かる。
ここにある写真は、部長やこの二人にとってかけがいのないものなんだろう。
俺がどう言葉にしようか考えていると――
「……これ」
千景が、壁に貼られた一枚の写真の前で立ち止まった。
体育祭だろうか。
ゴールテープを切る瞬間の写真だった。
写っているのは、選手だけじゃない。
その奥で、手を伸ばす仲間。
応援するクラスメイト。
転びそうになりながらも走る別の生徒。
画面の隅にまで、いろんな熱みたいなのが詰まっていた。
千景は、その隣の写真にも目を向ける。
文化祭の屋台で笑う女子生徒。
中庭で演奏する軽音部。
夕暮れの校舎を背に片付けをする生徒たち。
どれも、主役が誰なのか一言では言えない写真ばかりだった。
「千景?」
俺が呼ぶと、千景は写真から目を離さず、小さく呟いた。
「……この部活、写真を撮ってるんじゃない」
大嶺くんと小泉さんが、同時にきょとんとする。
「え?」
千景は少しだけ間を置いてから、静かに言った。
「……みんなの、『今』を残してる」
部室が、一瞬しんと静まった。
俺も、思わず壁の写真を見た。
――ああ。
そうか。
たしかに、そうだ。
この部の写真は、ただ上手い構図だとか、綺麗な景色だとか、そういうものじゃない。
その瞬間、その空気、その場にいた誰かの時間を、ちゃんと閉じ込めてる。
「……そうか」
大嶺くんが、ぽかんと口を開けた。
「それ、です……」
「え?」
「たぶん、僕が言いたかったの、そういうことです……!」
大嶺くんは机に置いてあった一眼レフのカメラを手にとり、大事そうにメモリの写真を見せてきた。
「写真を撮る瞬間って、その時はすぐ終わっちゃうけど……あとで見返せるし……『こんなことあったな』って思い出せるし……」
隣で小泉さんもこくりと頷く。
「部長も、よく言うんです。『写真は、その日の大切な思い出を残せる』って」
「じゃあ……」
写真を見ていた千景が俺の横でそっと提出用紙を引き寄せ、ペンを取った。
「こんな感じでどう?」
さらさらと紹介文の欄に書き込んでいく。
⸻
写真部では、さまざまな瞬間を写真に収め、かけがえのない思い出として残します。
展示写真では、何気ない一瞬やみんなの笑顔、そして、今しかない時間を切り取った一枚一枚をぜひご覧ください。
⸻
「……あ」
大嶺くんが、紙を覗き込んで目を見開く。
「これです」
その声は、さっきまでよりずっとはっきりしていた。
「僕が言いたかったのは、これです……!」
「うん、いいと思う」
小泉さんも納得したように、何度も頷く。
「部長も、たぶんこれ見たら喜びます」
隣の千景はいつもの無表情を崩し、少しだけ微笑んでいた。
「ありがとうございます……!」
大嶺くんは、今にも机に頭を打ちつけそうな勢いで頭を下げた。
「え、えっと……紫藤さん」
大嶺くんが、おそるおそる声をかける。
「その……すごかったです。僕たち、自分たちでやってることなのに、うまく言えなくて……」
「でも、さっきの一言で、なんか……すごくしっくりきました」
「ありがとうございます」
小泉さんも、丁寧に頭を下げた。
千景は、ふいっと少しだけ顔を逸らす。
「……別に」
耳が、ほんの少し赤い。
分かりやすいな、おい。
「でも……」
千景は小さく、言葉を続けた。
「……ちゃんと書きたいから、止まってただけ。だから、悪くない。きっと素敵な展示になる」
「はい! 準備頑張ります!」
用件を済ませ、俺たちは写真部を後にする。
廊下に出ると、写真部の室内からは二人だけの賑やかな声が聞こえた。
「千景」
「……なに」
「今の、よかったぞ」
「……普通」
「普通であれなら、世の評論家は失業だな」
「大げさ」
そう言いながらも、千景は少しだけ歩幅を緩めた。
その横顔はいつも通り無表情――に見えて、ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
たぶん、役に立てたのが嬉しかったんだろう。
……まあ、俺もだけど。
「よし、戻るぞ。紺野がたぶん泣きながら紹介文と格闘してる」
「やってなかったら、たこ殴り」
「まだ引っ張るのか、それ」
思わず吹き出しそうになりながら、俺たちは生徒会室へと足を速めた。
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