2話 泣きついた生徒会長
玄関のドアを開けると、俺は思わず言葉を失った。
「……聖羅、どうしたんだよ」
そこに立っていたのは、いつも根拠のない自信で胸を張っている聖羅ではなかった。
髪は少し乱れ、部屋着で出てきたのか、上下黒のスウェットにカーディガンを羽織っている。
いくら家が近所とは言え、あまりにも無防備だ。
コンビニじゃないんだぞ……。
「智也ぁ……」
俺の顔を見た途端に――ぽろっ、と大粒の涙がこぼれた。
「うわあぁぁん」
小さな子どもみたいな泣き声を上げると、俺の胸に顔を押し付けてくる。
お風呂上がりなのだろうか、シャンプーのふんわりした香りが鼻をくすぐった。
「うおっ!? ちょ、おま――なんだ!?」
「むりぃ……もう無理だぁ……」
近所迷惑になるからと、俺はとりあえず聖羅を抱えたまま家の中に引きずり込んだ。
周りから見たら、泣いてる女の子を連れ込んでるやばいやつだ。
「ほら入れ! 外で泣くな!」
「うぅ……ごめん……」
ソファに座らせると、聖羅は両手で顔を覆ったまま嗚咽を漏らした。
生徒会長就任から約二週間、まさかここまで追い詰められているとは。
俺はケトルでお湯を沸かし、カモミールティーを淹れてやった。
花のようなほのかに甘い香りがたちのぼる。
気持ちを落ち着かせるときはこれが一番だ。
「ほら、これ飲め」
「……ありがとう」
聖羅は俺が差し出した紅茶をズズズとすすると、少しホッとしたのか、涙は止まっていた。
「……で? 何があった?」
数秒の沈黙を経て、聖羅は話し出した。
「せ、生徒会が……回らないのだ……」
「は?」
「生徒会役員が集まらなくて、困っている」
「まずそこかよ!? なんでだ? 聖羅は人気あるから人なんてすぐ集まるだろ」
「それが……めぼしい人材に声をかけても、みんな私と仕事をするのは出来ないと言うのだ」
「どうして?」
「私が提示した……新生徒会の方針が……その……」
「方針?」
「文化祭を過去最高規模にする、とか……全生徒満足度向上計画とか……」
「……それは具体的に何をやるつもりだったんだ?」
「全部だ」
「全部!?」
「出店数増加、予算最適化、動線改善、安全基準の見直し、広報強化……」
「待て待て待て」
「みんな……仕事量を聞いた瞬間に……」
「逃げたのか」
「逃げた……」
なるほど、聖羅の能力にはとても見合っていない。
高すぎる理想が裏目に出たということか。
今、目の前にいる聖羅と学校にいるときの聖羅は全くの別人だ。
月とスッポン……いや、女神と迷子の子犬くらい違う。
それぐらい今の聖羅は弱々しい。
「それだけでは……ないのだ……」
「まだあるのか?」
聖羅は俯いたまま、消え入りそうな声で言った。
「文化祭が……中止になるかもしれなくて……」
「……は?」
「前の生徒会の引き継ぎがぐちゃぐちゃで……予算も、申請も……何も通ってなくて……」
聖羅の握られた拳が膝の上で悔しそうに震えていた。
前の生徒会といえば、会長は就任した当初、真面目そうな先輩だった。
だが、他の役員がパリピみたいで、どんどん垢抜けてるような印象だったな。、
「先生たちが……このままでは開催できないって……」
「なん……だと……」
俺は耳を疑った。
もし文化祭が中止になれば、学校中が大騒ぎになる。
うちのクラスの出し物だって白紙だ。
俺が提案したメイド・執事喫茶も消える。
……それはそれで、個人的にもかなり困る。
可愛い女の子達のメイド姿が見られない……だと……。
「それは……まずいな」
しかも文化祭は体育祭、球技大会と並んで人気のある行事だ。
その文化祭が開催されないとあれば生徒会への不信は必然。いくら前の生徒会が悪いとはいえ、現生徒会長である聖羅への不満も高まるはずだ。
「……智也」
「ん?」
「恥を承知で頼みたい……私を……生徒会を助けてくれないか? もうお前しか頼れないんだ……」
「いや、でも俺は……」
生徒会には入りたくない。
「もし無事に文化祭が開催できたら、なんでも言うことを聞く」
「な、なんでも!?」
「ああ。なんでもだ」
美少女の口からなんでもという言葉が飛び出すと、俺の脳内では妄想が爆発した。
「エ、エッチなお願いとかでも?」
俺がそう言うと、聖羅は一瞬目を丸くしたが、すぐに歯を食いしばる。
「智也が望むなら……」
俺は自分用に淹れたコーヒーを一口飲むと、大きく息を吐いて心を落ち着かせた。
さっきは変なことを口走ってしまったが、聖羅は幼馴染だ。小さい頃から知ってる、兄妹みたいなものだ。
弱みに付け込んで、自分がとんでもないことを口にしたことを後悔した。
聖羅は俯きながら続ける。
「なぁ智也……私は……会長に……向いてないのだろうか……」
……こんなに弱ってる聖羅を見るのは久しぶりだ。
いつもの勉強とか、スポーツとかそんな悩みは些細なことだ。
こいつは今、真剣に生徒の代表として悩んでる。
もがいて、苦しんで、必死になってここへ来たのだろう。
……さすがに泣いてる女の子を見捨てるほど、俺の性根は腐ってなどいない。
幼馴染だからってわけでもないが、困っていて、こんな姿を見せられたら、俺だって黙ってはいられない。
「安心しろ、聖羅」
俺はソファの背もたれに寄りかかりながら、自分用に淹れたコーヒーを一口飲んだ。
「お前は向いてる」
「ほ、ほんとうか?」
「ああ。お前はポンコツだけど」
「ひ……ひどいぞ!」
「でもな、根性だけは本物だ。まだ諦めてないんだろ? だからここへ来たんじゃないのか?」
俯いていた聖羅がようやく、凛とした表情を見せる。
「……智也」
「だから泣くな」
頭をポンポンと軽く叩いてやった。
少し乱れた金髪がピョコピョコと跳ね返してくる。
「俺も手伝うよ」
うるうると、聖羅の瞳にまたも雫が溢れ出して――、
「うわああああん智也ぁぁぁ!!」
再び抱きついてくる聖羅。今度は両腕を俺の背中まで回して、ぎゅうぅぅっと締めつけてきた。
「お、おい! 落ち着け! く、苦しい!」
「どうしたんだぁぁ、今日は優しいじゃないかぁぁ……!」
「今日はってなんだ! 普段から優しいだろ俺は!」
「えっ」
「そこで真顔になるな! 地味に傷つく!」
ひとしきり泣いて騒いで、ようやく落ち着いたと思ったら、今度は聖羅が俺の袖をきゅっと掴んだ。
「……今日は、泊まっていいか?」
「ダメに決まってるだろ」
「むぅ……」
「むぅ、じゃない」
「昔はよく泊まったじゃないか!」
「それは小さい頃の話だろ!」
あまりの警戒心のなさに俺はため息を漏らした。
「……送ってく。今日はそれで我慢しろ」
「むぅぅ……」
不満そうに唇を尖らせながらも、聖羅は頷いた。
帰り道の聖羅はもう泣いてなどいなかった。
けれども歩いている最中も俺の腕にしがみついて離さなかった。
まだ、不安は拭いきれていないのだろう。
ただ、少し肌寒くなってきた秋夜の道を歩くにはちょうどいい暖かさだ。
「智也、ありがとう……」
「いいよ。幼馴染だからな」
――明日から、忙しくなりそうだ。
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