1話 ポンコツ生徒会長
「黒瀬くん、ここなんだけどね」
「ふむふむ。えーっと……ここはだな」
授業も終わり、放課後に教室で勉強をしていた俺――黒瀬智也は同じクラスの女の子から勉強を教えて欲しいと頼まれた。
クラス委員として、さらに学年でも成績優秀な俺に声をかけられることはよくあることだ。
なんでも、数学で分からないところがあるらしい。
分かる範囲で教えると、女の子は声を弾ませて喜んでくれる。
「黒瀬くんやっぱりすごいね!」
高校二年の夏休みが終わり、少しずつ打ち解けてきたクラスメート達からは頼りにされている……と思う。
「わりと、勉強は得意なんだ」
「うらやましいな。うちの高校って授業難しいよね。私、ついていくだけで、精一杯だよ」
「まあ進学校だからな。また分からないところがあったら相談に乗るよ」
「ほんとに!? ありがとう!」
女の子はそう言うと、少し遠慮がちに尋ねてくる。
「ねえねえ。黒瀬くんは付き合ってる人とかいないの?」
「どうしたんだいきなり?」
「いや、金城さんと付き合ってるのかなって……」
この子が言っているのは、俺のクラスメートであり、幼馴染である金城聖羅のことだ。
「俺が? どうしてあいつと?」
「よく二人で話してるし、仲良いよね。それで……ちょっと気になっちゃって」
口ごもる彼女に俺はできるだけ、なんでもないように返す。
「ただの幼馴染なんだよ。なんでか知らないけど、小学生からずっと同じクラスなんだ。もはや呪いだよ」
「ふふ。なにそれ。呪いなんて言ったら罰が当たるよ。あの金城さんだもん」
「あの……ねぇ……」
「勉強も運動もできるし、それに生徒会長で――」
「へぇ……」
「憧れるよね。金城さん」
うっとりしているところ、申し訳ないが、この子は聖羅の本当の姿を知らない。
あいつは、テスト前になると俺の家に上がり込んできて、「智也ぁ……分からない……」と半泣きでノートを差し出すし、体育で恥をかきたくない種目があると、「できるまで教えてくれ!」と夜まで付き合わされる。
超がつく程の負けず嫌いで、意地っ張り。
――要はめんどくさいやつなのだ。
「君だって可愛いじゃないか、彼氏とかいないの?」
「もう黒瀬くんたら! 煽ててもなにもないよ? 彼氏は……いないよ」
なにかを期待させるような甘い声色。
高校生の男女の仲というのは、こうやってある日突然、進んでいくものなのだろう。
しかし、女の子は廊下の方に視線をやると、ワナワナと震え出した。ふと、俺も廊下側から殺気のような鋭い視線を感じたので、チラと見てみる。
「げっ……」
噂の金城聖羅が扉の窓から顔だけ出して不機嫌そうにこちらを見ていた。
「あはは……黒瀬くん、勉強教えてくれてありがとね。私、そろそろ帰らないと!」
そそくさと教室を出ていく彼女に、俺は軽く手を振って別れを告げた。
女の子が帰ると、聖羅がこちらに向かってズカズカと近づいてくる。
トレードマークの長い金髪がサラサラと揺れて、陽の光を掬い上げるみたいに輝いて見えた。
「智也、なにをしていたんだ?」
「なにって、勉強教えてただけだぞ? 頼まれたからな」
「ふーん。そうか……ならいい」
なにがいいのか知らんが、こいつはいつもこうだ。
俺が女の子と話してるだけなのに、いつも突っかかってくる。
「全然よくないぞ。せっかくの素敵な出会いが台無しだ」
俺は持っていたペンをクルリと回し、聖羅を指す。
「私がいるから、いらないだろ」
ニコッと返された……。
やっぱり呪いだ。
「ところで、俺と話してる時間あるのか?」
「うん? なぜだ?」
「生徒会、忙しいんじゃないのか?」
「ああ。忙しいぞ! なんたって私は生徒会長だからな」
聖羅はピノキオみたいに鼻をツンと伸ばし、胸を張る。
「……よく言うよ。誰が選挙勝たせたと思ってるんだ」
「なっ!? それは……!」
「演説も討論も全部俺が組んだだろ。対立候補の対策までやったのに」
「う、うるさい! 結果的に勝ったのは私の実力だ!」
「はいはい。それで、メンバーは集まったのか?」
「そのことなんだが……」
さっきまとは打って変わり、今度は妙に塩らしくなる。
「あ、あの、智也も生徒会に入ってくれないか?」
俺たちが通う蒼山高校の生徒会は、会長に役員の任命権がある。
副会長も、書記も、会計も、会長が指名した人間で決まる――もちろん、本人の同意は必要だ。
「俺は生徒会には入らない」
「っ! どうしても?」
「どうしてもだ。俺は生徒会にふさわしくない」
「なにを言ってるんだ! 智也は――」
俺は聖羅の言葉を遮る。
「俺がそんな人間じゃないのは、お前もよく知ってるだろ」
――昔みたいに、全部背負う気はないのだ。
「違う……そんなことは絶対に……」
聖羅は小声でなにか呟いていた。
悔しそうに拳を握る姿がやけに印象的だった。
「とにかく俺はやらない!」
聖羅には申し訳ないが、生徒会なんて、面倒だ。
それに、これ以上、踏み込みすぎるのも良くない。
聖羅のためだでもある。
「んんんん! ……私は諦めないからな」
踵を返して去ろうとする聖羅に、俺は後ろから声をかける。
「聖羅!」
「なんだ……」
「困ったことがあったら言えよ。アドバイスくらいはしてやる……」
今の俺にはこれくらいしかできないが、応援はしてる。
そういった意味で言ったのだが……。
「ふん! 私は生徒会長だ。なにも問題なんかない!」
プンスカ怒りながら出ていった。
俺は一人残った教室でぽつりと呟く。
「……だと良いんだけどな」
――数日後。
俺は自宅マンションのリビングで、ソファに座りながらサブスクで流した適当な映画をBGMにして、特に理由もなくスマホをいじっていた。
「うーん、今日も平和な一日である」
両親は海外赴任中。
自由快適な一人暮らし。
手のかかっていた聖羅も狙い通り、最近は俺を頼らなくなっていた。
あいつは毎日、忙しそうに校内を歩き回っている。
口を交わす回数は前より減ってしまった。
それは少しだけ退屈だが、ちゃんと生徒会長をやろうと必死なのだろう。
真面目だからな。
だが、気になることもある。
最近、少し切羽詰まった顔をするようになってしまったことだ。
俯いて、暗い顔をしているのを何度か見かけた。
ちゃんと……やれてるんだよな?
――ピンポーン。
そんなことを考えていたら、インターホンの音がやけに大きく鳴り響いた。
「誰だよこんな時間に……」
スマホで時間を確認すると、時刻は午後八時だ。
こんな時間に来るやつはろくなものではない。
そもそも、俺の家へ来るような奴なんて、訪問販売か聖羅くらいだ。
……嫌な予感しかしない。
そして大体こういう予感は当たる。
恐る恐る壁に掛かったモニターで外を確認すると……。
「智也ぁ……うぅ……助けてぇ……」
目の端に涙を浮かべた聖羅が立っていた。
「生徒会がぁ……文化祭がぁ……なくなっちゃうぅ!」
幻覚かと思ってモニターを消してもう一度点けてみたが、やっぱり聖羅だ……。
はぁ……。
――俺の平穏は、たぶん今、インターホンと一緒に死んだ。
俺は重い足取りで玄関に向かうのであった。
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