17話 聖羅はちゃんとしたい
「優乃、聖羅はなにやってるんだと思う?」
「会長挨拶文で悩んでるみたいだね」
三日前の会議で、聖羅は確かに言っていた。
――今書いてる。全五ページに及ぶ大作だ。
もちろん即却下した。
文化祭パンフレットの会長挨拶なんて、せいぜい一ページ。
いや、本音を言えば半ページでも多いくらいだ。
文化祭を楽しみましょう、ルールを守って安全に、皆さんの思い出に残る一日になれば幸いです――そのへんをそれっぽくまとめておけば十分だろ。
そう思っていたのだが。
「むむむ……違う。これでは違う……!」
聖羅は真剣そのものの顔で、原稿用紙と睨み合っていた。
何枚目だ、それ。
机の上には、丸められた紙がすでに三つ。
その横には開きっぱなしのノートと、赤ペンと、謎に蛍光ペンまで置いてある。
「……そこまで本気で悩むものか、あれ」
俺が小声で呟くと、優乃は少しだけ視線を柔らかくした
「聖羅ちゃんにとっては、たぶん大事なんだよ」
「形だけの挨拶だろ」
「ううん。たぶん、形だけにしたくないんじゃないかな」
その言葉に、俺はもう一度、聖羅を見る。
聖羅は唸りながらも、何度も書いては消して、また書いている。
ふざけているようには見えなかった。
いや、まあ、五ページ書こうとしてる時点でだいぶふざけてる気もするが。
「おい、聖羅」
俺が声をかけると、聖羅はびくっと肩を揺らして振り向いた。
「と、智也!? いつからそこに!?」
「教室に入ったときからだ。お前の唸り声がうるさくてな」
「う、唸ってなどいない!」
「いや、完全に唸ってたぞ」
「そ、それは……会長としての威厳ある思索の声だ!」
「そんな威厳、初めて聞いたわ」
俺が呆れてため息をつくと、聖羅は慌てて原稿用紙を隠した。
隠すなら最初から机に広げるな。
「み、見るな! まだ未完成なんだ!」
「見ないから安心しろ。どうせ昨日の五ページ案をまだ引きずってるんだろ」
「ぐっ……」
図星らしい。
わかりやすいな、こいつ。
「会議の後、千景に見てもらったんじゃないのか?」
「見てもらったぞ! 三ページまでは圧縮できたんだ」
「一ページにまとめろって」
「無茶を言うな!」
「無茶じゃない。むしろ常識だ」
「私の文化祭への想いは、一ページなんかでは語り尽くせない!」
「語り尽くさなくていいんだよ」
ぴしゃりと言うと、聖羅はぐぬぬ、と悔しそうに唇を尖らせた。
その顔で生徒会長の威厳を主張されても困る。
「そもそも、パンフレットの会長挨拶なんて、最初に目を通す人は少ない。読むとしても流し見だ。長ければ長いほど読まれない」
「なっ……!」
「だから簡潔にしろ。要点だけ伝えろ」
「そ、それは……そうかもしれないが……」
珍しく素直にダメージを受けている。
そこへ優乃が、くすっと笑いながら口を挟んだ。
「でも、聖羅ちゃんが悩んでる理由もわかるよ?」
「優乃まで……!」
「だって、昨日も言ってたもんね。『みんなが最初に手に取るものだから、ちゃんとしたい』って」
その言葉に、聖羅ははっとしたように優乃を見る。
少しだけ恥ずかしそうに、それから小さく頷いた。
「……そうだ。来てくれた人が最初に見るのが、このパンフレットなんだぞ」
原稿用紙を胸元に引き寄せながら、聖羅は言った。
「在校生も、保護者の人も、地域の人も。みんなが最初に手に取る一冊だ。だったら、ただの紙切れみたいなものにはしたくない」
朝の教室は、まだざわざわしている。
クラスメイトたちの雑談や、椅子を引く音や、誰かの笑い声。
そんな日常の音の中で、聖羅の言葉だけが、妙にはっきりと響いてくる。
「今年の文化祭は、私たち生徒会が中心になって作るんだ」
聖羅は少しだけ俯いて、それでも強く続けた。
「だから、最初に渡すものから、ちゃんと『ようこそ』って伝わるものにしたい」
……なるほど。
昨日、あれだけ大真面目に五ページ書くと言い出したのも、ただの暴走ってわけじゃなかったらしい。
いや、暴走ではある。
それは間違いない。
ただ、出力が間違ってるだけで、聖羅が本気なのは理解できた。
「……気持ちはわかった」
「ほ、本当か!?」
聖羅がぱっと顔を上げる。
「でも一ページな」
「なぜそこだけは譲ってくれないんだ!」
「譲る理由がない」
「ううう……!」
「熱意は圧縮しろ。要点を絞れ」
俺は聖羅の机に置かれた原稿用紙を、ひょいと一枚だけ摘まみ上げた。
「あっ、こら!」
「ちょっと貸せ」
さっと目を通すと、一行目から目を疑った。
『蒼山高校文化祭とは、単なる学校行事にあらず――』
「待て」
「ど、どうした!?」
「文化祭を何だと思ってる」
「え?」
「もっと肩の力を抜け。開会宣言じゃないんだぞ」
「う、うぅ……」
「あと『単なる学校行事にあらず』は却下だ。固い。時代劇か」
「そ、そんなに変か……?」
「変だ」
俺が即答すると、聖羅はがっくりとうなだれた。
そこへ優乃が、ふふっと笑いながら聖羅の肩をぽんと叩く。
「大丈夫だよ、智也くんなら的確なアドバイスくれるよね」
試すように微笑む優乃は、どこか得意げだった。
「じゃあ、ちゃんと面倒見てあげて?」
「……はぁ」
俺はもう一度、原稿に視線を落とす。
気持ちはわかった。
だったら、あとはその気持ちをちゃんと伝わる形にするだけだ。
「いいか。最初に書きたいことを一つ決めろ」
「ひ、一つ?」
「全部言おうとするな。だから長くなる」
「う……」
「『来てくれてありがとう』なのか、『楽しんでほしい』なのか、『みんなで作った文化祭だ』なのか。まずは軸を一本にしろ」
聖羅は真剣な顔で、こくこくと頷いた。
「そ、それだ……!」
「おおげさだな」
「いや、すごいぞ智也! たった今、霧が晴れた!」
「朝からお前の頭の中は濃霧か」
「失礼な!」
ぷんすか怒りながらも、聖羅はすぐに新しい紙を取り出し、さらさらとペンを走らせ始めた。
さっきまでの迷いが嘘みたいに、手が動いている。
単純というか、素直というか。
……まあ、こういうところは、こいつのいいところなんだろう。
「解決したみたいだし、私はそろそろ自分の席に戻るね」
優乃がふわりと立ち上がる。
「あ、生徒会、昼休みに集まるんだっけ?」
「その予定だ。紹介文の回収があるからな」
「了解~」
優乃がにこっと笑って席へ戻っていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息をついた。
文化祭パンフレット。
この前の会議では、わりと順調に見えた。
聖羅の挨拶文は置いといて、残る問題は、模擬店紹介文。
各クラスや部活から提出してもらうだけ――そのはずなんだが。
……ちゃんと、期限までに集まるよな?
昼休み。
俺たちは生徒会室に集まっていた。
最近は忙しいし、ここで作業をしながら昼食をとるのが日課になっている。
千景は紹介文の回収で職員室に行っていた。
長机の上には、各種資料、ノートパソコン、筆記用具、そして俺が購買で買ってきた紙パックのジュースが人数分並んでいる。
いつものように購買で買ったパンをかじりながら、俺は口を開いた。
「聖羅、挨拶文はできたか?」
聖羅は待っていましたと言わんばかりに「ふふん」と鼻を鳴らした。
「完璧だ」
そこで聖羅は、ふっと不敵に笑った。
休み時間も授業中もこっそりニヤニヤしながら書いてたもんな。
「へえ、早いな」
優乃がぱちぱちと拍手する。
紺野も「おお」と感心したように目を丸くした。
「……一応、言っておくが」
俺は嫌な予感を覚えつつ、確認する。
「ちゃんと一ページに収まってるよな?」
「もちろんだ! ただし」
「ただし?」
「文字サイズを少し工夫した!」
「却下だ」
「なぜだぁぁぁぁ!?」
「フォントサイズでごまかすな!」
「ぐぬぬぬ……!」
こいつに『圧縮』という概念を教えるには、まだ時間がかかりそうだ。
優乃がくすくす笑いながら、弁当を食べる箸を止める。
「でも、今朝よりはだいぶ良くなったんだよね?」
「それは保証する。最初の『文化祭とは単なる学校行事にあらず』は消えたぞ!」
「えっ、そんなこと書いてたんですか!?」
紺野が思わず吹き出した。
「会長、ちょっと面白すぎません?」
「面白くない! 真剣だったんだ!」
「真剣なのが余計に面白いです!」
「紺野ぉぉ……!」
生徒会室に笑いが広がる。
紺野も言うようになったな。
まだどこか寄せ集め感のあったこの面子も、少しずつチームとしての雰囲気が出てきている。
みんな自分のできることをこなしてくれるし、俺の役目も文化祭までだな。
そう思っていたら――。
生徒会室の扉がガラガラと開いた。
そこにいたのは顔を青ざめさせた千景だ。
「……大変」
「どうした千景?」
「模擬店の紹介文……全然集まってない」
「なに!?」
「提出済みはクラス、部活動を含めて全48団体中、11……」
「少なっ!?」
聖羅が素っ頓狂な声を上げる。
「し、締切今日だぞ!?」
「そう。大問題……パンフの制作が遅れる」
俺は額を押さえた。
嫌な予感が当たりやがった。
「提出済みの内容は? 問題なかったか?」
「それが……」
千景が何とも言えない顔でこちらを見る。
「使い物にならない」
「は?」
「一行しか書いてない紹介文多数、営業時間未記入、責任者名なし、販売品目が曖昧、アレルギー表記なし、火器使用の有無不明」
読み上げられるたびに、聖羅の顔色が変わっていく。
気持ちはわかる。
俺も頭が痛くなってきた。
「中には『来てのお楽しみ!』だけ書いて提出してきたクラスもある」
「ふざけてるのか!?」
「たぶん、ふざけてる」
千景の即答に、優乃が思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
笑い事じゃないぞ……。
だがちょっと面白いのが腹立つ。
「二年四組、アレルギー表記なし。一年四組、販売品目が曖昧。手芸部、責任者名なし」
そして、少しだけ眉を寄せる。
「火器使用の有無が抜けてるクラスもある。これ、先生の確認通らないと思う」
千景の声は静かだった。
でも、その一言で空気が変わった。
ただ集めればいいというわけじゃない。
使える情報として、今日中に揃えなきゃいけない。
編集作業もある。
ただでさえ遅れているのに、これ以上は本気で間に合わない。
俺はホワイトボードの空いたスペースに、勢いよく新しい見出しを書いた。
『模擬店紹介文 緊急回収作戦』
「おお……!」
聖羅が立ち上がり、目を輝かせていた。
こういう『作戦』とか書くと、こいつはすぐテンションが上がる。
「聖羅、未提出のクラスを回れ。お前の顔一番効く」
「わかった!」
「優乃」
「はーい」
「部活系を頼む、柔らかく回収してこい」
「了解。優しく脅してくるね?」
「脅すな」
「冗談だよ~」
「紺野」
「はい」
「回収してない団体のリストを作れ。作成後は全員に共有。それを見ながら一件ずつ潰す」
「わ、わかりました」
「千景」
「……うん」
「お前はチェック役だ。回収してきた紹介文を隅から隅まで確認しろ」
「わかった」
「俺は全体の進行管理と、面倒なとこのフォローに回る」
各員に指示を出し、俺はホワイトボードをバンッと叩く。
「よし、じゃあ作戦開始だ」
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