12話 大仰な二つ名
――翌日の放課後。
俺は生徒会メンバーそれぞれの具体的な作業を割り振ると、図書室へ足を向けた。
昨日、会議で名前を挙げた俺のいとこ、紫藤千景に会いに行くためだ。
いとこの千景が入学してから、叔父さんや叔母さんには「あの子のこと、よろしくね」と何度か言われていた。
昔から筋金入りの人見知りだから、心配しているのだろう。
本好きの千景が図書委員になってからは、俺もちょくちょく顔を出していた。
その頃は普通に話していたし、元気そうだったから、俺もそこまで気にはしていなかったのだ。
けれど、夏休み以降は聖羅の会長選挙でこっちもバタついて、少し疎遠気味になっていた。
「怒ってないといいんだけどな。あいつ……」
そんな淡い期待を抱きながら、図書室の扉をガラガラと開ける。
中には、いかにも「勉強してます」という空気をまとった数人が、慌ただしくペンを走らせていた。
千景は……いつものように貸し出しカウンターの奥でちょこんと座りながら、静かに本を読んでいる。
俺がカウンターに近づくと、その文学少女は視線を動かすことなく、そっけない感じで口を開いた。
「……貸出しですか? 返却ですか?」
「千景、久しぶり」
俺がそう言うと、千景は活字の海から視線を外し、一瞬だけぱっと花が咲いたみたいに見上げた……ような気がしたのだが、すぐにジト目を向けられてしまった。
「智兄……」
やばい。めっちゃ不機嫌だ。
怒っているように細められた瞳は、よく見ると淡い菫色を帯びていた。
見慣れていたはずなのに、少し会わないうちにどこか大人っぽくなった気がする。
「……今さら何しに来たの。ずっと来なかったくせに」
「俺はお前の元彼じゃないぞ」
「……私のことは遊びだったの?」
「だからちげえって!」
少し声を荒げると、千景がクスクスと笑う。
さっきまでのやりとりが冗談だということが分かって、思わずため息が出た。
「ビックリした? これは罰」
「趣味が悪いぞ」
「……来ないのが悪い」
「悪かったよ。聖羅の選挙とかで忙しくてな」
「また聖羅姉……」
千景は読んでいた本をパタンと閉じると、両肘をカウンターにつけて、手の甲に顎を乗せた。
そのまま小首を傾げて、妙に色っぽい仕草で言う。
「それで? そんな浮気者の智兄がなにか用?」
「浮気じゃない……千景、今日一緒に帰らないか?」
「なぜ?」
「ちょっと話したいことがあるんだ。図書委員の仕事終わるまで待ってるからさ。どうだ?」
「いいけど。もしかして、告白される?」
「アホか。いとこだろうが俺達」
「むっ」
頬をわずかに膨らませるその顔は、昔、親戚の集まりで俺の後ろに隠れていた頃とあまり変わっていなかった。
「智兄知ってる? いとこって結婚できる」
「はいはい。そんな知識どこで仕入れてくるんだよ……」
「前に読んだ恋愛小説がそんなこと書いてた。いいよ?」
「いや、いいよじゃねぇんだよ。本好きなくせに、話の脈絡がなさすぎる!」
俺が思わずツッコむと、図書室のあちこちからぴたりとペンの音が止まった。
顔を上げた数人の視線が、信じられないものを見るように俺へ集まる。
……ああ、そういえば。
一年の間じゃ、こいつ『図書室の黒百合』なんて呼ばれてたっけ。
もしかしてこいつら千景のファンか?
そもそもテスト期間でもないのに図書館で勉強してるし、よくよく校章をみると全員一年だ。
そんな俺の考えとは裏腹に、千景が息が届きそうなくらい顔を近づけてきた。
「そこまで情熱的に誘われたら、しょうがない」
こいつ、完全に面白がってるな。
しかも、さっきのやり取りで周りの視線が集まってるってのに、まるで気にしてないふりをしてやがる。
……押して駄目なら引いてみるか。
「いや、忙しいなら仕方ない。また日をあらためよう」
そう言って千景に背を向けた瞬間、制服の裾をグイッと引っ張られた。
「嘘! 一緒に帰る、少し待って」
さっきまであんなに余裕ぶっていたくせに、こういうところだけは昔のままだ。
――普段からそうしていれば可愛いのに。
「わかった。なんか適当に読んで待つわ」
そう言って、俺は本棚から適当な文庫本を持ってきた。
千景が見える席にどかっと座る。
千景はなにも言わず、閉じたままにしていた本を開いた。
何事もなかったみたいに、また本の世界へ戻っていく。
けれど、その横顔はどこかさっきより柔らかく見えた。
――三十分ほどしてから、千景が図書室を閉めると言ってきたので、俺は千景の動きをなんとなく目で追っていた。
返却された本を棚ごとに仕分けし、貸し出しカウンターの上を軽く拭き、利用記録をノートに書き込んでいく。
ひとつひとつの動きには無駄がない。
静かで、妙に見入ってしまう。
昔から人前に出るのは苦手なくせに、本に囲まれているときの千景は不思議と落ち着いていた。
むしろ、ここでは千景のほうが自分の居場所とか役目をちゃんと持っているように見える。
ただ、一つだけ問題があった。
利用者に閉室を告げるたび、千景はその人の前で一瞬だけ足を止め、言い出しにくそうにもじもじしてしまう。
……人見知りの弊害だな。
声がめちくちゃ小さい。
千景が声をかけて、ようやく最後の利用者が帰った。
千景は窓の鍵を確認し、机の位置を軽く整え、入り口の札を『閉室』にひっくり返した。
それからカウンターの中に置いてあった鍵を手に取り、くるりとこちらを振り向く。
「終わった。行こ、智兄」
「おう。……一応、ちゃんとやってるんだな」
「何その保護者みたいな感想」
「いや、叔父さんたちに『よろしく』って言われてるからさ」
「余計なお世話……」
そう言いながらも、千景は少しだけ口元を緩めた。
俺たちは図書室の扉を閉めると、千景が鍵をかけるのを待ってから、並んで職員室へ向かった。
廊下はすっかり夕焼け色に染まっていて、窓の向こうのグラウンドからは運動部の掛け声が遠くから聞こえてくる。
吹奏楽部の楽器の音もどこかから混じってきて、放課後の校舎らしい騒がしさが、静かな図書室の余韻を少しずつ薄めていった。
その途中、千景が俺の制服の袖をちょんとつまむ。
「……職員室、智兄も入って」
「鍵返すだけだし、前まで普通に一人で行ってただろ」
「今日は、なんとなく」
「なんとなく、ってなんだよ」
「……なんとなくは、なんとなく」
要するに、俺に一緒にいてほしいってことか?
わざわざ言葉にしないのが千景らしい。
「はいはい。じゃあ、ちゃんとついていきますよ、お嬢様」
「……その言い方、やだ」
「じゃあ離れるか?」
「それはもっとやだ」
思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、俺は職員室の前まで歩いていく。
すると、ちょうど中から一人の教師が出てきた。
ジャージ姿のその先生はいかにもアスリートみたいな風貌だが、この人はただの国語教師だ。
「お、黒瀬と紫藤! 珍しい組み合わせだな」
軽い調子でそう声をかけてきたのは、俺の担任――神崎翼先生だった。
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