11話 結婚はまだ早い
――そして放課後。
「会長、よろしくお願いします」
紺野は生徒会入会申込書にサインすると、丁寧に両手で聖羅へ差し出した。
ただ承認印を押してもらうだけなのに、額にはうっすら汗が滲み、どこか呼吸も落ち着かない。
「即、承認だ!」
優乃のときと同じように聖羅はすぐに承認印を押す。
鼻歌でも歌いそうな勢いでご機嫌だった。
「これで、紺野は正式に生徒会会計だ。よろしく頼む」
「はい、僕にできることはなんでもします! と言っても、主に資料作成とかになっちゃいますが……」
申し訳なさそうに頭をかく紺野に、俺は気になっていたことを訊いてみた。
「計算ソフト以外にも扱えるのか? 念のために把握しておきたい」
「基本的な操作なら大丈夫です。文書作成もプレゼンソフトも任せて下さい」
一年でそこまで扱えるのか。
会計の補助どころか、資料作成まで任せられる。
こいつは間違いなく即戦力だ。
「それだけ出来れば申し分ない。期待してるぞ」
「は、はい! 僕、頑張りますね!」
「紺野くん、すごいね〜」
さっきから生徒会室の奥でなにやらしていた優乃が、皿を手に戻ってきた。その上には、切り分ける前の焼き菓子がちょこんと乗っている。
「優乃、それは?」
「パウンドケーキだよ。家で焼いてきたの。紺野くんの入会祝い」
「なに!? 優乃のパウンドケーキ!?」
聖羅が会長机から身を乗り出した。
まるで獲物を見つけたライオンのように、鋭い眼光を飛ばしている。
「僕の入会祝いまで用意してもらえるなんて……しかも、桃井先輩の手作り……ありがとうございます!」
紺野もパウンドケーキに目を輝かせていた。
俺は優乃にそっと身を寄せた。
紺野に聞こえないよう、耳元で小さく囁く。
ふわりと甘いシャンプーの香りがして、一瞬だけ言葉に詰まった。
どうにか気を取り直して、俺は小声で訊いた。
「紺野が生徒会に入らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そのときはね〜、おやつにしようと思ったの」
「どっちにしろ食べるつもりだったんだな」
「もちろんだよ。智也くんも食べるよね?」
「そうだな。せっかくだからいただくよ」
優乃が包丁を使って綺麗にパウンドケーキを切り分けていく。
すると、ほのかに甘い香りが漂ってきた。
「良い匂いだな」
「りんごのパウンドケーキなの。さっき家庭科室のオーブンで温めたから出来たてみたいだよ」
「智也、優乃の作るお菓子は本当に美味いんだぞ」
聖羅がフォークを構えながら今か今かとそのときに備えている。なんでだろう。さっきから聖羅が小さい子どもにしか見えない。会長の威厳とか、ほんとにない……。
「そ、それは期待できそうだな」
「優乃、早く早く!」
「はいはい、聖羅ちゃんどうぞ」
手際よく皿に乗せて、順番に配っていく姿は妙に慣れていた。
「ありがとう優乃、いただきます」
聖羅は一口食べると、続けて二口、三口と頬をパンパンにする。まるでリスだな。
「んん〜! 美味しい!」
そんな聖羅を見て、優乃は嬉しそうにニコニコと微笑んでいる。
「ふふ。良かった」
入会祝いに手作りのお菓子を用意して、綺麗に切り分けて、さりげなくみんなに配る。
こういう気遣いを、優乃はいつも当たり前みたいにやってのける。
聖羅とは対照的に、料理上手な若奥さんって感じだ。
「智也くんもどうぞ」
「ありがとう優乃、いただくよ」
目の前に差し出されたパウンドケーキは、断面にりんごがごろっと顔を出していた。
一口食べると、生地はしっとり柔らかく、甘く煮たりんごはほどよく食感が残っていた。
「ん、美味いな」
「ほんと?」
「ああ。優乃と結婚するやつは幸せだろうな」
ぽつりと言った自分の言葉に、俺は激しく後悔した。
「「「っ!」」」
三人が反応して、さっきまでの団欒とした空気が一瞬で変わってしまったのだ。
「と、とととと智也くん、結婚は早いんじゃないかな……せめて高校くらいは出ておきたいし……」
優乃が真っ赤になってそんなことを言えば、
「認めん! 認めんぞ私は!」
聖羅はなぜか怒っているし、
「いや〜そんな。さすがに僕まだ、桃井先輩とは知り合ったばかりだし」
紺野は照れていた。
「なんで紺野まで照れてるんだ?」
「いいじゃないですか! 夢ぐらい見させて下さいよ!」
「あ、そう」
うん。
――書記はまともな人が良いな。
こいつらだけでも十分騒がしいんだ。
いずれ俺が抜けたあとを考えるなら、なおさらな。
「では、これからの流れを確認する」
優乃が作ったパウンドケーキをみんなで食べた後は、例によって文化祭へ向けた会議だ。
予算整理が済んだとはいえ、やるべきことも、決めなければならないことも、まだたくさんある。
進行はいつも通り――なぜか部外者の俺だ。
「予算整理は紺野の尽力のおかげで、無事に終えることができた。次の生徒会の仕事は分かるか? 分かる人は挙手」
期待せずに座っている三人を見回すと、
「はい!」
キラキラした瞳で、聖羅がピンと手を上げた。
この会長の回答には期待薄だが、無視するわけにもいかない。
「はい、会長……」
「文化祭のパンフレットを作る、だ!」
ほぉ……珍しく当てやがった。
「正解だ」
「おぉー」
優乃と紺野は称賛の拍手を送る。
聖羅は得意げに胸を張った。
「ふふん。私だって伊達で生徒会長をしているわけではないぞ。このくらい当然だ」
「じゃあ、そんな会長に問おう。パンフレットの中身は考えているか?」
「うっ……まだ……です」
あぁ、よかった。いつもの聖羅だ。
いやいや、安心している場合じゃないけど、俺にはやはりこっちの聖羅が落ち着く。
「まぁ、そうだろうな」
しゅんとなった聖羅を横目に、今度は優乃が控えめに手を上げた。
「はい」
「はい、優乃」
「去年の文化祭のパンフレットを参考にしたらいいんじゃないかな?」
「そうだな。構成は去年のをベースにすればいい」
俺は生徒会室の資料棚から去年のパンフレットを持ち出し、ぱらぱらとめくる。
「問題はこいつの中身だ」
「中身?」
聖羅が首を傾げる。
「文章だよ。企画紹介、部活紹介、挨拶文、注意事項……去年とは違うからな。やり直しだ」
「うっ……」
聖羅の顔がみるみる曇っていく。
一度に全部言うと、パンクするだろうから砕いてみるか。
「パンフレットの構成はそれほど複雑に考える必要はない」
俺は生徒会室のホワイトボードに必要事項を書き出した。
・表紙イラストの依頼
・会長挨拶文の作成
・校内マップの作成
・模擬店紹介文の作成
・ステージイベントのタイムテーブル作成
「ざっくりだが、文化祭のパンフレットに必要なのは主にこの五点だ。各自に割り振るので、各々、その仕事を遂行するってことでいいか?」
聖羅、優乃、紺野の三人はただコクコクコク、と頷く。
こいつら本当に大丈夫なのか。
「まず、パンフレットの表紙だが、こちらは例年通り美術部と相談して決めて欲しい。挨拶文も込みでこれは聖羅にやってもらう」
「わかった! 私に任せろ」
「次に校内マップだが、すでに各クラスや部活の出店場所は決まっている。こちらは主に打ち込み作業になるから、紺野にやってもらう」
「はい」
「優乃はメインステージで行うイベントのスケジュールを組んで欲しい。例年だとミスコンとか、ダンス部や軽音部の発表だから、去年のものを参考に予定を組んでみてくれ」
「は〜い」
「最後に、模擬店の紹介文だが……」
俺はホワイトボードの四番目を指でコンコンと叩いた。
「これが一番面倒だ」
「そうなのか?」
聖羅が目を丸くして――
「各クラスと部活から説明文を回収して、それをまとめて、文章を整えて、誤字もチェックする」
優乃が苦笑した――。
「それは、大変そうだね……」
「だろ? 本来は書記の仕事なんだが……」
「いないもんね……」
そこでみんな黙ってしまった。
生徒会室に妙な静けさが落ちる。
生徒会役員も残すところ書記を探すのみだ。
だが、書記というのは意外と大変だ。
会議では議事録を取り、各クラスや部活から提出物を回収し、パンフレットや掲示物の文章まで整える。
文化祭前となれば、下手をすれば会長より忙しい。
地味に見えて、実はかなりの実務職。
だからこそ、雑に決めるわけにはいかない。
必要なのは、真面目さと気配り、それに最低限の文章力。聖羅の隣に立たせるなら、なおさら適当じゃ困る。
そんな条件に当てはまるやつなんて、そう何人もいるわけがない。
ただ真面目なだけじゃ足りない。
散らかった情報を整理して、誰が見てもわかる形にまとめられるやつ。
できれば、板書を写すだけじゃなく、自分の頭で噛み砕いて残せるやつがいい。
……そんな都合のいい人材、そうそういるわけ――
いや。
一人だけ、心当たりがあった。
……そうだ。
あいつなら――いいかも。
「聖羅、千景には声をかけたか?」
「もちろんだ! 智也に断られて、真っ先に会いに行ったんだが……」
「だが?」
「智也がいないから嫌だと言われた……」
「あいつ……」
俺と聖羅がうーんと唸っていると、紺野が口を開いた。
「誰なんですか、そのちかげっていうのは?」
「俺のいとこの紫藤千景だ。確か、一年一組だったかな」
ガタンッ、と紺野の椅子が鳴った。
さっきまで行儀よく座っていたのに、今は半ば立ち上がりかけている。
「紫藤千景ってあの『図書室の黒百合』ですか!?」
「なんだよ、その物騒な通り名」
「一年の間じゃ有名ですよ!? 誰も近寄れない高嶺の花……心を折られた男子は数知れず!」
「あいつそんな風に呼ばれてるのか」
確かに千景は、愛想がいいタイプじゃない。
無表情なことが多いし、なにを考えているのかもよくわからん。
顔立ちだけなら、聖羅や優乃にだって引けを取らない。
聖羅が太陽みたいに輝き、優乃が春風のように包んでくれるなら、千景は夜空で光る月だ。
綺麗ではあるが、誰も気安く触れようとはしない。
そのせいで、初対面のやつには余計に話しかけづらく見えるんだろう。
いとこの俺でさえ、そう感じることはある。今でこそ高校が一緒だからいいが、中学までは学校も別だった。
けど、小さい頃は親戚が集まるたび、聖羅も交えて三人でよく遊んでいた。
……その頃の千景は、よく俺の後ろに隠れていたっけ。
だから、新入生の列にあいつを見つけたときは、さすがに少し驚いた。
……まあ、『図書室の黒百合』なんて妙な通り名がつくのも、わからなくはない。
とはいえ、聖羅が断られた理由は少し気になる。
――智也がいないから嫌だ。
そういえば、ここ最近は文化祭の準備で忙しくて、図書室にも顔を出していなかったな。
もしかしたら、それで機嫌を損ねているのかもしれない。
「……仕方ない。一度、行ってみるか」
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