13話 一ページ目
蒼高一のイケメンは?
そんな話題になったら必ず名前が挙がる人物がいる。
それはサッカー部の爽やかなキャプテンでも、バスケ部の長身イケメンでもない。
間違いなくこの先生だ。
――神崎翼。
二十代半ばの若い教師で、俺や聖羅、優乃の担任。
まるで、映画の主役になれそうなくらい整った顔立ちをしており、気さくな性格で女子からの人気が異様に高い。
しかもこの人、国語教師のくせにやたら身体能力が高い。
特定の部活の顧問じゃないのに、なぜか全運動部をふらっと巡回しては、フォームのアドバイスをしたり、足りない人数の練習に混ざったりしている。
そのせいで一部の男子からは、「存在がチート」と半ば本気で恨まれていた。
……まあ、気持ちはわかる。
顔が良くて、運動もできて、おまけに性格もいい。
こんなの、同じ男からしたら災害みたいなもんだ。
ただそんな神崎先生も、去年高校生の頃から付き合っていた恋人と結婚し、取り巻きだった女子の数はだいぶ落ち着いたようだ。
ちなみに……写真を見せてもらったこともあるが、奥さんはめちゃくちゃ美人だった。
「お、黒瀬と紫藤! 珍しい組み合わせだな」
本人はそんな自覚があるのかないのか、いつもの気さくな笑みで声をかけてくる。
その瞬間、隣の千景がぴたりと俺の袖をつかむ力を強めた。
「……智兄」
「大丈夫だって。神崎先生だぞ」
「それは知ってる……」
知ってはいる。
でも、だから平気というわけでもないらしい。
学校の先生にまで人見知りするのか、お前は。
「神崎先生、こいつのこと知ってるんですね」
「ああ。一年の現文も担当しているからな。紫藤は優秀な生徒だよ」
俺の後ろに隠れたまま、千景が指だけひょいと二本立てて、ボソッと呟いた。
「現代文は得意」
「さいですか……」
そんな俺たちの距離感を察したのか、神崎先生はとんでもないことを口にする。
「二人は今からデートか?」
「そうなんです」
その問いに答えたのは千景だ。さっきまで隠れていたはずなのに、いつの間にか俺より一歩前に出ていた。
俺はすぐに千景の後頭部を軽く押さえて、隣に下がらせる。
「違います! 俺と紫藤はいとこなんですよ。ちょっと用があって、今から一緒に帰るところで」
後ろで「痛い」とか「バカ」とか騒いでいるやつは、この際無視だ。
「なるほど、いとこだったのか。それで紫藤がそんなに懐いてるんだな」
神崎先生は納得したように、うんうんと頷いた。
「先生はこれから部活見に行くんですか?」
「ああ。今日は女バスだな。顧問の冬木先生が出張でさ。代わりに、部員たちが怪我をしないように監督するんだ」
「それは大変ですね。部員も待ってるでしょうし、先生はもう行ってやってください」
これ以上、千景が変なことを言う前に……。
「ははっ、黒瀬に気を遣われるとはな。じゃあ、そろそろ行くよ」
そう言って手を振りかけた神崎先生が、ふと思い出したようにこちらを振り返った。
「そうだ、黒瀬。最近、生徒会を手伝ってるんだよな?」
「よく知ってますね」
「金城が嬉しそうに話しててな。『黒瀬が手伝ってくれてるんです!』って、すごく自慢してくれたぞ」
「……そうですか」
あいつ、担任になにを報告してるんだ。
「正直、金城が会長になったときは、ちょっと心配してたんだよ」
「なぜです?」
「金城って、ほら……勢いで無茶するときあるだろ?」
「……否定はできませんね」
「でも、黒瀬がいるなら安心だ」
神崎先生は、からかうような軽さを消して、俺の肩にポンと手を置いた。
「困ったことがあったら相談しろよ。生徒会だろうが文化祭だろうが、先生にできることなら手を貸すからさ」
爽やかさの化身め。
人気があるのも納得だ。
実際に俺も、この先生のことは頼りにしている。
時々、「一緒に筋トレしないか?」って誘ってくるのが厄介だが……。
「ええ。そのときはよろしくお願いします」
なんだかんだで、頼りになる先生だ。
神崎先生は「また明日な!」と元気に体育館の方へ去っていった。
「神崎先生っていい先生だね」
先生に恋人だと思われたことが嬉しいのか、千景は表情を変えずに、普段より高い声でそんなことを言った。
「その意見には同意だが、疲れたよ……」
そのあと職員室で図書室の鍵を返し、俺たちは帰路についた。
千景は電車通学なので、駅まで送ろうとしたのだが、途中で「本屋に行きたい」と言い出したので、俺たちは駅前の本屋に立ち寄っていた。
千景が本棚に並んだミステリー小説をとりながら口を開く。
「智兄、生徒会手伝ってたんだ……」
「ああ。聖羅が泣きついてきてな。役員が集まらなくて、文化祭が開催されないかもしれなくてな」
「えっ……どうしてそうなったの?」
「あいつが無茶な活動方針を掲げたせいで、みんなに断られたらしい。おまけに前の生徒会の引継ぎも杜撰で、文化祭のこともなにも決まってなくてな」
俺の話を聞くと、千景は目を丸くした。
「そんなことになってたんだ……だから図書室にも来てくれなかったんだね」
「ああ。役員は大体集まったんだが、書記がいなくてな。それで千景に頼みに来たんだ。聖羅の誘いを断ったんだよな? どうしてだ?」
「やっぱり聞いてるよね……智兄がいなかったから……」
「千景、正直に言え。いくらお前が人見知りでもそんなこと言わないだろ。確かに俺がいないことは理由の一つかもしれないが、聖羅だっている。他の役員だってみんな良いやつだぞ」
千景は持っていた本のタイトルをそっと指でなぞった。タイトルを言うように、ボソッと呟く。
「私が生徒会なんて、おかしいでしょ……」
「なぜそう思う?」
「だって暗いし、愛想ないし……。」
そのまま手に持った本を開いて目次を眺めながら続けた。
「見た目だけなら生徒会に相応しいんだけどね。ああいうのは苦手。聖羅姉のことは嫌いじゃない。むしろ大好き。でも、他の人がなに考えてるのかちっとも分からない。……本みたいに、みんな書いてあったらいいのに」
――ひどく千景らしい言い分だ。
この世界の人間関係は、小説みたいに分かりやすくない。
誰が何を思っていて、どこまで踏み込んでいいのか、どこで嫌われるのか――そんなことが分からないから、こいつも一歩引いてしまうのだろう。
俺も人のことは言えないけど……。
「……そうか」
だから、すぐには否定しなかった。
いや、できなかった。
『そんなことない』と簡単に言うのは、たぶん違う気がした。
千景が幼いときからずっと抱えてきた不安を、俺が一言で塗りつぶしていいわけがない。
「でもさ、本は読まないと、どんな本かわからないぞ」
「えっ?」
「表紙とタイトルだけじゃ中身はわからないだろ。実際に手に取って、少しでも読んでみないと、合うかどうかなんてわからない。人も同じだよ。何が好きで、何が嫌いで、どこまで踏み込んでいいかなんて、話してみないと見えてこない」
「それはそうだけど……話すことと、読むことは違う」
「まぁな。だけど読み始めなきゃ、物語は始まらない」
千景がきょとんとした顔で、こっちを見た。
「……なにそれ」
「今ちょっといいこと言っただろ」
「自分で言うんだ……」
呆れたように小さく息を吐く千景に、俺は肩をすくめた。
「だから、いきなり全部読めとは言わない」
「……全部?」
「一ページ目だけでいいんだ」
「一ページ目……?」
「生徒会室に、顔を出してみないか?」
千景はぱちぱちと瞬きをした。
「俺もまだ読み始めたばかりなんだ。なかなか面白いぞ。千景も一緒に読んでみないか?」
千景は持っていた本をパタンと閉じて本棚に戻した。
ゆっくりと目を閉じ、なにかを楽しい事を思い出すかのように口の端が緩んだ。
「……一緒だね」
「なにが?」
「ううん、なんでもない」
俺のブレザーの裾を、きゅっと摘んでようやくお淑やかな笑顔を向けてきた。
「聖羅姉、怒らないかな……断ってるし」
「あいつがか? そんなことないさ。千景が来てくれたら、喜ぶぞ」
「じゃあ、一度……」
その声は小さい。
けれど、俺にはちゃんと聞こえた。
千景が、自分から一ページ目をめくった音みたいに思えて、少しだけ頬が緩んだ。
【作者からお願い】
私は趣味で小説を書いてる、幼い子どもが二人いる父親です。
少しでも
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新がんばれ、応援してる!」
と思っていただけましたら、
広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、
【★★★★★】にしてくださるととても嬉しいです!
皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!
なにとぞ、ご協力お願いします!




