昼飯を作る奴
浅のイメチェン作戦から数日。
普段通り、学校へ登校する。そしてまた、普段通りの昼食。これといって異変もない。
強いて言うならば俺の昼飯が購買頼みということか。
いつもはお弁当なので、新鮮な気持ちで購買のパン争奪戦へと臨む。
「…予想よりやべぇな。」
ごった返す人は、自分が先だと他者を押しのけ、ひとつでも多くパンを得ようとしていた。
ぎゅうぎゅうと両隣や前後から圧迫される。
この瞬間ほど人体の骨に感謝したことはない。骨がなければ、俺はとっくにペチャンコの肉塊になってただろう。
そうして、なんとか入手したパン2つを抱えて食堂の一席に座る。
「………ん?」
ふと地面を見る。
そこにはヘトヘトでくたびれた人がいた。
「だ、大丈夫か。浅!?」
その人は細川浅であった。
「だいじょうぶ……です。」
「あんま大丈夫そうには見えねぇぞ。」
察するに、影の薄い彼女は人混みに揉まれてしまったのだろう。
「昼飯あんのか?」
「…………いえ……。その…ひとつも、買えませんでした……。」
「そ、そうか。なら俺のを、」
そう言いかけた瞬間、横から手が伸びてきた。
「それでしたら私と一緒にお昼をとりましょう!」
「新米先生!?いつの間に…。」
軽快な声と共に現れたのは担任の新米先生だ。彼女は何やら紙袋を抱えている。
「え、えっと……いいん、ですか…?」
「勿論です!そうと決まれば移動しましょう!柳くんも!」
「は、はい!」
普段より幾分かおかしい調子に違和感を覚える。
が、先生のことだ。心配はいらないだろうと思い、大人しくついていく。
向かった先は調理室であった。
先生はまず調理室内の冷蔵庫前に立ち、その扉を開ける。
「いちから作るんですか?」
パンを抱えながら覗き込んでみた。
「はい!ですがすぐに作れますから!」
冷蔵庫から取り出したのは卵、牛乳、ベーコン。それから紙袋に入っていた砂糖と小麦粉をテーブルに置く。
材料を見るにホットケーキでも作るようだ。
「せ、先生……。その、私……手伝います…。」
「!本当ですか!それでは浅さんにはホットケーキを焼いてもらいます。少し待って下さいね。材料を混ぜますから。」
テキパキとボールに一式を入れてかき混ぜる。ぼんやりと眺めていると、先生と目が合った。
「柳くんは目玉焼きとベーコンをお願いします!」
「目玉焼きとベーコン?ホットケーキに乗せるんですか?」
「もちろんです!ホットケーキとの相性は抜群ですからね!」
確かに甘じょっぱさは格別だろう。想像するだけで思わず喉が鳴る。
出来上がりに心を弾ませながら、フライパンの用意を始め、卵とベーコンを焼くことにした。
それと同時に先生は手にしていたボウルを浅へと渡す。
「よし。生地は完成です!後は任せましたよ!」
「は、はい……!」
3つあるコンロの内、俺の隣。浅はそこにフライパンを乗せる。
火をつけ温めると油を引き伸ばした。
それからボウルの中身をフライパンへ流し込む。
「え、えっと……ぷつぷつしたら、焼き加減を見て…裏返し、ですよね……。大丈夫でしょうか。」
「心配いらねぇよ。応援してるぜ!」
「………はい……!」
肩をはり、浅はフライ返しを手にする。
そして、パンケーキの下へと滑り込ませひっくり返す。のだが、勢い余って生地がフライパンから飛び出してしまった。
「あっ………ご、ごめんなさい!!」
「大丈夫です!まだ生地はありますから!」
「は、はいっ……。」
見守られる中、再び生地が良い焼き加減になる。
「よし………あっ、」
意気込みひっくり返す。が、また先と同じように生地はフライパンから離れ、コンロ下へと落下する。
「ご、ごめんなさい…!ごめんなさい!」
「んな謝んなよ。まだ生地も時間もあるしな。」
「そうですよ。そう落ち込まないで下さい。」
3度目の正直。次こそパンケーキが完成するだろうと思われた。
そんな希望虚しく。結果としてパンケーキが完成することはなかった。
あれから何度か試したものの、その全てが床やコンロに吸い込まれたのだ。
3人で掃除をする。
浅はおもむろに俯いていた。
「…………ごめんなさい。こんなに、無駄にしてしまって……途中で……交代すれば、良かったですよね…。」
「んな落ち込むなよ。それに昼ならあんぜ。」
くいっと顎先をフライパンへやる。
その先には蒸し焼きにした目玉焼きとベーコンがあった。
「皆でアレ食おうぜ。それと、コレも。」
そう言って購買で買ったパンの封を切る。中は切れ目の入っていない分厚い食パンだ。幸い、包丁はあるので切り分けられる。
「……教師生活をしていて、食パン一斤を買う生徒を初めて見ましたよ…。」
「先生、新任ですよね?教師生活ってそんなに長くないじゃないですか。」
「こ、細かいことはいいんです!」
先生の言うとおり、細かいことは気にしないことにした。
何はともあれ昼食は確保できたのだ。早速、食パンを分けて目玉焼きとベーコンを載せる。
「ほら浅。昼飯出来たし食おうぜ。」
「は、はい……。その、ありがとうございます……。」
手を合わせ、3人で昼食をとる。
調理実習のような心地がして、なんとも不思議な感覚だった。




