39.王妃の花びら
「あなた達には私を支える“花びら”になってもらいたいの。王家を守る護衛隊とは違う、私の命令のみを聞く、私だけの騎士団。王妃の剣。通称、”花びら“に。」
「あなた達はその1期生というわけ。不安がることはないわ。卒業後すぐ実践ってわけではない。もちろん、王室護衛隊や防御隊からも引き抜くつもりよ。例えばメリア、あなたの兄たち。それに、防御隊長である、カミールの父君。」
「それって、もしかして……。」
メリアが言いかけた言葉に「そうよ。」と頷き、マリワは説明を続けた。
「今回の件で、デルフィムが腹いせに何か仕掛けてくることも無いとは言えないわ。だから、あなた達も、王城に勤めるあなた達の家族もまるっと私の管理下にしてしまおうってわけ。」
「ありがたいお話です。ですが、王室には護衛隊があるのに、新たに騎士団を作るということですよね?王妃様の専属の部隊とはいえ、王室で同じような部隊を増設することは可能なのですか?」
メリアは思わず質問した。マリワは真面目な顔で答える。
「王室護衛隊の役目はあくまで護衛なのよ。王都の外に王族が出向くときの護衛、または重要な商団が行き来するとき、他国の使徒が来るとき。魔獣討伐もするけど、基本は王室のイベントごとに合わせて討伐しているだけ。それなのに、近年の魔獣達のレベルはどんどん上がっているわ。危険が増している状況で、今までの運用をしていたらいつか後手に回って大きな損失を出すことになる。そうなる前にこの国の強力な矛となる騎士団を育てたいのよ。」
この言葉にイセンは動揺を隠さず聞いた。
「待ってください、母上。まさかその騎士団にはオルレアも所属させるつもりですか?」
「もちろん、そのつもりよ。ここにいるメンバーは成績優秀なだけあって、それぞれ戦闘にも心得があるでしょう?」
「そんな!メリアやジオラスはともかく。カミールやロリア、オルレアは戦闘に適した能力ではありません。彼女達にも魔獣討伐をさせるおつもりですか?」
声を荒げるイセンに対し、マリワは眉を顰めた。
「はて?本当にそう思うの、イセンよ。まずは、オルレア。どうかしら?」
マリワに問われて、オルレアはモジモジと答えた。
「王妃様はお見通しなのですね。実は私たちの舞踏はもともとは古代武術の動きから発展させたものなのです。だからね、私たち胡蝶はダンスの鍛錬がてら、魔獣討伐も普段から行っているのよ。」
オルレアが照れたように笑うと、イセンは「えっ?」と固まった。
「王妃様。もしかして騎士団というのは表向きの話ですか。わたくしには戦闘能力はございませんもの。ある能力といえば、強力な薬を調合できるということかしらぁ。」
ロリアの言葉にマリワは頷いた。
「さすが、聡いわね。“花びら”の騎士としての務めは表向きのものよ。隠密や情報収集も任務に含まれる。特に情報収集については得意でしょう?学生の身分で自白薬やら媚薬を調合できるものはなかなかいないわ。それこそ、人の行動や精神に作用する薬は妖精の魔法に近いものがある。」
「それに、」とマリワは続けた。
「趣味で”盗み見の葛籠“を編み上げるとはね。なかなかの技術力と根性だわ。それこそ隠密には適任ね。」
ロリアは目を丸くした。メリアはロリアの部屋でイセン王子とロリアの会話を聞いたときに詰め込まれた葛籠のことを思い出した。
「恐れ入りますわぁ。何もかもお見通しなのですねぇ。」
マリワはニヤリと笑った。
「それが私のもつ力でもあるからね。」
「……もしや、私のこともすでにお調べ済みですか?」
「もちろんよ、カミール。あなたのことも調べているよ。」
そう言うと、マリワは少し同情するような顔をした。
「光属性の魔法使いは少ない。ベイルなどの強力な魔法を使えるものはさらに僅か。そして、光の魔法を日常的に使用する人間はもっと少ない。使い勝手が悪いからね。だから研究のために日常的に魔法を使うあなたは悩むこともあったでしょうね。」
「フフフ、本当にお見通しなのですね。」
カミールは変わらずにこやかだ。
「皆さまもせっかくなので知っておいてください。まぁ、ロリアはもう知ってるわね。光属性の魔法使いが魔法を使いすぎると、体に闇の魔力が蓄積してしまうの。古い文献によると、闇の魔力が蓄積し過ぎた場合、不治の病にかかるか、魔獣のような存在になると言われているわ。」
「そんな……!じゃぁ、回復魔法だって気軽に使ったらダメなんじゃ!」
メリアが思わず言うと、カミールは首を振った。
「簡単な回復魔法程度なら大丈夫。でも、そうね。この前メリアに使ったみたいな記憶の治癒や、ベイルは闇が蓄積されるわ。」
「私のせいで……。」
メリアが俯くと、カミールは「待って待って。」と顔の前で手を振った。
「だからね、要は溜めずに発散しちゃえばいいのよ。メリアだって言ったじゃない?『記憶を修正するなんて、闇魔術のようだ』って。いみじくもそのとおりなのよ。私はそうやって闇の魔力を放出しているのよ。光魔法に攻撃魔法はないけど、闇の魔法にならあるのよね。」
「こんな感じね。『悪魔の爪撃』!」
カミールがテーブルの中央の割れ残った花瓶に向ってパチンと指を鳴らすと、黒い光が空間を引っ掻くように走り、花瓶を粉々にした。
「はい。コレでおしまい。」
カミールはにこやかに言った。
「あなたほど前向きに発散しているものは、防御隊の中にだっていないわよ。」
マリワは呆れたようにいったが、顔はニヤニヤしたままだった。
「普通は闇の魔力が溜まるのも使うのも嫌って、ベイルを使った者はしばしの休暇に入るものなんだけどね。あなたの父君もそうでしょう?カミール。闇魔法を使うなど悪魔の所業と言ってね。それなのに、本当に頼もしい限りね。」
マリワは満足そうに言った。そんなマリワにカミールは少し悔しそうに聞いた。
「王妃様は……ご存知なのですね?私とロリアが……。」
「王家専用の書棚を覗いたこと?もちろん知っているわ。なぜか、気になるのね?特別に教えてあげる。」
マリワはそう言うと、1度目を閉じた。再び開くとその橙色の目は燃えるような朱に変わった。
「『閻魔の瞳』よ。火竜に『煉獄』を授かったときに、もうひとつ得た力。私は煉獄という強力な魔法で人を罰するのは荷が重いと思ったの。火竜は私に必要な力だとは言っていたんだけどね。でも、もし冤罪だったら?罪なき人をいたぶるなど耐えられない、だからこの祝福は要らないと伝えたの。」
「でも、火竜は『ならば、』と言ってこの閻魔の瞳も授けてくれた。この力を使えば、相手の『罪状』を知ることができる。相手に後ろめたいことがあれば私には何でもお見通しってこと。だから、あなたたち2人がイセンを薬やら闇魔法やらでいいように操ったのもこの目で知ることができたわ。」
イセンは目を丸くしたまま硬直した。マリワは気にせず続けた。
「盗み見の葛籠も悪魔の爪撃も、あの古代書を読まなければ為せぬものだからね。」
マリワはそう言ってロリアとカミールにウィンクした。2人は参りましたというように、深々と頭を下げた。




