36.壁に耳あり障子に目あり
……晴れ渡った空。実に清々しい。
雷竜は雲の姿でふわふわ空の散歩を楽しんでいた。今日は面白いものが見られるはずだ。雷竜はふと下を見た。祝福を与えた娘と、その友人たちだろうか。王城に向って歩いている。そして、城門の上には大きな赤い鳥がとまっている。雷竜は意識を赤い鳥に送った。
「珍しいな。お前が来ているとは。」
雷竜の言葉に赤い鳥に変身していた火竜は答えた。
「聞くまでもなかろう。」
火竜は素っ気なく答えた。
「まぁ、そうだな。」
雷竜は火竜の態度に気を悪くするでもなく答えた。実は竜たちには人間に知られてないある習性がある。竜たちは自分が祝福を与えた人間が、効果的なタイミングでそれを使用するかを見届けたいのだ。期待したように祝福が使われれば、「自分の勘に間違いはなかった!」と満足するのだ。人間のことなどどうでもいい竜たちだが、娯楽程度には見ている。竜達のなかでも、雷竜はせっかちだ。メリアのことはかなり気に入っていたこともあり、メリアのピンチに思わず口を出してしまうほどだった。
メリアが期待どおりに祝福を使うと、雷竜はガハハと笑って、先ほど同様、雲に姿を変えた。やかましい竜が大人しく雲に戻ったのを、火竜はやれやれと見ていた。
……さて、お次はどうかな?
雷竜もまだ城を離れてはいない。竜たちの人間ウォッチングは続いた。
***
1人別室に通されたジオラスは緊張でどうにかなりそうだった。通された小部屋は、会議に参加する要人たちにお茶を用意したりする準備部屋のようだ。お茶を用意するための小さなテーブルや食器棚があり、予備の椅子が部屋の隅に積まれていた。部屋の中には目深にフードをかぶり、黒いマントを着用した人間が2人いた。1人はジオラスが逃げ出さないように側に控え、1人はテーブルの前に居た。ジオラスの側に控えた1人が、ジオラスに声をかけた。
「座って、お茶を飲みなさい。」
テーブルの上にはお茶が用意されていた。恐らく、テーブルの前に立つもう1人の黒マントが用意したのだろう。テーブルの前の黒マントがお茶をそっと前に出した瞬間、ティーセットの脇に見慣れない小瓶が置いてあるのが見えた。
……あぁ、これ飲んじゃダメなやつだ。
ジオラスはゆっくり息を吐いた。どうする?逃げられないぞ。しかも、こんな小部屋には土属性のジオラスが魔法を使う余地などない。
……こうなったら!
「早く座りなさい。」と、側にいた黒マントがジオラスの肩を押さえた瞬間、肩を押された勢いのまま屈み、黒マントが体勢を崩したところで思い切りのけ反って顎に頭突きをお見舞いした。黒マントが倒れた。
……あと1人!
ジオラスはテーブルを踏み台に飛び上がった。そのままテーブルの前の黒マントを殴り倒すつもりだった。が、ジオラスが通されたのは狭い小部屋だ。勢いが突きすぎて天井に頭をぶつけてしまった。
「いってぇ!!」
無様に落下したジオラス。黒マントは物言わずジオラスを押さえつけようと手を伸ばした。……と、思ったのだが、その手はジオラスを押さえつけようとはせず、立ち上がるのを手伝うように差し伸べられていた。
「え?」
ジオラスは困惑する。そんなジオラスの反応を楽しむように笑って肩を揺らした黒マントは、そっとフードを外した。
「惜しかったな少年。でも、悪くない動きだ。」
ジオラスはいよいよ心臓が止まりそうになった。美しく長い金髪に橙色の瞳。王妃様その人がジオラスに手を差し伸べている。
「王妃さまっ!」
ジオラスはすっとんきょな声を上げた。マリワは「アハッ。」と笑った。
「何を驚いているのかしら?そもそも君たちが私に手紙をくれたのでしょう。王と王子の企みを見届けて欲しいと。私と王の婚姻にも関係することだと。」
「手紙を、読んでくれたんですね。」
ジオラスはやっとのことで言った。
「えぇ。ちょうど王とイセンの動きが怪しいと思っていたところだったのよ。カミール嬢の母、パナケイア医師から手紙を受け取ったわ。てっきり、お酒の飲み過ぎを叱責する内容かと思ってビクビクしていたのだけれど、こんな面白そうなことだったとはね。」
ジオラスにはその程度のことで王妃様がビクビクする様子など想像できなかった。ジオラスの表情を読み、マリワはジオラスに顔を近づけそっと言った。
「パナケイア先生の健康チェックって厳しいのよ。優しく笑顔で有無を言わせないんだから。」
マリワはジオラスから離れると倒れているマントの侍従に近づいた。
「私が倒す手間が省けちゃった。感謝するわ。」
そう言うと手際よく侍従を拘束した。
「さて、どんな話をするのかしらね。会議室はどこにいても話し声が聞こえるように、よく声が通るような設計になっているわ。ここの扉をちょーっと開けるだけでもよく聞こえるわよ。」
「ささっ。」とマリワはジオラスを呼び、扉を少し開けると、ジオラスと2人で会議室でのやり取りに耳をすました。こうしてマリワとジオラスは会議室での一部始終をひと言も漏らすことなく聞いたのだ。
***
「へー、そういうことだったのね。」
小部屋から男子生徒と共に現れたマリワに、デルフィムは真っ青になった。
「ま、マリワ……?い、いつから聞いて?」
「全部聞かせてもらいましたわ。ここにいる皆さまから手紙も貰っていましたからね!」
マリワの言葉にカミールは恭しくお辞儀した。
「私達の言葉を信じてくださり、感謝申し上げます。」
マリワは「いいのよ。」と言うように手を振った。
「あなた達が知らせてくれなければ、私はここ十数年感じていた違和感の正体に気づくことができなかったわ。」
「違和感、というのは……?」
イセンは恐る恐るマリワに聞いた。
「そうね。デルフィムとは意見の合わないことが、たびたびあってね。私たちはなぜ結婚したのだろうと考えることがあったのよ。それで、彼と付き合うようになった頃のことを思い返していたのだけれど、彼に好意を抱くようになった理由が全く見当たらなかったの。びっくりでしょ?でも、当時は好きで好きでたまらないって感じだったのよ。まぁ、恋なんてそういうものだと思っていたけど。」
マリワはデルフィムをひと睨みして言った。
「たった今、理由がわかったわ。」




