35.契約
カミールとメリアの発言を受けて、デルフィムは眉間に深くしわを刻んでいた。
デルフィムはイセンが妖精の魔法である、婚約者を決めるための恋の魔法を使ったことをもちろん知っている。なぜなら、そうするように指示したのはデルフィムだからだ。だが、解せないのは令嬢達が自由に動けすぎていることだ。まず、花瓶を割る行為自体があり得ない。自ら解除しようと行動することはもちろん、術者が誰かを疑うことすらできない魔法だ。しかも、都合の悪い記憶は封じることができるのに、メリアは探知魔法を使用している。さらには、お披露目会のあの日。イセンの側近から魔法陣が爆発したと令嬢たちから報告を受けたと聞いた。
……壊雷花、雷竜の祝福か。
妖精の魔法陣を破壊できたとすれば、それしか考えられない。祝福を受けたメリアには妖精の魔法に対し、僅かに耐性があった可能性もある。そうでもなければ、魔法に抗って花瓶を割ることなどできないはずだ。そして、他の令嬢たちもイセンを疑って行動を取ったところを見ると、イセンが言ったとおり、魔法陣を正しく組むことができていなかったのだろう。
花園に令嬢全員が集結していたということは、異変を感じ、互いに協力し合って行き着いたということか。古代文字を読める者と木属性の者がいなければ花園の扉を開くことはできない。
……賢しい娘たちだ。
この状況であれば、妖精の存在にも気がついているだろう。イセンが魔法陣を破壊されたということは、契約の失敗で使い魔が姿を現したはずだ。恋の魔法は他人の価値観や人生をも大きく変える魔法だ。失敗すれば魂を取られる。そうなっていないのは、雷竜の祝福を受けたメリアのおかげか。古代文字を読める娘に、祝福もちの娘。王家にとっては脅威でしかない。
……だが、それも手の内に入れてしまえばいいだけのこと。
長い沈黙のあと、デルフィムはイセンに言った。
「イセンよ。お前はこの御令嬢達の中に、特に慕っている者はいるのか?」
ビクッと身体を震わせたイセンは、おずおずと答えた。
「オルレアです。」
デルフィムは「ふむ。」と、オルレアを品定めするように見た。オルレアはそんな視線もお構いなしに、嬉しそうにしている。婚約者争いにひとり本気だっただけある。
「では、オルレア嬢は前へ。イセンのもとへ来なさい。」
オルレアはニコニコと席を立ち、イセンの隣へ行った。「選んでもらえて光栄ですわ。」と微笑む。イセンもつられて頬が緩んでいる。
オルレアが移動するのに合わせて、王の側近達がなにやら1枚の紙をメリアたちに配った。チラリと内容を確認すると、それは契約書だった。
ーー側室となることへの同意書
メリアはハッとする。「しまった!」と思った時には既に体の自由は奪われていた。
テーブルの中央の花瓶を中心に魔法陣が出現する。無駄にきらびやかななテーブルも魔法の為の宝石が埋め込まれていたわけだ。
デルフィムは冷ややかに告げた。
「残りの者には側室になってもらう。お前たちは知りすぎた。『契約書にサインしなさい』。」
操作魔法で体の自由を奪われたカミールたちは、意志に反してペンを取り、サインを書き始めた。
窓の外では雷が鳴っている。操作魔法に抗えず、カミールとロリアがサインをしている中、メリアはペンを持ったままプルプルと震えていた。
……このまま側室になるなどあり得ない!でも、王に面と向って喧嘩を売ることもできない。どうしたら!?
ピシャッと外で雷が光る。ゴロゴロと轟音が響いた。だが、その雷鳴はメリアには『言葉』として届いた。
「娘!我は使うために祝福を与えた。王とてただの人間だ。何を恐れる?」
……あー、やっぱり雷竜様に見られてた!!もう、やるしかない!!
メリアは壊雷花をテーブルの中央に放った。もともと所作も詠唱も必要のない魔法だ。身体の自由を奪われたところで、放つのに何の問題もない。
金色の雷がテーブルの中心に落ちる。パリーンと花瓶は割れて、魔法陣は焼きつくされた。
「ガッハハハ!」
雷とギャオーという咆哮が響き、メリアの頭には笑い声が再生された。カミールはすました顔でベイルを発動し、部屋にいる人間が祝福の衝撃波で吹き飛ばないように守った。ロリアはロリアで、服の埃を払いながら、「さっさと撃てば良かったでしょ。」とメリアに言ってきた。
……なんで私の周りには好き勝手言う人しかいないんだろう。
メリアはため息をついて王を見た。王は右腕を抑え痛みに呻いていた。
「クソッ!小娘め!!王に向って何たる仕打ちだ!ただで済むと思うなよ!お前だけではない!お前の家族も、ここに集まった候補者たち、それに、別室に控えさせた男子生徒もだ!」
デルフィムは顔を真っ赤にしてわめいた。
メリアにこそっとカミールが呟いた。
「さっき、イセン様のときとは違う使い魔の姿が一瞬見えたわ。恐らく、失敗の代償は『右手の自由』よ。」
デルフィムはまだ騒いでいる。
「そもそも、お前がうまくやらないのがいけないのだ、イセンよ!本当にお前は何をやらせても中途半端だな。射撃はウィクトーリアの娘に敗れ雷竜の祝福を逃し、薬学ではヒュギエイアの娘に勝てない。教養全般に至ってはパナケイアの娘にずっと1位の座を取られている。お前がアメノーズメの娘を選んだのは、比べられる必要がないからか?この私が丁寧に教えてやった恋の魔法の魔法陣も正確に組めずに失敗するとはな!なぜ、私のようにうまくやれなかったのだ!」
イセン王子は真っ青になった。中途半端だと罵られたからではない。
「ち、父上?いま、なんと?『私のように』とは?父上は、父上は母上と恋愛結婚ではなかったのですか?父上も魔法を使ったのですか?」
イセンの言葉にデルフィムは怒る一方だった。
「だから何だというのだ?王たるもの、王家の威厳を保つパートナーを選ぶことは当然だろう。私のときはマリワほどの美貌と強さを持つものはいなかった。どんな手段を使っても手に入れる傲慢さは、王である以上必要なことだ!たとえそれが、相手の心を操ったとしてもだ!」
デルフィムは右腕を抑えながらまくしたてた。イセンはショックで言葉も出ないようだった。デルフィムの荒い息遣いだけが響く。その時だった。
「へー、そういうことだったの。」
声の主を見たデルフィムは真っ青になった。




