32.嫉妬
イセン王子に睨まれても動じることなく、メリアは淡々と尋ねた。
「私の人格が破綻するくらい、強く魔法の影響下に置いた理由はなんですか?」
メリアは天秤に乗った山盛りの水晶を思い浮かべながら言った。
「僕は君が嫌いだったからね。知ってるかい?僕にはファンクラブがある。」
「知りません。」
メリアは心底どうでもいいというように言った。それを聞いてジオラスは失笑している。
「まあいい。そこはあまり重要じゃない。君にもファンクラブがあるのは知ってるかい?」
「え?」
メリアは目を丸くした。「本当にそんなものがあったの?」と、思わずカミール達の方をみると、「噂は聞いたことあるわよ。」とロリアが答えた。
「しかも、ファンの数は僕よりも多い。君の中性的な容姿は女子達も惹きつけているからね。そして何より、射撃の腕前。この国では人気の競技であることもあって、大会の度に君を一目見ようとファンは集まっていたんだよ。何と言ったかな?冷静沈着、勝っても負けてもそのクールさは崩れない。的も最低限の魔力で打ち抜くからほぼ損傷がなく、無駄のない所作は美しい。そうだ、『菫の雷女神』。その二つ名で男女問わず僕よりも人気を博している。」
メリアは言葉を失ったていた。二つ名も含め初耳だったのだ。
「僕はね、小さい頃から本当に見た目だけは麗しいと言われて来たんだ。見た目だけはね。それが嫌だったから、勉学も射撃も努力したよ。苦手な古代文字の勉強もね。それなのに、カミールもロリアもそれはそれは楽しそうに古代文字を勉強している。あんなにも難解なのに!!そうだ、見た目の美しさや成績だけで言ったら、僕はカミールに敵わない。得意だと思っていた薬学だって、薬の調合はロリアに勝ることができない。そして射撃にいたっては、皆と同じ教養に専門授業、それに加えて、王家の歴史に古代文字や政治に作法!王子教育の合間に、血の滲むような努力をして腕を磨いたんだ。本当に遊ぶ暇もなかったよ。王子のうちから王都外の町への視察なんかもあったからね。そんな中で僕は腕を磨いたんだんだよ。なのに、昨年の王室主催の大会で優勝したのは君だった。メリアだった!雷竜の祝福を受けたのは君だったんだ!」
イセンは何かを掴むように宙に手を伸ばし、カッと目を見開いて空を仰いだ。自白薬がかなり回って来たようで、告白に感情が溢れている。
「僕がどれだけ祝福を欲したか知ってるかい?」
メリアは黙って首を振る。
「僕の母上は皆も知るように、火竜の祝福を受けている。僕だっていつかは竜の祝福をと、切に願ったんだ。そうすれば、父上や臣下、民達も僕を認めてくれると思った。昨年の大会のとき、僕は確信していたよ。雷竜の存在を。木霊達も怯えていたからね。ここで勝てば、祝福を受けられるんじゃないかって。僕は!それはもう必死だったんだよ。だから、メリア。君が体調不良なのは知っていた。でも、かまう余裕はなかった。なのに、誰かが余計な世話を焼いて、君は体調をもち直した!」
「フェアじゃないだろ。」
ジオラスはぼそっと呟いた。それを耳ざとくロリアは聞きつけ、1人合点がいったようだ。メリアの方を見てニヤリと笑った。メリアはそんなロリアを見なかったことにした。
「あの時、本当だったら祝福されるのは僕だったんだ。」
イセンは悔しそうに地面を叩いた。
「多分、優勝だけじゃダメだったと思うわぁ。あの時、雷竜様の光の中で、雷竜様はメリアと何か話しているようだったわ。祝福を与えるに相応しいか見定めていたのでしょう。雷竜様に気に入られたからこそ、メリアは祝福を受けられたのよ。」
「それなら、僕はどうすれば良かったんだ?僕の努力は一体誰が認めてくれるんだよ!」
イセンは地面に伏してむせび泣いた。オルレアはいたたまれなくなって、イセン王子の背を撫でた。
「私は、認めてましたよ。イセン様の実力を。私だって、誰にも負けたくなかった。勝ちたかったから、努力したんです。イセン様が強いのはわかってましたから。」
メリアが言うと、イセンは顔を上げ、とても悲しそうな表情で弱々しく呟いた。
「結果が全てだよ。メリア。」
そこまで話すとイセンはガクッと意識を失った。
「きゃあ!」とオルレアが悲鳴をあげる。
「大丈夫よ。寝落ちするのは自白薬の副作用だわぁ。もう少ししたら意識が戻るはずよ。」
「それに、」とロリアは花園の入り口の扉の方を見た。
「イセン様の側近ね。足音が聞こえるわぁ。」
ロリアの言ったとおり、近づく足音はイセン王子の側近2人のものだった。イセンはもしもの時に備えて、時間になっても戻らなければ花園に来るようにと、ごく一部の本当に親しい者にのみ伝えていたのだった。温室に踏み込んだ側近の1人が言った。
「これはどういうことです?」
倒れているイセン王子に、その周りにいるのは婚約者候補の御令嬢達。そして、学園の生徒と思われる男子が1人。一体何があったのか。
「実は私たち、イセン様に呼ばれてここに来たんです。」
カミールは言った。
「今日はお披露目会だったはずです。それなのに、なぜイセン様が皆さまをこちらに来るようにと?」
側近は訝しそうに聞いた。
「それは私達にもわかりかねるのです。私達は呼ばれただけですから。イセン様が何かをしようとしたら、そこにあった花時計のようなものが爆発したのです。そこに黒こげになっているものがあるでしょう?たまたま私達を心配してついてきていた彼が、防護壁を作ってくれたのです。おかげで私達は衝撃から免れました。でも、イセン様はもろに衝撃を受けてしまいました。」
側近はイセンの外傷を確かめながら言った。
「それにしてはイセン様に傷が見当たりませんが?」
「その発言は心外ですわぁ。我らが大切な王子様が怪我をされたのですよ。わたくしとカミールで全力で治癒を施しましたのよ。」
ロリアはここぞとばかりに言った。
「外傷は私の回復魔法で治しましたの。あとはロリアが、気付け薬を飲ませましたから、じきに意識も戻ると思われます。」
カミールが言うと、再びロリアが言った。
「私達はイセン様を介抱したというのに、あなた方はなんですの?わたくしたちを疑うのが優先かしらぁ?イセン様を安全な場所へお連れするのが優先でなくて?」
側近達はさっと顔色を変えて、イセン王子を抱えた。
「疑って申し訳なかった。我々はこれで失礼する。イセン様を介抱してくれた礼については、後日に。」
そう言うと、彼らは慌ただしく去っていた。彼らがいなくなったのを見て、カミールとロリアはイェーイとピースして見せた。
「あなたたちって、本当に恐ろしいわ。」
オルレアのひとりごとに、メリアとジオラスも頷いた。




