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知世と晶紀はエステ・サロンが入ったビルの外で、石原が降りてくるのを待っていた。
石原は晶紀達と同じ駅を利用して帰る。したがって、このエステから出て駅に着くまでの間のどこかで、刺青が施されているかを確認すると思われた。そうしないと店員が渡したタオルを使わなかったことを見抜けない。
つまり、石原を見つめる人物の中に、店員に刺青タオルを渡した者がいるはずなのだ。
ビルの地上階に、石原が降りてきて立ち止まって晶紀を見つめた。
知世はワイヤレス・イヤホンからスマフォ、スマフォから『家の者』に話しかけた。
「準備いい?」
『準備出来ました。お嬢様』
知世は晶紀にうなずいてみせる。
晶紀は石原に指で丸を作って合図した。
石原が少し先に行ってから、晶紀と知世が追いかける。
「店員は何もおぼえていないのですか?」
知世は主に前方を確認しながら、そう言った。
逆に晶紀は何げなく身体を捻りながら、石原の後方から迫ってくるかもしれない人物を探すように振舞っていた。
「うん。おそらく、店員にも強い呪いが掛かっていて、タオルを依頼した人物のことを思いだそうとすると、体に変調が起きるみたいだね」
人混みを避けながら、知世が言う。
「石原さんの服、背中が隠れていますけれど、確認出来るものなんでしょうか」
「術者なら近づけばわかるはずだよ」
晶紀は、完全に体を後ろに向け、スキップするように歩きながら言った。
『お嬢様。右手のビルの二階。窓をご覧願います』
「晶紀さん」
家の者に言われた通り、知世は右上方の窓から石原を見下ろす人影を確認した。
「右上、ビルの窓……」
三十センチはあろうかという長い望遠レンズを付けたカメラで、石原を撮影している男がいた。
男は薄汚れたバンダナを頭に巻いている。
「!」
その時、晶紀は圧力を感じた。
それは直接心に訴えかけるような霊力。霊圧と言うべきプレッシャーだった。
二階の窓にいる男からではない。
もっと、近くに……
後方を確認しながら、後ろ歩きすると、晶紀は他人にぶつかった。
「あっ、ごめんなさ……」
「痛っ」
晶紀が振り返った先には、白衣を着た背の高い男が立っていた。
「おや、天摩くん」
「綾、先生」
知世との間隔はほとんど開けていなかったはずだ。晶紀はなぜそこに綾先生がいるのか、理由が分からなかった。
いや、違う。確か最初にこのエステに来た時も。石原さんがいて、綾先生と、この通りで会った。
「天摩くんは、なんでこんなところに?」
「えっ、と」
綾先生の身体を避けて、通りの先を見た。しかし、知世も、石原さんの姿も見当たらない。
まずい、と晶紀は思った。もし綾先生が石原さんへの刺青を仕掛けている人だったとしたら……
「ん? 天摩くんの家はこっちではなかったはずだね。恐山校ではどうだったか知らないが、放課後、家に帰らずにあちこち街を歩きまわるのはちょっと問題だな」
「す、すみません」
晶紀はうつむいて、綾先生の足を見ていた。
「まあ、前回はボクの方から『見逃してあげる』って言ったから、放課後遊びまわっても平気だと思っているのかもしれないけどね。制服のまま街をあそび歩くのは、いろいろ問題なんだよ。家に帰るまでが学校生活なんだ。わかるよね?」
綾先生が人差し指を立て、左右に振った。
晶紀は気付いた。避けて歩くようだった通りの人混みが、一人もいなくなっている。
「すみません」
「二度とこういうことが無いように。次は警告ではすまないよ」
背の高い綾先生が、目を細めて怒った様子でそう言った。教師が生徒に指導する雰囲気ではない。暴力団がするような『恫喝』だった。
「はい」
「よろしい」
そう言って綾先生が人差し指をおさめると、急に街の喧騒と共に人混みが戻った。
「……」
もう一度、綾先生の身体を避けて、通りの先にいるはずの知世をさがす。
ようやく人影の間に、知世を見つけた。
「!」
晶紀が気付くと、綾先生はまるで蒸発したようにいなくなっていた。
石原を最寄り駅まで見送った後、晶紀と知世と『家の者』は学園の保健室に集まっていた。
中心で目を閉じ、腕を組んで話を聞いていた佐倉が口を開いた。
「なるほど」
「ね。佐倉先生。早く、綾先生を調べて」
「……」
佐倉は目を閉じたままだった。
「綾先生が悪い人とは思えませんけれど……」
知世が首をかしげながら言った。
「そんな」
知世は晶紀の様子を見て、慌てて口に手を当てた。
「お嬢様、まずは、我々で予備調査いたしましょうか」
知世は間髪入れずに答える。
「そうね。さっそく取り掛かって」
「知世、そんな、悪いよ」
「儂に頼むのは悪くないのか?」
「佐倉、そういう意味じゃないよ」
「良いですわ。これは学園の為でも、綾先生自身の為でもあるのですから」
「……」
知世は晶紀の顔色を窺った。
「いえ、調査は中立、公平な立場で実施しますわ」
『家の者』がうなずく。
佐倉が目を開くと言った。
「これで石原のいじめは止まるのか。そこをきっちりやらないと。今、石原の恨みを引き抜く先がないのじゃ。いじめられたらどうなる」
「自身の中で溜まる?」
「恨みが溜まるとどうなるか」
「ストレスになる?」
「まあ、その通りなんだが、ストレスを抱えた結果、登校拒否をしてみたり、自虐行為が現れたり、虐められているのに石原が普通に過ごせていたのは、力を利用したい連中が、刺青を通じて恨みを引き抜いていたからだ。人の心のなかで悪意や恨みが溜まれば、こころも身体もおかしくなってしまう。わかるな。もういじめが起こらないよう、フォローすることじゃ」
「はい」
晶紀はそう言ってうなずいた。
「くりかえしじゃが……」
佐倉が続ける。
「今回の件をまとめると、何者か分からないが『敵』は石原に刺青を入れ、石原に悪霊を集め、周囲が石原をいじめるように仕向けた。もう一つ、刺青は石原の『恨み』をどこかに溜めるよう記されていた。そうじゃな」
晶紀はうなずく。
「確かに、やり口は『公文屋』の手口に似ている。だからと言って公文屋のしわざと断言は出来ない。綾先生にしてもたまたまその場にいたということ以上の情報はまだない」
「だって、私に術をしかけて」
「綾先生本人が仕掛けたかはわからんだろう」
「そんな。なんで皆、綾先生の肩をもつの」
「そういうわけではない。何もわかっていない状態で断定的に動くと、重要なところを見落とす。冷静になれ」
「……」
佐倉は立ち上がると、机の上にあったクマのくいぐるみを晶紀に預けた。
「まずは剣道女との傷を癒せ」
「うん」
そのまま佐倉は机に腰かけてしまう。
「集めていた恨みの力がどれくらいか分からないが、山口の父親のDVのことも考え合わせれば、相当な力になっているはずじゃ」
晶紀はくまのぬいぐるみをギュッと抱いたまま立ち上がった。
「それが学園内に蓄積されているとしたら」
佐倉が手の平を下にして、押さえるような仕草をする。
「まあ、そう焦るな。焦ったら相手の思う壺じゃ」
「どういうこと」
「晶紀を焦らせるというのが、相手の計画に最初から組み込まれているかも知れぬ」
「……」
「一人で行動しないように。知世。晶紀を見守ってやってくれ」
知世は胸の前で手を合わせ、立ち上がった。
「はい。佐倉先生」
そして、晶紀の手を握った。
「勝手な行動はだめですよ」
「うん……」
知世の顔を見ているうちに、晶紀も笑顔になった。




