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晶紀はお世話になっている昭島家に帰り、自分の部屋に戻ると、床についた。
くまのぬいぐるみのおかげか、眠りに落ちるのも早かった。
時が経ち、日付が替わって夜明けが近づいてきたころだった。
『ご主人さま』
姿は見えなかったが、三倉の声だと晶紀は思った。
『助けてください。ご主人さま』
助けてください? 晶紀は必死に三倉の姿を探して走り回った。足元は深い霧…… いや、霧どころではない。雲と呼んでもいいほど分厚い白い煙が漂っていた。
『どこにいるの?』
晶紀は自らの声が、発せられているとは思えなかった。
『もしかして、夢?』
『助けてください。早く来てください』
『三倉? どうしたの、またくまのぬいぐるみが……』
壁も建物も何もない。ただ床に低く雲が漂っている世界だった。
『三倉』
晶紀は、ずっと先に三倉の姿を見つけた。踏み出す足の感覚はないまま、するすると三倉に向かって進み始める。
『三倉。どうしたの?』
『ご主人さま……』
見ると、三倉の首に白い服の袖が『く』の字に重なっていた。
その白い袖を追っていくと、三倉の背後に立つ背の高い男を認識した。
『綾…… 先生……』
綾先生は、三倉の首に回した腕を引きつけ、上げた。
三倉の小さい体が持ち上がる。
『なっ……』
『邪魔だなぁ。この式神も。君も』
『やめろ。手を放せ』
晶紀が言うと、綾先生はニヤリと笑った。
腕を組み合わせて、さらに締め上げた。
『こいつが大切なら…… 早くこっちにおいで』
何もない平原に煙が漂っていただけの世界が、映像が切り替わったかのように急に学校の廊下になる。
教室の扉があって札が掲げられている。札には『化学準備室』と書かれていた。
『三倉を返せ』
『よし、返してやろう。ほら、仲直りの握手だ』
綾先生が右手を伸ばしてくる。晶紀も握手をしようと手を伸ばす。
手が触れるか、触れないか、というタイミングで、晶紀は伸ばしかけた手を引いた。
引っ込めた手は、そのままホルスターへと伸び、神楽鈴を引き抜いた。
体の正面で左右の手を広げ、光る剣を伸ばす。
そのまま間髪入れずに、晶紀は剣で切りかかった。
『バカめ』
晶紀の振るった神楽鈴の剣は、あっさり避けられてしまう。
綾先生が伸ばした右手の人差し指が、軽く弾くように晶紀の額を突いた。
『えっ?』
強い打撃ではないはずなのに、晶紀の体は時計の針が進むようにゆっくりと仰向けに倒れていく。
足を動かしたり、手を動かしたりしても、その倒れていく力に抗うことが出来ない。
晶紀は完全に仰向けに倒れてしまい、何もない空間を見つめていた。
『はははは…… あはははは……』
綾先生の笑い声だけが晶紀の耳に入ってくる。
『三倉! 三倉、戻れ!』
『無駄だ。もう三倉は戻らない。はは、はははは……』
急に、体に力が入った。
晶紀は上体を起こすと、昭島家で自分に与えられた部屋いることに気付いた。
目覚まし時計が、大きなブザー音を鳴らす。
「えっ?」
ブザー音を止め、晶紀は掛け布団を避けてぬいぐるみを見た。
「夢…… なの?」
お腹に抱えた手をつないだくまのぬいぐるみには、まだ十分な霊力があって、ぬいぐるみの暴走が起こった様子はなかった。
「!」
晶紀は机の上に置いてあるホルスターに手を伸ばし、神楽鈴を抜いた。
付いている鈴をぐるりと回しながら確認する。
「ない」
鈴が一つ、神楽鈴から抜け落ちている。
晶紀は頭に血が上った。
そのまま着替えて、朝食も取らずに学校に向かう。
晶紀は保健室にもよらず、そのまま化学準備室へ向かった。
廊下の先に、白衣を着た長身の男の後ろ姿が見えた。
「三倉を返せ!」
晶紀はそう言って、廊下を全力で追いかける。
「?」
晶紀が近づくと、白衣の男がゆっくり振り返る。
「おや、天摩くん」
白衣の男は、綾先生だった。
そう認識する前から、晶紀は腰の神楽鈴を抜いていた。
「うわっ!」
綾先生は晶紀の振り下ろす光る剣を、横に移動してかわす。
晶紀が神楽鈴を構え直すと、綾先生は左手の指で『OK』と示すかのように手を形作る。
「!」
晶紀は何か気付いて、固まったように動きが止まった。
綾先生は左手を見てから、晶紀を見つめ、ニヤリと笑う。
「これを探しに来たんだろ?」
先生が左手を小さく振ると、廊下に軽やかな音が響いた。
その人差し指と親指の間に、小さい鈴が摘ままれていた。
おしまい




