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目を覚ましたかなえは、晶紀達についてくる発言をすっかり忘れていた。
知世と晶紀はかなえが付いてくる心配をせず、放課後、街に向かった。
エステ・サロンのあるビルに着くと、真っ黒いスーツにサングラスをした『知世の家の者』が現れた。
「お嬢様。こちらからでございます」
通常のエレベーターを通り過ぎ、ビルの裏側に着くと、非常階段を上った。
「従業員が裏から出入り出来るよう、このビルでは非常階段を開放しているようですね」
知世の家の者が、先導し、知世と晶紀が後を付いて上がって行く。
「こちらです…… が」
家の者はスマフォを取り出して、店の中の防犯カメラの映像と思われるものをみせた。
施術の準備なのか、モノを抱えた店員が通路を行ったり来たりしている。
「もう少し待ってください。今入ると店員に見つかってしまいます」
「石原さんはもういらしているのかしら」
「はい。待合室にいらっしゃいます」
そう言って、スマフォを操作するとその映像に切り替わる。
「いきなり施術しているところに乗り込む訳にはいかないよね?」
晶紀がそう言うと、サングラスをクィっと上げ『知世の家の者』が答えた。
「しかし、施術しているところはこのような監視カメラがありません」
確かに、そこは肌をみせているわけで、そこを監視カメラが撮っているようなエステ・サロンには客は来ない。じゃあ、どうやって霊的な刺青を施しているところを押さえたら良いのか。
「なので、先に施術の部屋に入って中で様子を盗み見るしかありません」
「えっ…… 中で」
「タイミングを見計らって何事もなかったようにこちらに戻ってきてください。通路の映像はこちらが見て把握しておりますので、このワイヤレスイヤホンで指示いたします」
晶紀にワイヤレス・イヤホンが手渡される。
「そちらの話し声も聞こえますので」
「わかりました」
一か八か、犯罪スレスレということか。いや、完全に犯罪だ。晶紀は唾を飲み込んだ。
「私も行きますわ」
「いえ。お嬢さまはここで待機してください」
「知世は待ってて。刺青が見えるのは私だけだから」
知世の家の者が頭を下げた。
「晶紀さん。気を付けて」
「ん、そろそろです。石原さんを待合室に迎えに行くタイミングで、部屋に入ってください」
「はい」
スマフォの画面を見つめながら、扉に手を掛ける。
よし、今だ。晶紀はちょうど店員が施術する部屋から、待合室へ向かって移動を始めたところでエステ・サロンへ入って、目的の部屋に忍び込んだ。
部屋の中で隠れられて、かつ、様子が確認出来る場所を探す。
「か、隠れる場所がないんだけど」
晶紀は『知世の家の者』に言った。
『図面のままだとすると、棚の横の鏡が扉になっていて、物入れになっているのですが、その中にかくれられませんか?』
辺りを確認して、鏡を引っ張って開ける。奥行が浅すぎる。それに開けてしまったらこちらの様子も見えてしまう。ダメだ…… 晶紀は目を閉じて深呼吸した。
腰から神楽鈴を抜き、左手で神楽鈴を振り鳴らしながら、右手の人差し指と中指を伸ばして、口元に寄せる。
聞こえないような小さな声で、呪文をささやきながら人差し指と中指を、祓うように振り、室内にあった観葉植物を指した。
すると、晶紀の姿が、その観葉植物と同じような色彩を放つようになった。晶紀はそのまま観葉植物の後ろに隠れた。
晶紀はこの状況に体が震えた。術で体は観葉植物のように見えるが、結局のところよく出来た迷彩服を着ているぐらいでしかない。真剣に探されたら、勘づかれてしまうだろう。
こんなところにいるのが見つかったら、警察に突き出されても文句は言えない。
「……」
と、扉が開いて石原と店員が入って来た。晶紀は息を殺して待った。
店員が扉を閉めると、カーテンの奥に石原が入る。一度、晶紀もここで受けたことがあるが、あそこで着替えをしているのだ。
その間、店員はテーブルに置いたボードに挟んだ紙を確認している。一枚、二枚、とめくりながら、部屋の中を歩いていて、ボードに挟んだ紙の内容が晶紀から確認出来た。
「!」
紙には、石原の背中に描かれていた刺青と同じ模様が描かれていた。しかも、描くべき呪文の一つ一つまで詳細に。
間違いない。この段階で捕まえても問題ないぐらい、決定的な証拠だった。しかし、今の段階では言い訳が出来てしまう。『描くつもりはない』とかなんとか。晶紀は出て行きたくなる気持ちを抑え込んだ。
カーテンから石原が出てきた。
女性であっても憧れるようなプロポーションに、晶紀は息をのむ。知世の身体は別格として、石原さんの身体もさすがモデルというもので、くびれとか、痩身という表現だけではなく、しっかり出ているところの形が美しかった。あやうく植物の前に出て見つめてしまいそうだった。
部屋のなかで、全身のピーリング、ホワイトニング、そしてオイルマッサージが進んでいく。
店員が石原の背中に刺青を描くような様子はない。
晶紀は体を動かして、石原の背中を見た。やはり何も描かれていない。
「……」
確かに、背中で本当に針が刺されて刺青が刺されていたらすぐわかってしまう。筆や、魔術だとしても同じだ。石原に気付かれずに描かなければならないのだ。晶紀は一つも見逃さないように、真剣に施術の状況を確認した。
「はい。どこか足りないところはありますか?」
店員が言うと、石原が小さい声で「いいえ」と答えた。
「それでは最後。お顔の方に移らせていただきます」
部屋の中央のベッドの上で、石原は上体を起こす。そして、体を捻った瞬間、晶紀は声が出そうになり、慌てて口を手で押さえた。
「!」
すでに石原の背中に呪いの刺青が描かれている。
晶紀は焦る。なぜだ、どこで背中に描いた…… ずっと見ていたはずなのに。
石原やベッド、この部屋の隅々に目を配るが分からない。
が、店員が部屋の端で、大きなタオルを畳んでいたが、何か違和感をもった。
「待って!」
晶紀はそう言って、店員の持っていいた大きなバスタオルをつかんだ。
晶紀にはそのバスタオルに描かれている模様が見える。
「誰っ!」
晶紀は神楽鈴を振って、店員と石原の声を奪った。
石原は、胸の前で腕を組むようにして隠し、震えていた。
「(てんまさん!?)」
石原の声はほとんど音にならない。
「(あなた、誰)」
という店員の微かな声が聞こえる。
晶紀はバスタオルを手にとり、それに付着した呪術用の塗料を見つめた。
「これだ。これを背中にのせて、さっきのマッサージをすることで、背中に刺青を転写したんだわ」
晶紀は店員にタオルを突きつけ、きく。
「これを最後に使えと誰に命じられたの?」
「(何のこと?)」
「このタオルに塗料が塗られてる」
「(何も見えないわ)」
その時、外にいる『知世の家の者』から声が聞こえる。
『その店員は指示に従う代わりに金を受け取っているはずです』
晶紀はそれを聞いて店員に問う。
「このタオルを使うことでお金をもらっているはずよ。正直にいいなさい」
「……」
店員は顔を逸らす。
「これをやったことで、石原さんがどれだけ酷い目にあったか。無理やりでも話してもらうわよ」
晶紀は店員の鼻先に神楽鈴を付きつけ、鈴を引き戻しながら、軽く振った。
鈴の音がいくつもエコーしたように繰り返し繰り返し聞こえると、店員は一瞬気を失ったかのように目を閉じ、すぐに目を大きく見開いた。
「美容効果の高い薬を塗っていて、この娘に内緒で使いたいからって言われて…… 黙って従えばお金ももらえるって」
「店の中にいるひとなの? やらなくてもお金はもらえたんじゃない」
「やったかどうかは確認出来るって、その人は言っていて。絶対、確実にやれと」
「その人は、どんな人」
「それは…… グァッ!」
店員は急に天井を向いて口を大きく開け、咳のような嗚咽のような音を出した。
店員はそのまま苦しそうに首を両手で触れ、もがく。
「あっ」
つま先立ちになり、天井を向いたまま伸びあがったと思うと、ばったりと床に倒れ込んだ。
店員の顔を見ると、目を閉じている。
晶紀は店員の口のあたりに頬を近づけ、次に、胸に耳をあてた。
「息はある。心音も正常だわ。気を失ったみたいね」
金を渡してきた人物に、絶対に口外しないよう術を掛けられていたのだ。だから、言うしかない状況に追い込まれた時にさっきの呪いが発動したに違いない。
晶紀は神楽鈴を振って、声が出るようにして話しかけた。
「石原さん。今日のエステはここまでで勘弁してもらえないかしら」
「……」
「それと、この後、すこしだけ付き合って欲しいんだけど」
「……」
石原は腕で胸を隠したまま、静かに首を縦に振った。




