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下着が乾燥するまでの間、二人はバスタオルを体に巻いた状態だった。佐倉は真っ裸のまま隠しもせず、堂々と歩きまわっている。
晶紀は佐倉の体を見る訳にも、知世を見る訳にもいかず、俯いていた。知世は、長い髪を乾かすため、ずっとドライヤーをあてて、髪を梳いている。
さっきは失敗した、と晶紀は思った。知世の背中の美しさに見惚れて『あっ手が滑った』を実践しないままシャワーを上がってしまったからだった。しかしながら、知世の姿はしっかりと記憶に残した。一週間はお腹いっぱいなくらいだ。
「あと五分ぐらいじゃな」
「風邪ひいちゃうよ」
「晶紀さん、ジャージ羽織りますか?」
知世がドライヤーを止めると、晶紀のジャージを持ってやってくる。
バスタオルで隠しきれない知世の体のあちこちに視線が飛んでキョロキョロしていた。晶紀は自分のその行動に自ら反省し、肩を竦めて俯いてしまう。
「ありがとう」
「寒いなら温めてやろう」
「えっ、私ですか?」
裸の佐倉が知世の背中から抱えるように抱きついた。
なんとなく視野の隅でそれを感じ取ると、晶紀は立ち上がった。
「やめろよ、知世が嫌がってるじゃないか」
「お前が寒いのに知世が寒くないとでも思うのか」
「そ、それは……」
「あの…… ですから、放していただけませんか」
「佐倉、ほら、やめろっ!」
晶紀が強引に知世を引きはがした時だった。
知世の体に巻かれていたバスタオルが、宙をまった。晶紀にとって、それはスローモーションで再生されているかのように映った。
「きゃっ!」
頭の天辺からつま先まで、頭の天辺からつま先まで、頭の天辺からつま先まで、頭の天辺からつま先まで……
一糸まとわぬその姿を、コピー機が書類をスキャンするかのような正確さで見返した。
知世が手で隠すと同時ぐらいの素早さで、晶紀は落ちたバスタオルを拾い、体を包むように知世に手渡した。
「あ、ありがとう」
す、素晴らしいものを目にしてしまった。と晶紀は思った。これでプラスニ週間はお腹いっぱいだ。
晶紀はその心の中の喜びをごまかすように、
「知世、本当に寒くない?」
と言った。
「ええ、平気ですわ」
晶紀と知世は見つめあっていた。
「ほら、乾燥が終わったぞ」
佐倉は乾燥機から下着を取り出して、二人にまとめて放り投げた。
「あっ!」
知世はしっかりとバスタオルが巻けていないせいか、佐倉の放った下着に反応できなかった。それを見て、晶紀が素早く移動して、知世の含めた下着を、床に落ちる前にキャッチする。
「ふぅ。まったく何するんだよ」
佐倉は自分の下着を身に着けながら、言う。
「簡単に取れると思ったんだ、すまん」
「大体、佐倉はがさつすぎるんだよ」
晶紀は握りしめた拳を突き出しながらそう言った。
「あの、私の下着……」
突き出した拳には下着が握られている。
「あっ、ごめん」
晶紀は下着を知世に返した。
二人はバスタオルを巻いたまま、器用に下着をつけていく。
「お前らバスタオルしたままよく身に着けられるな」
「女子はこれが出来て普通なんだよ。佐倉がおかしいの」
「まるで儂が女子でないかのような言い草じゃの」
「さっきからの行動的には女子じゃないだろ」
「まあ、とにかく」
佐倉は下着のまま腰に手を当ててそう言って、笑った。
「?」
「晶紀の元気が戻ってなによりじゃ」
「べ、べつに元気がなかったわけじゃ」
そう言いながら晶紀は視線を逸らす。
「何が生きる為の活力でも、問題ない。そういうものがあることが重要じゃ」
「私も晶紀さんが元気だと嬉しいです」
知世は両手の指を組んで、胸の前で合わせている。
「知世…… ありがとう」
晶紀と知世が保健室から自分たちの教室に向かっていた。
「石原さんの件だけど、どうしよう」
「そうでした。石原さんの確認する方法を考えないといけませんわ。けれど、体育の授業は来週までないですし」
「エステはどうなんだろう?」
「エステもそう頻繁にはいかないでしょうし、エステでは私たちが石原さんの肌をみることは出来ないでしょう」
「うーん」
悩んで顎に指をつけた晶紀の視野の端に、見覚えのある姿が横切った。
と同時に、晶紀の姿が知世の横から消えていた。
知世がキョロキョロと辺りを見回す。
晶紀は、探している知世に姿を見せようといつの間にか移動していた廊下の角から出ようとすると、再び何者かに引き戻された。
「(静かに)」
その声の主はメガネをかけていて、ショートカットのワンレングスを中央で左右に分けていた。そこまで見て、ようやく晶紀は、視野の端に見えた人物がこの昭島カレンだということに気付いた。
晶紀からみて、カレンは運動が苦手そうに思えていたのだが、ものすごい勢いでここに連れてこられたことで、驚いた表情を浮かべている。
「(カレンさんだったんですね。突然、どうしたんですか?)」
「(どうしたもこうしたもないわよ。晶紀ちゃん、あんた宝仙寺様とどういう関係なの?)」
晶紀は突然思いだしように言った。
「(えっ? あっそうだ)」
通路の角から出て行こうとする晶紀と、出て行かすまいと引き戻すカレン。
「(どうして邪魔するんですか?)」
「(宝仙寺様との関係よ)」
「(同級生で友達です)」
「なっ!」
カレンは大きな声を出してから、自らの手で口を慌てて押さえる。
「(ねぇ、私も宝仙寺様と知り合いになりたい)」
「(えっ?)」
「(お願い。宝仙寺様に私のことを紹介して)」
とカレンが手を合わせて頭を下げる。
「(またR18の漫画の為じゃないですよね。そうだったらお断りです)」
メガネのせいで、カレンの本当の表情が読み取れない。
「(やだなぁ。違うよ。宝仙寺様に対してそのような邪な感情は微塵も内でござるヨ)」
「(なぜ突然『ござるヨ』なんですか)」
「(ねぇ、そんな小さなこと拘らないでさ、お願いだから)」
カレンはブンブンと両手を振り回し始めた。
「(どうしたんですか?)」
「(だ、か、ら! 宝仙寺様は神なの。神。いえ、神を超える神、超神と言って過言ではない。学園のスーパーアイドルなのよ。真のお嬢様で、完璧なスタイルと美貌、おもちゃ会社の一人娘で、苗字に『寺』、名前が『知世』なんて、完璧な上の完璧。完璧の上塗りに上塗りをしてバベルの塔かと思うほどなの)」
「(ちょっとなに言ってるかわからないんですが……)」
そう言いながら、晶紀は呆れたようにカレンの視線を外した。
「(宝仙寺様が入学して以来、ずっとお近づきになるのを願っていて、ようやく大大大大大チャンスが巡ってきているの。お願いっ!)」
カレンの顔が間近に迫ってきた。顔は当たっていないが、カレンの大きな胸が体に当たっていた。
晶紀はつい何週間か前、二学年になってから転校してきたが、一学年上のカレンは知世と同じ学校に一年以上在学していることになる。なぜその間に知り合いになれなかったのだろうか。晶紀は考えた。やはりカレンの『邪な』考えが、雰囲気として感じられるからではないのか。このメガネの奥で、何を思っているか読めず、誰から見ても怪しいからではないのか。
「(なんか怪しい)」
と言って、晶紀が振り返ると、そこに知世が立っていた。
「晶紀さん! ここに居たんですね。返事をしてくださればよかったのに」
「あっ!」
カレンはそう言うと、視線を落とし、両手の人差し指の指先だけを、ちょんちょんとつつき始めた。
晶紀はその様子を見てクビをかしげる。
「晶紀さん。そちらの方はどなた様でしょうか?」
「(ど、どなた様と言うほどのものでは……)」
カレンは頬を赤くし、小声でそう言った。
晶紀は腕を組んで考えた。このままカレンのことを紹介していいのだろうか。いままで知り合った人物の中で『綾先生』に次いで、いや『綾先生』を超える怪しい人物ではないか。
「……」
「(晶紀さん。紹介してください)」
カレンが晶紀の袖を引きながら言った。
「晶紀さん?」
知世もどうしていいか困ったように晶紀の顔を見つめる。
晶紀は決断できないでいる。
その時、予鈴が鳴った。
「あっ、授業始まっちゃうよ!」
そう言って知世の肩に手を回して、カレンを置き去りにして、早歩きを始める。
カレンは廊下の角から、ちょっとだけ顔を出して、去っていく二人を恨めしそうに見ている。
晶紀は横目で、それを確認しつつも歩き続けた。
「(えっ、よろしかったのですか)」
そう言って、知世が手で、後ろのカレンを気遣うような仕草をする。
「(大丈夫大丈夫)」
本当は『ちょっと怪しい人物なので紹介するのを躊躇った』のだが、晶紀はその事には触れなかった。言うとなると、どこがどんな風に怪しいのか説明しなければならない。そして、その説明をするには自分が恥ずかしい目にあった事を告げなければならないからだ。
「気にしない、気にしない」
そう言って早歩きで廊下を進んでいった。




